日本財団 図書館


1987/05/03 読売新聞朝刊
憲法40年 環境、論点大きく変容 擁護派56% 自衛隊容認は80%
 
 わが国をとりまく国際情勢が厳しさを増す中で、“不惑”を迎えた日本国憲法。ここ数年、活発な憲法論議もなく、憲法記念行事も惰性に流れている感は否めない。戦後、憲法論争最大の焦点となってきた憲法九条(戦争の放棄)と自衛隊の関係にしても、ここ数年の各種世論調査では、約八〇%の国民が現在の自衛隊を容認するなど、憲法をとりまく政治環境はこの四十年間に大きく変容した。
 
〈首相の“変節”〉
 「私は戦争から帰って来たとき、現憲法はアメリカから押しつけられたという屈辱感を感じて、なるべく早く改正しようと考えた。しかし、その考えは修正した。若い人は現憲法で自由を得ており、戦前のノスタルジアでは改正できない」
 中曽根首相は、昨年十月、衆院当選一回生議員との懇談会の席上、こう語った。改憲論者で知られた首相が、これほど明確に改憲に対する慎重姿勢を明らかにしたのは初めてで、改憲派には大きなショックを与えた。
 自民党系の自主憲法期成議員同盟(会長・岸信介元首相)周辺では、「一体、どういうつもりで話したのか、理解に苦しむ」とのつぶやきも漏れる。三日、同同盟が開く自主憲法制定国民大会では、首相に対し「若き日に『自主憲法制定』に情熱を燃やされた初心に立ち帰り」改憲に尽力することを促す、という異例の決議採択を予定、首相の翻意を迫ろうとしているほどだ。
 こうした首相の“変節”の背景には、国民に現行憲法がすっかり定着しているとの認識があるのは間違いない。
 本社が昨春実施した憲法に関する全国世論調査でも、「改正する方がよい」が二二%と五年前の調査より五%減ったのに対し、「改正しない方がよい」という擁護派は一二%増の五六%に上昇、定着化傾向は一段と進みつつある。
 
〈自衛隊容認〉
 とくに、戦後のある時期までは憲法論争の中心的テーマだった憲法九条と自衛隊との関係をとりまく国民的雰囲気は大きく変わった。総理府の世論調査では、昭和四十年以降、自衛隊が「あった方がよい」が常に八〇%前後を占めている。また、その理由として、「国の安全確保」が五十九年の調査では六三・八%と多数を占めるに至っている。 こうした流れを受けて、公明党も五十六年には自衛隊を容認(民社党は結党以来、容認)、社会党にしても、五十八年に石橋政嗣委員長(当時)が提起して大きな話題を呼んだ「自衛隊違憲・合法」論以降、事実上、自衛隊の存在を容認した。
 この結果、今では国会で憲法と防衛の関係が議論されるのは、シーレーン(海上交通路)防衛問題にかかわる集団自衛権論争ぐらいになった。むしろ、改憲派である自主憲法期成議員同盟が、「憲法の拡大解釈は、国民の法律に対する信用をなくす」として、自衛権を憲法に明確に盛り込むべく運動を続けている方が目立つ。
 最近では、一昨年の八月十五日(終戦記念日)に、中曽根首相ら閣僚が靖国神社を公式参拝したことで、憲法二〇条(政教分離)がクローズアップされた程度だ。
 
〈国民の関心〉
 憲法をめぐる国民の関心は、いまや、基本的人権の問題に移行しつつあるようにもみえる。知る権利、プライバシー権、肖像権、日照権、嫌煙権・・・。新しいところでは、快適な生活を要求する環境権まで登場している。
 この種の人権をめぐる問題は、「現行憲法制定の時の概念にないもの。判例でコンセンサスが固まるのを待つしかない」(法務省幹部)という。
 「FF現象」が引き金になり、プライバシー権がクローズアップされる時代になり、かつてのような天皇制、自衛隊といった大上段に構えた論議が国民から敬遠されるようになったともいえる。
 見方によっては、それだけ憲法が国民の日常生活の中で血肉化しつつあるということかもしれない。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION