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1996/11/03 毎日新聞朝刊
[特集]憲法公布50年 社説再録/3止 1969年〜1991年
 
◆博多駅事件−−69.11.28
 この最高裁の決定は、非公開の分も含め、フィルムなど取材したものについて、報道機関は裁判所の提出命令、押収を法律上拒否できないとした新判例であるだけに「報道の自由」の立場から、重大な関心を寄せざるを得ない問題である。・・・取材源の秘匿なくして取材の自由はなく、報道の自由はあり得ない。また「報道の自由」は、憲法が保障する言論、出版など「表現の自由」によって裏付けられている国民の基本的な権利でもある。報道機関が、その基本的権利と、民主主義の基本的原理に基づいて取材したにもかかわらず、その取材源の秘匿が“公正な裁判のため”という理由で認められないことは「報道の自由」への大きな障害となることは、いうまでもない。・・・われわれは現実の問題として「公正な裁判の実現」のためという理由で「報道の自由」が侵害されることをおそれる。
 ◇メモ=博多駅事件
 報道の自由をめぐって争われた事件。博多駅での機動隊と学生の衝突に関連して、福岡地裁はNHKなど放送会社4社に「審理に必要だから」とテレビフィルムの提出を求めた。4社はこれを不服として特別抗告したが、最高裁は69年11月、この抗告を棄却した。
 
◆司法の独立−−71.4.3
 再任拒否ということは、10年間も勤めてきた裁判官をクビにするということである。憲法で身分が保障されている裁判官が、その上司も「再任適当」と上申し、それまでに、何らの処分も受けていないのに、任期10年の終わりに、一方的に再任を拒否されるということは、どうみても、理にかなった人事とはいえない。・・・最近、法曹界では「裁判官がものを言わなくなった」といわれている。これは、なにげない発言のはしばしをとらえられて、上司にマークされるのを避けるためである。このようなふんいきは、決して好ましい傾向ではない。活発に、自由に論議できる環境の中でこそ、すばらしい法理論の形成も、卓越した意見も生まれる。今回の最高裁の措置が、裁判官沈黙の風潮を助長するようなことがあれば重大である。今度の問題の影響することを考えて、最高裁が、多くの国民が納得する措置をとるよう望んでやまない。
 ◇メモ=再任拒否
 最高裁・裁判官会議は裁判官が青年法律家協会に加入するのは好ましくないとして、71年3月、熊本地裁の1判事補の再任を拒否、新任希望者の7人を不採用とした。いずれも青法協関係者だった。長沼裁判以来くすぶっていた司法の独立論議が燃え上がった。
 
◆長沼裁判−−73.9.8
 長沼ナイキ基地訴訟は“自衛隊違憲”の判決が下され、国の全面敗訴となった。自衛隊がその前身である警察予備隊として昭和25年に発足して以来、初めて真正面から“断罪”を受けたのである。平和憲法の核心をなす第9条の精神と、現在の自衛隊とは相容(い)れないものとして、明確に司法的見解が示された意義は、きわめて深長といえよう。・・・防衛庁は、早くも来年度予算として1兆1000億円以上の概算要求を発表し、高性能の攻撃用戦闘機や5000トンを超える大型護衛艦の配備などを織り込んでいる。だが、このような規模、装備、実力を備える自衛隊が、憲法制定当時に、だれしも思い及ばなかった存在であることは疑いない。・・・現在の自衛隊を、国際情勢や民意とかかわりなくさらに拡大強化しようとする前に、静止して再考すべき機会という心構えで、総合的考察を加えるべきではないか。
 ◇メモ=長沼裁判
 自衛隊が合憲か違憲かが争われた裁判。政府は69年、北海道長沼町に自衛隊ナイキ基地の建設を計画、これに反対する地元住民が訴訟を起こした。73年9月、札幌地裁は自衛隊を違憲としたが、第2審はこれを破棄し、82年9月、最高裁も2審判決を支持した。
 
◆防衛協力−−78.11.28
 これまで“精神的な協力関係”にとどまっていた自衛隊と米軍の関係が、「指針」によって現実的な協力関係の基盤づくりに一歩を踏み出したわけである。それが、日米関係の政治的、軍事的側面に与える影響は大きい。・・・その半面、米軍と自衛隊の相互補完関係を具体化していくことは、わが国の防衛力整備の方向に、かなりの影響力をもたらし得ることも否定できない。・・・日米防衛協力の具体化が、いつの間にか「有事立法」の口実となり、それをもとに国内的な混乱を招くようなことは好ましくない。日米関係の安定を願い、日米安保条約が周辺諸国への“危険な要素”でなく、逆に“安定要素”であると主張している政府の立場からも、その点の配慮はとくに大切である。周辺諸国を刺激しない外交的配慮と、国民の理解と合意を絶えず求める努力が望ましい。
 ◇メモ=日米防衛協力指針
 78年11月に日米間で合意された防衛協力のためのガイドライン。(1)侵略を未然に防止するための態勢(2)日本が武力攻撃されたときの対処行動(3)極東における日米間の協力――の3項目で、(1)(2)は進展を見たが、(3)は先送りされ、最近になって急浮上した。
 
◆非核3原則−−81.5.19
 教授の発言は、日本政府が否定し続けた「米艦の寄港を含め、米国による日本への“核の持ち込み”はない」との主張を真っ向から否定するものであり、日本政府が基本政策としてきた非核3原則の「核を持ち込ませず」が事実上崩壊していることを強く示唆している。・・・60年新安保条約成立当初から米側は、核積載艦船の寄港、領海通過は、日本側の主張と違い、安保条約上の事前協議の対象とはなりえず、許されると了解、日本側もこれを口頭で了承していたというのである。・・・非核3原則は、国民的なコンセンサスを得た日本外交の核心の一つであることを考えると、その崩壊は、日本外交、そしてその担い手である政府への国民の強い不信となってはね返ってこよう。ライシャワー発言の持つ意味は重大である。政府は、知っている限りの真実を明らかにし、国民の疑惑に応えるべきである。
 ◇メモ=ライシャワー発言
 ライシャワー元駐日米大使は81年5月18日付の毎日新聞で、核兵器積載の米艦船が日本に寄港していたと証言、「日本政府も承知していた」と語った。元駐日大使の発言だけに、「核の持ち込みはない」との政府見解が一気に揺らぎ、大きな波紋を呼んだ。
 
◆靖国参拝−−85.8.4
 首相や閣僚が、公人としての資格で、特定の宗教法人である靖国神社に参拝することは、信教の自由、政教分離を定めた憲法との関係で問題があるとされているのに、あえて国論を二分するような危険をおかしてまで、なぜ、いま、急いで、公式参拝を実現しようとするのだろうか。・・・どのように参拝方式を変えるにせよ、参拝対象が靖国神社という、まぎれもない宗教法人である以上、閣僚の公式参拝に違憲の疑いを持つ政府統一見解を変更する理由にならない。・・・「靖国」は、きわめて複雑な要素のからんだ「政治の問題」なのである。首相はみずからめざす「戦後の総決算」の一つとして靖国公式参拝を実現したい意向と見受けられるが、これは特定の思想の具現の問題として取り組んでよいことではない。まして、人の心の問題に属する宗教にかかわることを、政治であつかうべきではあるまい。あくまで慎重に、考えていくべきだ。
 ◇メモ=靖国公式参拝
 閣僚などの靖国神社公式参拝については「違憲の疑いは否定できない」との政府統一見解(80年)がある。ところが中曽根首相は参拝の方式を変えることで公式参拝を決行。アジア諸国の厳しい非難に遭い、結局85年だけで中止せざるを得なかった。仙台高裁も91年に中曽根内閣のやりかたを批判した。
 
◆掃海艇派遣−−87.10.9
 いま、ペルシャ湾では、米国についで英、仏、伊の各国のみならずオランダ、ベルギーまでも掃海艇を派遣している。全原油輸入量の55%から60%をこの地域に依存している日本は、掃海艇を派遣していない。もちろん、西独が憲法上の制約で後方支援にとどめているように、日本にも憲法上の制約があり、掃海艇は送れないし、送るべきではない。しかし、目くばりしなければならないのは、国際社会においては、「日本は物事をカネとモノで解決しようとする」との批判が根強く伏在していることである。重ねて言うが、このような批判があっても、軍事的側面の貢献をすべきではない。けれども、このような批判に対して、平和国家の生き方をまげずにどう対処していくかは、真剣に取り組まなければならない問題である。
 ◇メモ=掃海艇派遣問題
 最後の日米首脳会談に臨んだ中曽根首相は、ペルシャ湾の安全航行で掃海艇派遣もあり得べしとの対米公約をした。ところが女房役の後藤田官房長官が強硬に反対。結局、掃海艇派遣はタナ上げとなった。掃海艇派遣は海部政権の下で実行に移された。
 
◆靖国違憲−−91.5.3
 首相の靖国神社公式参拝が合憲か否かなどが争点となっていた「岩手靖国訴訟」で、仙台高裁は公式参拝も県が支出した玉ぐし料も、憲法の定める政教分離に反しているとの違憲判決を下した。・・・判決の内容は、原告側の提起した憲法原則に照らしての疑義、問題点を正面から受け止めて詳細な検討を行っており、結論としての違憲の判決はきわめて説得力のあるものだ。私たちは政教分離の原則を厳格に解釈したこの判決を支持する。・・・なかでも、神道色を薄めた参拝方式をとることによって、合憲性を主張する政府見解に関連して、どのような方式にしろ「参拝の実質が変わるものではない」としている点は注目される。小手先の細工では公式参拝の違憲を免れることはできないという明快な判断を下しているわけで、政府は現在の統一見解を全面的に見直すことを迫られたのである。
 
◆湾岸戦争−−91.1.12
 これから、私たちは国連平和維持活動(PKO)への参加や難民救済へのヒトの派遣など、さらに踏み込んで自衛隊の海外派遣の合憲性をめぐって厳しい憲法論議に直面することになるだろう。私たちにとって、人類の理想を掲げた平和憲法は誇りである。そしてこれまでもそうであったようにこれからも、この憲法をしっかり守り育てていかなければならないと考える。それは、恐らく多くの人々の共有する考えでもあろう。だが、だからといって、私たちは平和憲法の弱い面、もろい面があるならば、それを直視することを避けてはなるまい。むしろ、そのためにこそ、どんなに苦しく難しくても論議を深め、難問を乗り越えていかなければならない。・・・試練の中で平和憲法をさらに豊かにするためには、憲法論議を深めるだけでは十分ではない。
 国として、平和を求める厳しい生き方を通じ、国際社会で尊敬されることが不可欠である。


 
 
 
 
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