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1993/04/27 毎日新聞朝刊
[特集]日本人の憲法観――毎日新聞社全国世論調査
 
◇曲がり角、揺れる憲法観
 平和憲法が果たした役割は十分に評価する。当面改正の必要はないが、時代の変化に対応して改正も考えなくてはいけないのではないか、と感じている。これが今回の憲法に関する世論調査の傾向だ。ポスト冷戦の日本人の憲法観は過渡期にさしかかったようだ。調査結果を詳しく分析すると――
 
◇憲法の役割−−平和、基本的権利保障を高く評価
 憲法がこれまでに果たしてきた役割(複数回答)の中で、国民が最も評価しているのは「戦争のない平和国家が維持できた」で、前回87(昭和62)年3月調査の64%から69%に5ポイント増えた。戦後の平和が憲法によってもたらされたと評価する人が非常に多い。2位は「象徴天皇制が定着した」と「基本的権利が保障された」で、どちらも29%。「象徴天皇制の定着」は6ポイントの増。
 また「日本の経済的繁栄を支えた」が24%から27%に増えたが、前回これと同率だった「日本の国際的地位を高めた」は逆に6ポイント減って18%に低下した
 男女別にみると、「平和国家の維持」と「経済的繁栄」が男性に多く、「健康で文化的な生活」は女性に多い。男性の経済優先志向と女性の生活優先志向が憲法評価の上にも表れている。
 年代別では「平和国家の維持」は30代が多いのに対し、「経済的繁栄」は40、50代、「天皇制の定着」は高齢者ほど多く、世代間の意識差がはっきり示されている。
 
◇改正の是非−−30代で改正論51%
 改正44%、改正反対25%で、改正論が上回った。男女別では、改正論は男性50%、女性38%、改正反対論も男性29%、女性22%でともに男性の方が多い。
 年代別では、改正論は30代の51%が突出して多いが、性別を加味すると男性40、50代が56%と多い。しかし男性60代は反対が34%で、最も高い。
 支持政党別に見ると、改正論の方が多いのは、自民党、公明党、民社党、日本新党の各支持者。改正論の比率が最も高かったのは、日本新党の60%。改正論より反対論の方が多いのは、共産党、社民連支持者で、社会党は35%ずつで同率。
 一方、改正論の理由は、「時代の変化に応じて」66%、「解釈が分かれる条文をはっきりさせる」21%などで、82年の調査と比べて、それぞれ4、3ポイント増えている。「押し付け憲法だから」が8%あったが、前回比で6ポイントも減った。
 改正派は、憲法の果たした役割についての質問では「経済繁栄」が32%と全体平均の27%より多い。反対派は「平和国家維持」が76%で全体平均の69%より多かった
 また改正派は「自衛隊のPKO、国連の軍事行動協力」に賛成40%、反対27%、改正反対派は賛成15%、反対57%だった。
 
◇改正の緊急性−−36%が「緊急課題ではない」
 与野党、労働界などによる憲法改正論議はいまにも改正に動きそうなムードだった。そこで「今の日本にとって憲法改正は緊急の課題と思うか」と聞いたところ、「思う」は25%、「思わない」は36%だった。「どちらともいえない」が37%あるが、国民は改憲を急ぐことには否定的だ。「思う」は女性より男性に多く、男性の30代は35%。支持政党別では日本新党支持者が34%でトップ。「思わない」は経営管理職(45%)、高学歴者(47%)に目立つ。
 ストレートに憲法改正を聞いた質問では「改正する方がよい」という改憲派が44%で護憲派の25%を上回った。改正すべしといいながら、緊急ではないという。この二つの結果をどう見るか。過去の調査でも、改憲論議については過半数の59%が「論議は必要」(80年)としながら、改憲作業は、約半数が「論議はともかく改憲は急ぐべきではない」(83年)と答えている。
 今回も時代の変化に対応して改正(見直し)は必要だが急ぐべきではないと冷静に受け止めているようにみえる。この背景には、政界再編にからんだ思惑で憲法論議を進めるべきではなく、日本の将来をもっとじっくり考えながら見直すべきだとの意識がうかがわれる。
 
◇軍事行動に協力−−賛成は4人に1人
 9条を改正して、自衛隊がPKOや国連による軍事的行動に協力できるようにすることに、賛成25%、反対33%、どちらとも言えない40%と、態度保留派が最も多い。PKO協力は軍事面となると4人に1人しか賛成していない。
 男女別では、反対論にはほとんど差がないが、賛成論は男34%、女17%と差がある。年代別で見ると、賛成論は男性40、50代が41%と多い。反対の比率は女性20代の40%が最も高い。
 支持政党別では、自民党、民社党支持者で賛成論が反対論を上回っている。公明党支持者は29%で同率。他は反対論の方が上回っているが、拒否度は、共産、社民連、社会、日本新党の順で高い。
 職業別では、学生は36%、自営業主は28%で賛否同率。主婦は反対が賛成の約2倍で拒否度が高い。反対は大都市ほど率が高い。
 賛成論は、「憲法の果たした役割」の質問では「経済繁栄」が36%と全体平均の27%より多く、「国際的地位」が20%と全体平均の18%よりやや多い。反対論は「平和国家維持」が72%で全体平均の69%よりやや多く、「経済繁栄」が25%で全体平均の27%よりやや少ない。
 
◇首相公選論−−男女とも賛成過半数超す
 自民党の有志議員が今年2月「首相公選制を考える国会議員の会」を発足させて、クローズアップされた首相公選制。
 憲法を改正して首相を国民投票で選ぶべきだ、の意見に「賛成」57%、「反対」11%、「どちらともいえない」31%。男女とも「賛成」は過半数を超え、若い層ほど「賛成」が多く30代は67%、20代は63%。しかし、60代は43%、70歳以上は41%に減る。
 支持政党別で見ると、「賛成」は日本新党支持者が69%で最も多く、次いで公明党の63%。自民党支持者は一番少ないがそれでも48%でほぼ半分。社会党の山花委員長は反対しているが同党支持者は57%が賛成している。
 首相公選は人気投票になりかねないとの意見がある。昨年12月に行った世論調査で「自民党議員の中で次期首相にはだれがよいと思うか」と聞いたら(1)石原慎太郎氏21%(2)橋本竜太郎氏19%(3)海部俊樹氏12%。宮沢首相は1%だった。この時の内閣支持率は12%。
 89年9月に「次代を担う首相にだれがよいと思うか」と聞いたところ、橋本氏と土井たか子社会党委員長(当時)がともに24%でトップに並んでいた。当時首相だった海部氏は5%で5番目。このときは海部内閣スタート直後で内閣支持率は31%だった。公選になったら国民的人気と現実の首相(内閣)支持のギャップが埋まるかどうか。
 
◇メモ
 憲法見直し論議 憲法が施行(昭和22年5月)されて今年で46年。憲法論議は長い間タブーとされてきた問題だが、昨年末から今年初めにかけ見直し論議が高まった。冷戦の終えん、湾岸戦争、PKOの影響である。きっかけは、昨年12月、日本新党が政策大綱で改憲を目指すことを発表してから。続いて大内民社党委員長、三塚自民党政調会長、渡辺外相(当時)、中曽根元首相らが発言。国際貢献を進めるために憲法9条を見直そうとする趣旨が多い。自民、民社の「国際貢献論」「大国の責任論」である。社会党の山花委員長も就任直前に「創憲」を提唱、山岸連合会長は論議の必要を促した。
 政界再編と憲法 政界再編の動きの中で、改革派は改憲を“にしきのみ旗”にした。しかし、護憲派の宮沢首相は「(改憲を)政治の旗印にするのは非常に危険」とけん制、慎重な姿勢。そこへ、金丸自民党前副総裁の逮捕・起訴で政治改革問題が最重要課題になり、ムードは沈静化しつつある。改革派の間で、国際貢献問題など9条をめぐる見解の違いは再編の阻害要因になるとの認識があるため。
 
◇新たな理想を模索=山口二郎・北海道大学助教授(政治学)
 憲法はその国の政治のあり方を規定する基本法であると同時に、その国民が追求すべき理想を提示したものである。戦後半世紀近く経過して、政治のあり方を根本的に見直すとともに、われわれが目指すべき価値や理想について模索しはじめたというのが、この世論調査に表れた国民の意識ではなかろうか。
 憲法改正を支持する人が11年前の調査と比べて12ポイントも増え、44%に達したことは、最近の憲法論議がある程度国民に浸透していることを示すものであろう。そして、改正を支持する理由として「押しつけ憲法論」が8%に減少したことは、憲法をめぐる論争が新しい段階に入ったことを意味する。
 つまり、体制選択をめぐる伝統的な保革対立の図式は、過去のものとなった。冷戦の終焉(しゅうえん)などの新しい時代状況の中で憲法のあり方を考えようというのが多くの国民の問題意識である。そうした態度からは一定の政治的成熟がうかがわれる。
 ただし、そうした意識変化は、憲法の平和主義という基本原則を否定して別の原理を探すという態度には結びついていない。自衛隊を国連の平和維持活動に参加させるための憲法改正については全体の4分の1しか賛成していないこと、憲法の役割として平和国家を維持してきたことを挙げる人が前回の調査よりもやや増えて7割もいることなどは、平和主義の理念が国民の間に深く根付いていることを物語る。
 繁栄や安定と背中合わせになった名状しがたい閉塞へいそく感。改革という言葉が時代のキーワードとなった背景には、こうした国民の感覚がある。もちろん、国民の改革に対する関心が高まることは歓迎すべきである。しかし、中身が十分つめられているとは言いがたい首相公選論の提案が多くの人々の支持を得ていることからは、漠然とした改革願望の陥る危うさも感じられる。
 これから必要となるのは、どこをどう変えていくかという具体的な憲法論議であろう。その中で、9条に限定することなく、人権や民主主義のあり方について、我々がいかなる理想を描くのかを広い視野から論じることが求められている。
 
◇質問と回答
 (数字は%、複数回答の合計は100%を超える。その他、無回答は省略)
 ◆あなたは日本国憲法がこれまでに果たしてきた役割として、次の中ではどれを評価しますか。(3つまで)
 
象徴天皇制が定着した 29
戦争のない平和国家が維持できた 69
法の下の平等など基本的権利が保障された 29
健康で文化的な生活が営めるようになった 26
公正な裁判ができるようになった 8
三権分立制度が定着した 11
地方自治が確立した 5
日本の経済的繁栄を支えた 27
日本の国際的地位を高めた 18
とくにない 6
 
 ◆あなたは、今の憲法を改正する方がよいと思いますか、改正しない方がよいと思いますか。
 
改正する方がよい 44
改正しない方がよい 25
わからない 29
 
<改正する方がよいと答えた人に>
 ◆その主な理由は何ですか。
 
押し付けられた憲法だから 8
時代の変化に応じて改めた方がよいから 66
解釈が分かれる条文をはっきりさせた方がよいから 21
国民の権利が多すぎ、義務が少ないから 3
 
 ◆あなたは憲法9条を改正して、自衛隊が国連平和維持活動(PKO)や国連による軍事的行動に協力できるよう明記すべきだ、という意見に賛成ですか。
 
賛成 25
反対 33
どちらともいえない 40
 
 ◆あなたは、憲法を改正して首相を国民投票で選ぶべきだ、という意見に賛成ですか。
 
賛成 57
反対 11
どちらともいえない 31
 
 ◆あなたは、憲法改正が今の日本にとって緊急の課題だと思いますか。
 
思う 25
思わない 36
どちらともいえない 37
 
 ◇調査の方法 4月9日から11日までの3日間、層別多段無作為抽出法で選んだ全国の有権者3000人を対象に、内閣支持率などの面接質問のあと、調査票を預けて記入してもらう「留め置き法」で実施。回収率は71%。
 (この記事にはグラフ「憲法を改正した方がよいか」と「憲法の果たした役割」があります)


 
 
 
 
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