2000/02/18 毎日新聞朝刊
[ニュースキー2000]憲法調査会、衆参で始動 タブー打破、着地点は
◇結論急ぐ自民・自由−−公明・野党との違い歴然
衆参両院で憲法調査会の論議が始まった。憲法改正を念頭に置いて結論を急ごうとする自民、自由両党と、「現段階では、あくまで論憲にとどめる」あるいは「護憲は譲れない」という他政党との姿勢の違いは歴然としている。それは国民意識が依然、多様であることの反映でもある。各党は違いを強調するだけでなく、一致点を見いだせるだろうか。問題点を整理した。【与良正男】
◆調査期間
両院の調査会はおおむね5年をめどに最終報告を提出することとし、調査会には憲法改正の議案提出権が備わっていないことを確認してスタートした。だが、自民党の小山孝雄氏は「来年7月には中間報告を」(16日)と主張、自由党の野田毅氏は「3年で概要(をまとめ)、5年で新憲法制定を」(17日)と踏み込んだ。
これに対し、共産、社民両党だけでなく、与党の公明党も「拙速は避けるべきだ」と反論した。一方、民主党の鳩山由紀夫代表は、調査会での発言ではないが、「自分たちが国会にいないかもしれない時期に結論を出すのでは、だれも信じない」と主張し、2、3年以内に党試案をまとめる考えを示している。
◆制定過程
自民党は現行憲法制定当時の帝国議会(衆議院、貴族院)の議事録などの提出を求め、「制定過程を検討することが出発点」であるとアピールした。自民、自由両党の場合、米軍占領下で進んだ制定過程を検証することで「米国の押しつけ憲法」であるという側面を強調し、憲法改正につなげたい思惑もあるようだ。
これに対し、民主党は「制定過程に問題があるから改正すべきだという立場はとらない」と反発している。共産党は「米ソ対立を受け、憲法施行(1947年)直後から、米国は日本の再軍備を検討し始めた。改憲論の源流は米国にあった」という点を、米国の公文書などを通じて明らかにしていく方針だ。
◆焦点、やはり9条
16(参院)、17(衆院)両日の議論では、(1)「環境権」「知る権利」「プライバシー権」などの新たな権利を加えるか(2)首相公選制を導入するか。その場合、天皇制との関係はどうなるか(3)衆院との重複性が指摘される参院を、どう改革するか(4)道州制を導入すべきか(5)公に属さない教育事業などへの公金支出を禁じた89条と現実に行われている私学助成の関係――など、制定当時は議論の対象外だった課題も出そろった。
だが、最大の焦点は、やはり安全保障との関連。9条をめぐる論議も動き出した。「ポスト冷戦下での日本の役割=国際貢献・自衛隊の海外派遣」という新たなテーマに直面するきっかけといえば、91年の湾岸戦争だった。この間の議論をリードした小沢一郎・自由党党首は「国際貢献は、むしろ憲法に合致する」と主張し、「同盟国への攻撃に対し、(同盟国と共同で防衛する)集団的自衛権の行使は許されない」という従来の政府の憲法解釈の変更を求めてきた。
小沢氏は昨秋、憲法改正試案を発表し、「もはや個別的自衛権や集団的自衛権だけで自国を守ることは不可能。地球規模の警察力により世界秩序を維持するしかない」のだから、憲法の条文に「兵力の提供を含むあらゆる手段を通じ、世界平和のために積極的に貢献しなければならない」というくだりを加えるべきだという。その一方で、民主党の鳩山氏は「自衛隊はだれが見ても軍隊なのだから、(憲法の条文で)『戦力保持』を明記すべきだ」と主張する。
共産、社民両党と公明党は9条見直しに反対している。9条には近隣諸国に対する「不戦のメッセージ」という側面があり、仮に改正した場合、軍国主義回帰を連想させ、国際間の政治問題に発展する可能性はある。そうした懸念を取り除きつつ、広く国民に根差した「論憲」を進めることができるかどうか――。
衆院憲法調査会の委員(50人。50音順、敬称略)=◎は会長、○は会長代理、※は幹事
<自民党>
◎中山太郎、※愛知和男、※杉浦正健、※中川昭一、※葉梨信行、※保岡興治、石川要三、石破茂、衛藤晟一、奥田幹生、奥野誠亮、久間章生、小泉純一郎、左藤恵、白川勝彦、田中真紀子、中川秀直、中曽根康弘、平沼赳夫、船田元、穂積良行、三塚博、村岡兼造、森山真弓、柳沢伯夫、山崎拓、横内正明
<民主党>
○鹿野道彦、※仙谷由人、石毛 子、枝野幸男、中野寛成、畑英次郎、福岡宗也、藤村修、横路孝弘
<公明党・改革クラブ>
※平田米男、石田勝之、太田昭宏、倉田栄喜、福島豊
<自由党>
※野田毅、安倍基雄、中村鋭一、二見伸明
<共産党>
佐々木陸海、志位和夫、東中光雄
<社民党・市民連合>
伊藤茂、深田肇
◇衆院も月2回ペース
衆院の憲法調査会は24日に第2回会合を開き、参考人質疑を行う。午前の参考人は西修・駒沢大法学部教授(憲法学)。午後の参考人は未定。今後は原則として月2回開く。
また、自民党が現行憲法制定当時の帝国議会の議事録と、戦後の一時期、内閣に置かれた憲法調査会の報告書の提出を求め、来週中に調査会委員に配布することも決めた。
○・・・識者はこうみる・・・○
◇すること別にある
山口二郎・北海道大教授(41)=政治学
憲法調査会の発足はバカバカしいの一語につきる。空騒ぎに過ぎない。1990年代の政治改革の不毛な終着駅だと思う。日本の政治家は政治改革というお菓子を食べ散らかして汚したまま、憲法というお菓子もおいしそうだとばかりに食い付いているようなものだ。「この10年間で日本の政治を果たして変えることができたのか」という政治改革の総括が全くできていない。
政治家は不まじめで、次から次に改革の名の下に食い散らかすだけだ。私は小沢一郎氏と鳩山由紀夫氏に対して不信感を抱いている。小沢氏は改革者ではない。鳩山氏が野党の党首として「憲法論議を今やるべきだ」と主張するのは的外れもはなはだしい。社会保障や財政赤字削減という国民の生活に直結する問題に真剣に取り組まなければいけないのに、統治能力がないことをごまかすために憲法論議を利用しているだけだ。(談)
◇論点出尽くした
北岡伸一・東京大教授(51)=日本政治史
衆参両院の調査会にタブーなき議論を求めたい。護憲派が「制定過程を調査、研究することは『自主憲法制定』につながるからダメ」というのはおかしい。明治憲法の制定過程を研究することをダメだと言う人はいないではないか。私は緩やかな護憲はいいと思うが、かたくなな護憲は戦前、明治憲法を絶対視した人々のメンタリティーと同じだと考える。
憲法の論点は出尽くしている。5年(間の調査)なんて言わずにさっさとやるべきだ。自由党の国民投票法構想を「改憲を加速させる」と指摘する人々もいるが、それも政治的思惑含みだ。憲法は国民自ら政治に参画していくためのルールであることを忘れてはならない。ただ、憲法論議は政界再編の軸にならないと思う。政治は理屈が後からついてくる。憲法観が違う者同士でも、政権に手が届くと思えば手を組むのではないか。(談)
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