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1994/05/03 産経新聞朝刊
【主張】平和のためにこそ改憲を 北朝鮮核は“ダモクレスの剣”
 
 北朝鮮の核疑惑が深まるなか、日本国憲法の施行四十七回目の記念日を迎えた。四年前の湾岸戦争は、侵略と国家防衛のあり方に目を覚まさせてくれたが、こんどはミサイルの射程距離内での出来事である。
 あるいは核弾頭が日本列島のわき腹に突き付けられる日がこないとも限らない。平和と経済的繁栄をむさぼってきたわが国にとって、北朝鮮問題はまさに頭上につるされた“ダモクレスの剣”である。
 
◆「護憲」は平和主義か
 国会で首相指名を受けた羽田孜首相が、土井たか子衆院議長にあいさつに行ったときのことである。土井議長はいきなり「憲法を守ってくださいよ」と言った。すると、首相は即座に「絶対に戦争はいけませんから」と答えたのだった。まるでパブロフの条件反射のような問答である。
 護憲は平和、改憲は戦争、という冷戦時代のイデオロギーに毒された発想から、羽田首相自身がまだ脱し切れていないことを、この対話は物語っている。
 護憲派は果たして平和勢力であったのか。例えば「非武装中立」を唱える勢力がじつは、マルクス主義こそが恒久平和を約束するイデオロギーだとして、わが国を社会主義陣営に引き入れようとしていたことが思い起こされる。彼らは自衛のための戦力さえ憲法違反だとして日本の武装解除を要求し、戦後の日本を守ってきた日米安保条約を廃棄させようとしたのだった。
 しかし、社会主義陣営は崩壊した。今、かたくなに社会主義独裁体制を守っているのが北朝鮮だが、大韓航空機爆破事件やラングーン事件を引き起こしたこのテロ国家が平和勢力であるとは、もはやだれも認めない。
 逆に言えば、自由主義陣営の一員であるわが国の防衛力強化に反対し、旧ソ連、北朝鮮など社会主義国家に迎合してきたものこそ、じつは民主主義に対する戦争勢力ではなかったのか。護憲=平和、改憲=戦争という社会主義が押し付けた思考パターンは、冷戦が終わった今、逆転したのである。
 
◆またも重ねる解釈改憲
 そのことにいち早く気づいていたのは国民の側だった。各種世論調査をみても、ベルリンの壁が崩壊した翌年あたりから、憲法見直しに賛成する人が五〇%を超え、護憲派を凌駕(りょうが)し始めた。それは必ずしも湾岸戦争で国際貢献が求められたためではない。冷戦時代のイデオロギーの桎梏(しっこく)から解き放たれ、憲法についてみんなが自由に考えられるようになったからだと思われる。
 そして自由な目で日本国憲法を見ると、じつにおかしなところがいっぱいあることに気づくのである。
 「日本国民は・・・人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 まず憲法前文。人間相互の関係を支配する崇高な理想とは何か、だれにも分からない。さらに問題は日本国民が自ら国を守るのではなく、他国の公正と信義に信頼して生存を保持しようと決意した、と宣言している部分だ。
 前文の趣旨は、九条一項の戦争放棄と、二項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」につながっていると考えられるが、これでは国を守る権利、個別的自衛権すら行使できない。
 そのため政府は必要に応じて憲法解釈を変えてきた。いわゆる解釈改憲だが、北朝鮮の核疑惑で緊張が高まっている現在、羽田新政権もまた重要な憲法解釈変更の必要性に迫られている。
 集団的自衛権の行使を認めるかどうかである。わが国も主権国家として当然、集団的自衛権を有するが、憲法上行使できないというのがこれまでの政府見解だった。しかし北朝鮮への対応が緊迫化すると、米韓両国との共同作戦が避けられない。
 羽田首相は就任直前、「集団的自衛権の行使を認める方向で論議したい」と語ったが、その姿勢は評価されるとしても、いつまでわが国は解釈改憲を続けなければならないのだろうか。
 自民党政権下の政府解釈を総合すれば、もし他国のミサイルがわが国に撃ち込まれることが確実であれば、自衛のために先制攻撃も可能とされている。そのとき核兵器の使用も自衛のためなら禁じられてはいない。
 護憲派が聖典のように崇める平和憲法の、これが現実の姿なのだ。憲法の平和主義を守る誠実さがあるのなら、護憲を主張する人たちもまた、共に憲法改正に踏み出すときがきている。
 日本国憲法施行から半世紀、今こそわたしたちはあいまいな憲法の条項を見直す作業を始めなければならない。日本国民が世界の信頼を得ていくためにも、それは必然であると考える。


 
 
 
 
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