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2001/05/02 毎日新聞朝刊
[特集]衆参両院憲法調査会(その2) 審議ハイライト/2
 
◆首相公選制 論議台頭、学者は慎重
◇民主主義の徹底求め、小泉氏訴え関心呼ぶ
 昨秋からの両院憲法調査会の論戦を見ると、首相公選制導入の是非をめぐる議論も大きなウエートを占めている。背景には、自民党派閥のボス交渉で生まれた森喜朗前首相が「首相の資質」を問われ続け、国民の間にフラストレーションがたまっていた事情がある。小泉純一郎首相が「改憲して首相公選制を」と訴えたことで、関心はさらに高まった。導入するためには憲法改正が必要。現行の議院内閣制や象徴天皇制と矛盾しかねない面があることから、学者・専門家の間では慎重論が多いが、憲法の基本原理である「国民主権」を徹底するため、憲法改正をいとわず、導入すべきだという積極論もある。
 日本国憲法には「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」(6条)「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」(67条)と書いてある。つまり、日本の首相は国会議員の選挙で選ばれる。この仕組みを変え、米国の大統領や日本の都道府県知事のように、有権者の直接選挙で選ぶようにしようというのが首相公選制である。政界では中曽根康弘元首相がかねて導入を唱え、最近では小泉首相を含むYKKが推進勢力になっている。
 
◆積極的な賛成論
 憲法調査会に招かれた参考人は、どう主張したか。導入賛成論から見てみよう。昨年11月30日、衆院調査会で東京都の石原知事は「行政のトップに立つ総理大臣を国民が選ぶのは、現代ではごくごく妥当な方法だと思います」と述べた。
 石原氏は、中曽根氏が首相在任中、伊豆・大島の噴火に対応して自衛艦を派遣した例を挙げ、「超法規的に大統領的な決断をされた」と高く評価。
 「首相の権限は内閣を招集することだけ、というようなバカな内閣法がいまだに続いている」と現状を批判した。石原氏は根強い人気を保ち、公選制が導入されれば自ら首相に立候補するのでは、とささやかれている。
 翌週12月7日、衆院調査会が招いた麗沢大教授で評論家の松本健一氏は、冒頭の意見陳述で首相公選制導入に積極的な考えを示したため、質疑はこの問題に集中した。難点を挙げる質問に対し、松本氏は「国民がリスクも考えて選び、政治に責任をもつようになる」と反論した。
 日本国憲法には国家元首の規定はないが、現実には、海外諸国を訪問する天皇は元首としての扱いを受ける。公選首相は、国家元首的な性格を帯びることから、天皇制と矛盾するという批判が出てくるわけだが、この点について松本氏は「日本史上、天皇が大権を持っていたのはわずか五十数年。千年、二千年をさかのぼれば、無権力の文化の守り手だった。元首で政治権力を持つ首相が、国民投票によって生まれても、天皇制には抵触しない」と論じた。
 
◇「国民信じて」
 首相公選制は現行議院内閣制と矛盾するという批判も根強いが、松本氏は「議院内閣制を維持した公選制でかまわない。国民の意思を直接、政治に反映させるプラス面と、衆愚政治、人気投票に陥りやすいマイナス面があるが、マイナスは、すべて民主主義のコストだと考えればよい」と強調した。
 このほか、数少ない経済畑の参考人であるソフトバンク社長、孫正義氏(01年3月8日、衆院)も「国民が直接、自らのリーダーを選べる。国民を信じなくて誰を信じるのか」と論じ、首相公選制導入に期待を表明した。
 
◆根強い反対論 議会の力低下/現制度活用を
 一方、慎重論。今年3月7日、参院調査会で政策研究大学院大の飯尾潤教授(政治学)は「公選すると大統領に近い形になる。政党政治と大統領制は必ずしも相性がよくない。それに近い制度をとっている都道府県の知事は、いったん選ばれると、政党がなかなか対抗馬を出せず、総与党化現象が起きる。国政レベルでも総与党化し、国会での論戦はあまりなくなる。国民に分かりにくい政治になる可能性がある」とマイナス面を列挙。
 「公選論の前に議院内閣制の強化、首相の権能の強化が考えられてしかるべきだ。特に内閣法第3条(各大臣は、主任の大臣として、行政事務を分担管理する)が首相のリーダーシップをあいまいにしている面があり、これを緩和すればよい」と締めくくった。
 3月14日の参院調査会で、北海道大大学院の中村睦男教授(憲法)は「首相公選制は、国民の意思が直接反映するという意味で国民主権に適合的な面があることは確かだが、国民の代表機関としての国会の性格を弱める。議院内閣制を本来の趣旨に従って十分に機能させることが、現在、最も重要だ」と主張した。
 同日の参院調査会で、細川内閣の首席首相秘書官だった駿河台大の成田憲彦・法学部長は「GHQ(連合国軍総司令部)は大統領制のアメリカの人々なので議院内閣制の経験がなかった。憲法の議院内閣制は手薄。公選された首相が米大統領のように就任式に臨むなら、象徴(の天皇)は何のためにいるのかということになる。公選首相が天皇による任命式に臨むなら、主権者が選んだ首相を天皇がどういう資格で任命するのかという原理的問題が生じる」と懸念を語った。
 3月22日には衆院で学習院大の坂本教授が「天皇の位置付けがはっきりしない段階で首相公選制を持って来ると、天皇の意義があいまいになる。公選首相が強力な指導力を発揮するというのは、議会のコントロールが及ばない行政をつくるということ。本当に好ましいのか」と疑問を投げかけた。
 同じ日の衆院調査会で東京大の姜教授は「議院内閣制だから首相の力が制約されるというのは誤りだ。政権党内の派閥力学の弊害が首相の権限を制約している面があるのではないか」
 憲法学者、政治学者は「政治がうまく機能しないのは議院内閣制を十分に生かしきれていないためであり、制度改革よりも現在の仕組みを使いこなすことの方が重要だ」という考え方を共有しているようだ。
 
■天皇制をめぐる意見 「地位強化」「廃止」論も
 
第1章 天皇
第1条
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
 
 昨年9月、毎日新聞が実施した憲法問題に関する世論調査では、現在の象徴天皇制を支持する人は77%。長期にわたり、8割前後という高水準を維持している。そういう背景もあって、国会の調査会では正面から天皇制の是非を問う場面はほとんどなかった。半面、この問題は「首相公選制」や「国民主権」をめぐる論議とのかかわりでしばしば登場した。代表的な意見陳述を採録しておこう。
 今年3月14日の参院調査会で北海道大大学院の中村教授は、国民主権をもっと明確にすべきだとの観点から、こう主張した。
 「国民主権は第1条で規定されていると解釈されているが、『第1章 天皇』となっており、天皇の地位の中で国民主権をうたっている。規定のしかたとしては不明確だ。『第1章 国民主権』と改め、主権は国民にあるということを明記した方がすっきりする」
 天皇の地位を外国の「キング」と同じ性格に改めよという意見を述べたのは、昨年10月26日、衆院調査会に登場した国際東アジア研究センター所長の市村氏。民主党の山花郁夫氏が「天皇制も改正が必要だと考えますか」とただしたのに対し、こう答えた。
 「私が本来のわが国の皇室のあり方および国民との関係から考えて非常に具合が悪いと感じるのは、たとえば天皇陛下が靖国神社にお参りになれない、外国へ行かれた時には外国の閲兵はできるけれども、自衛隊は閲兵できない、一国の君主として、外国のキングがやってるのと同じことができなくてはウソだ。それを制約しておるものが今の憲法にあるとすれば、その部分は改められなければならないと思っております」
 逆に、天皇制は廃止も含めて議論すればよいと主張したのは今年3月7日、参院調査会に招かれた慶応大の小林節教授(憲法)である。統治機構全般を論じる中で「誤解を恐れずに言えば、天皇制の廃止も含めて議論の対象にすべきだと思う。象徴は日本国にも必要だが、国民的合意が存在しない言葉は憲法の運用上、重大な問題点になっている。そうである以上、検討してみる意味はある」「旧憲法では『天皇は神聖にして不可侵』ではあったが、あくまで名義人であって、戦争をやった本人ではないのだから責任はない――と、よく言われるが、それは無理がある。名義人なら名義人だった責任がある。救いなのは、昭和天皇陛下ご本人が責任を自覚していたことだ」などと語った。


 
 
 
 
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