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1999/05/03 毎日新聞朝刊
[社説]憲法記念日 覚悟を決めて論議を 新たな世界秩序を見極めて
 
 国会に憲法を論議するための常設の調査会を置く動きが強まっている。政府与党の自民、自由両党は将来の憲法改正も視野に入れている。
 日米防衛指針(ガイドライン)関連法案の衆院通過で、調査会設置に弾みがついた側面もある。
 新憲法が施行されてから3日で52年が経過した。この間に、何が変わり、何が変わっていないのか、そのことを冷静に見極め、それなりの覚悟を決めて論議にのぞむ必要があるだろう。一時の風潮に流されることがあってはならないからだ。
 誤解を恐れず、日本を取り巻く憲法状況について概観しておきたい。
 日本国憲法は、世界でも特異な憲法である。最大の特徴は第9条で、戦争を放棄したことだ。このため最低限の自衛権の行使のみが認められ、海外での武力行使や集団的自衛権の行使は認められない。これが歴代内閣の憲法解釈であり「専守防衛」が国是とされてきた。
 自ら手足を厳しく縛って戦後のスタートを切った。第二次大戦での敗戦を教訓とした覚悟の選択だった。
 一方、国家の基本的な使命は「国民の生命、財産を守り、国土(領土、領海、領空)を保全する」ことだ。手足を縛っていては、その目的を達することは困難である。そこを補完するだけでなく、日本の安全保障を総合的に担保しているのが日米安保条約体制である。
 同時に、この体制はアジア地域の抑止力として機能し、海外からは日本が再び軍事大国にならないための「ビンのふた」としての役割が期待されてきた。
 もちろん戦争や紛争が起きないよう外交努力を重ね、あらゆるレベルで信頼醸成のためのパイプを太くする必要があるし、独自の平和構築の戦略を持つことは不可欠である。
 
◇憲法と日米安保は不可分
 それでも不幸にして、そうした事態になれば米国の圧倒的な軍事力に頼らざるを得ない、というのが現状である。憲法と日米安保体制が密接不可分なのはこのためだ。
 第二次大戦の終結は、帝国主義、植民地主義の時代を終わらせるという世界史上の大きな転機になった。
 また東西冷戦の終結は、東西両陣営のイデオロギー、体制の対立に終止符を打つ流れをつくった。
 これによって人類は、全面戦争や核戦争の脅威から、ようやく解放されるかに見えた。日本の「不戦」の憲法も、長いイデオロギー対立の論争から解放され、その特異性が再評価されるかに見えた。
 ところが、冷戦後は地域紛争、民族紛争が多発するようになり、核兵器の拡散という新たな脅威に直面することになった。
 また兵器の性能も格段に進歩し、特にミサイルが主役となり、軍事戦略の基本が大きく変わった。たとえ小国といえどもミサイルに核兵器を搭載すれば、それは大国と対等にわたり合う力となる。ナショナリズムがその誘惑を押し上げる。
 冷戦後、旧西側陣営の共通のキーワードとなった「新世界秩序」(ニューワールドオーダー)の核心は、こうした新たな事態をいかに抑止するかに移ったと見ていいだろう。
 そこで再認識されたのが北大西洋条約機構(NATO)や日米安保体制だった。冷戦下とは全く違う目的と戦略が加えられた。
 コソボの空爆に踏み切ったNATOのソラナ事務総長は、その大義名分について「いまや『人権』擁護は国境を超えた」と説明した。
 アジアでは、1994年の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核疑惑、95、96年の中国による台湾海峡でのミサイル実験が、ガイドライン関連の「周辺事態法案」を加速させた。それが日米安保「再定義」の根幹だ。
 
◇ナショナリズムへの警戒
 同じ敗戦国であるドイツが、基本法で軍事力の行使が限定されていたNATOの域内から、域外のコソボ空爆に初めて参加した。
 その空爆が続行される中で開かれたNATO創設50周年の首脳会議で「新戦略概念」が打ち出されたのは、ニューワールドオーダーを目指す重要なステップと位置づけられ、日米のガイドライン関連法案も軌を一にした流れと見るべきだろう。
 こうした流れが、近い将来の憲法改正を迫ることになるかどうかは、現時点で即断することはできない。また、このことがアジアでの軍拡や緊張を高めることにならないかどうか、慎重に見極めなければならない。
 少なくとも、世界の新たな展開を見据え、独自の平和戦略を持たずに進むことはできない。
 コソボ空爆が「人権」を大義名分にしながら、民間にも多大な被害を与え、劣化ウラン弾まで使用する現実がある。日本はNATOと価値観を共有し、同じ役割を演じることができるのか。
 「覚悟が必要」というのは、そのことを含め、憲法制定以来の日本の安全保障政策を根底から見直す作業が必要だということだ。
 憲法も「不磨の大典」ではない。こういう時代だからこそ、大いに論議すべきだろう。戦後、マスメディアの論調も揺れ続けてきた。21世紀に向けて、国と国民の運命にかかわる重要な選択になるはずだ。
 少なくとも国家の論理とナショナリズムの行き過ぎが、国や世界を誤らせる、というのが歴史の最も大事な教訓である。私たちは、それを監視し、抑制することが使命であることを、改めて肝に銘じたい。
 
 ■写真説明 ユーゴ空爆中に開かれたNATO首脳会議(4月23日、ワシントン)=ロイター


 
 
 
 
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