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1950/05/03 読売新聞朝刊
[社説]憲法と自由の濫用
 
 新憲法が公布されてからもう三年の歳月を経ている。敗戦後の空虚な、唖然とした状態から脱し、日本の国民は、まだ多少の戸惑いを感じながらも、新憲法の骨組に肉づけをして来たことは事実である。現在の日本人中、四十代から五十歳前後の自由人は、大正の末期における日本の自由主義運動(それがどんなに残虐な弾圧下にあつたにしても)の巻き起した波紋の中に生きて来た人々であり、従つてこの新憲法の精神にある個人の自由についても、その人権尊重の問題でも、そこに、何の新しい思想を見ないであろう。だが、問題は、三十代の人々や、二十代の人々についてである。
 ヒトラーの育成したユーゲントは、二十年近い統制国家の訓練を経、敗戦にも拘らず、彼等の一部は、依然今日もなお、ゲルマン的ナチス精神を棄てず、ヒトラーの生存をさえ信じているというが、現在の日本青年にとつても同様なことが心配される。
 マツカーサー元帥が、われわれの憲法記念日に当つて寄せた声明の中にある一貫した精神は、これを要約すれば、個人の自由尊重への貴い教訓である。が、元帥が『他国におけると同様、日本にも人権条例によつて与えられた個人の自由の濫用にたいしては、わずかに総括的で、ばく然とした憲法上の保護があるに過ぎない』といつている。だが、この自由の濫用とは何を意味するものであろうか。自由とは、与えられたものであるよりも、むしろ自分のものとして獲得すべきものである。昨年、われわれが眉をひそめて目撃した共産党員の暴力行使の一切は、幸にして自から墓穴を掘った結果になつたが、そうした暴行者が二十歳代の青年であつたことは注意に価する。このような若人は、憲法の与えた自由、つまり、まだ彼等のものになつていない自由を振り回したため悲惨な自由濫用をしつゝ自から反省するところがなかつた。
 自ら獲得した自由は、自己決定の自由であり、自分を守るために、最大な責任感を持つて行動する人々のものである。マツカーサー元帥のいう『少数の人々による間断なき圧迫』とは、このような幼稚な、自由濫用者を扇動するデマゴーグ(扇動政治家)のことであり、彼等は、フランス革命におけるモンタニヤール(山岳党員)と同様、貧困の利用者であり、マルクス風の独断的公式を宇宙の真理の如く盲信し、自己批判のマヒした戦後の羊群的青年をあおり、われわれの存在理由である個人的自由を粉砕するのばかりか、祖国日本を他国の奴隷化することを聖なる行動のように見せかけようとしている。われわれの最大な関心は、憲法の与えた自由をわれわれのものとして、内から伸展させることであつて、その反対にこの憲法の自由を利用し、悪用し、●有し、それによつて破壊的暴力行為に出ようとする一切の自由濫用者に対して如何に善処すべきかということである。
 マツカーサー元帥は、共産党のやつていることが、国家及び法律を破壊しようとするもので、この際、同党に、法律上の保護や恩恵を与えることはひとつの矛盾ではなかろうかといつて、われわれに重大な問題を提供している。
 われわれが、共産党に辛らつな批判を加えようとするのは、彼等の行動自身に対してよりも、彼等の偽装や、聖者らしい仮面をかぶつたその偽善に対してである。
 マツカーサー元帥のいうように、彼等は現在少数である。が、われわれの怖れるのは、この少数者の持つた危険な誘惑である。われわれの国のインテリ階級でも、勤労者でも、進歩的であるというドグマ(独断論)につかれ「反動」といわれたくない虚栄から、冷静な現実を忘れ、彼等の言動が政治という最も冷たい現実とからんだ場合に必然生ずる恐るべき結果についてはなはだしい無関心ぶりを見せている。日本人の大半は、まだ自由な甘いミツに酔つても、その自由がひとつの思想訓練として、実践として如何に重荷であるかを十分に理解していない。
 憲法の与えた自由、それは、われわれにとつてひとつの重荷である。「自由の濫用」これくらい世に容易で危険なものはない。自由が濫用されるということは、自由自身の自殺であり、そうした濫用者こそ、憲法に対する反逆者である。法律は文面であり、社会的な力である。この文面と、力を生かすのは、われわれ自身が、自己に向つて自分の力で、自分の判断力で、自分を訓練することである。自由の濫用とは、正に、自己所有していない者の言動でしかない。

(日本財団注:●は新聞紙面のマイクロフィルムの判読が不可能な文字、あるいは文章)

 
 
 
 
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