1991/05/03 毎日新聞朝刊
きょう憲法記念日 騒がしい「憲法」周辺
三日は四十四回目の憲法記念日。昨年八月の湾岸危機を機に、海部首相は戦後平和外交の大転換ともいえる自衛隊の海外派遣策を次々と打ち出した。これらは「憲法九条の精神をふみにじるもの」など世論の厳しい批判を浴びた一方で、国際貢献を果たすための憲法解釈の見直しや改憲の機運を一部に再浮上させた。一方、首相らの靖国神社公式参拝について、今年一月、仙台高裁は初の違憲判決を下し、宗教色を薄めた形での公式参拝を合憲としている政府見解を否定した。さらに昨年十一月に行われた天皇陛下の即位の礼と大嘗祭(だいじょうさい)は憲法の政教分離原則の論議が不十分なまま、挙行された。
<自衛隊の海外派遣>
◇論議を積み残し
政府は自衛隊の海外派遣について「武力行使の目的を持たないで部隊を他国へ派遣することは、憲法上許されないわけではない」(一九八〇年の政府答弁書)との見解を示している。
問題は「武力行使」の概念のとらえ方だ。昨秋の臨時国会に政府が提出した国連平和協力法案は自衛隊を輸送、通信、医療などの「後方支援」活動にあたらせるものだが、こうした「後方支援」が武力行使と一体と見なされるか見なされないかの判断は難しい。
野党各党は「武力行使と後方支援は実態的には区別は困難。武力衝突が起こった場合の後方支援は、集団的自衛権行使をなし崩しにする」(石田公明党委員長)などと反発したが、首相は「自衛隊の参加はあくまでも海外派遣であり、海外派兵にはあたらない」として、議論はかみあわなかった。
自民党首脳らは国連軍や多国籍軍の行動を「集団的自衛権」とは別個の「集団的安全保障」上の行動と位置づけることにより「集団的自衛権」の行使を禁止した従来の憲法九条解釈の見直しを首相に迫った。だが、この構想は内閣法制局が憲法上の疑義があると突っぱね、“解釈改憲”として世論の強い反発を招いたことから断念し、国連平和協力法案も廃案となった。
湾岸戦争のぼっ発により、政府は新たな湾岸貢献策として避難民移送のための自衛隊機の派遣と、多国籍軍への九十億ドルの追加支援を決定。しかし、自衛隊機派遣のために政府が制定した特例政令は「自衛隊法の拡大解釈」「『アリの一穴』のように海外派兵に道を開くもの」との批判を呼んだ。また九十億ドル追加支援も、使途が武器・弾薬の購入にあてられた場合「武力行使」を定めた憲法に抵触するとして、国会などで強い反発を引き起こした。
そして、ついに首相は先月二十六日、憲法、自衛隊法に関する十分な論議を積み残したまま、自衛隊発足以来初めて掃海艇の海外派遣に踏み切った。
<靖国神社への公式参拝>
◇政府静観、棚上げ
首相らの靖国神社公式参拝に対する政府見解は、中曽根内閣の藤波官房長官見解(一九八五年)で「玉ぐし奉納などを行わず、本殿または社頭で一礼する方式なら、公式参拝でも宗教活動にあたらない」と、神道色を薄めた公式参拝ならば合憲との立場をとっている。
しかし、今年一月の「岩手靖国訴訟」の控訴審判決は、参拝形式のいかんにかかわらず、首相らの靖国神社公式参拝は憲法の政教分離原則に照らして違憲との判断を下した。政府見解を真っ向から否定した形だ。
政府は「岩手靖国訴訟」が靖国神社への公式参拝を求めた岩手県議会決議と玉ぐし料の県費支出についてのものであり、首相の公式参拝そのものを扱った訴訟が現在、大阪と福岡で係争中であることから「そちらの結果を待ちたい」と静観の構えで、問題は一時、棚上げされた格好だ。
<即位の礼・大嘗祭>
◇公費支出に不透明感
「国民主権・象徴天皇制」の現憲法下で初めての、天皇陛下の即位の礼と大嘗祭が昨年十一月に行われた。
両儀式の内容は皇室の伝統を重視して決められた。特に大嘗祭は法的根拠がないことや、宗教的色彩が極めて濃いことから、政教分離原則との関係で政府の儀式への関与の仕方が問題となった。政府は「大嘗祭に公費を支出するのは、宗教的側面でなく伝統的皇位継承儀式としての側面に着目するものだ」との見解を示したが、大阪地裁に「皇室神道行事に国費を支出するのは憲法の政教分離に反する」との国費支出差し止め訴訟が起こされるなど、不透明感が残った。
▼野党が声明▲
野党各党は二日、憲法記念日に向けた声明を発表した。要旨は次の通り。
◇今こそ平和理念で
【社会党】
政府の自衛隊機派遣決定、掃海艇派遣は、現憲法のなし崩し的改憲を狙うもので、重大な挑戦だ。憲法の国際平和主義、軍縮による平和への道は、ますます重要になっている。今こそ平和憲法の理念に立って行動し、世界平和のために貢献すべきだ。
◇国会で九条討議を
【公明党】
憲法第九条は、国連の普遍的集団安全保障体制を前提にした時に安定的に成立し得るという特徴がある。擁護しようとするならば、憲法と国連との問題に関心を払わなくてはならない。国会で原理原則の討議を交わし、国民的合意を得る時期だ。
◇今日的意義考えよう
【共産党】
自民党政府は、多国籍軍への戦費支出、海上自衛隊掃海艇の派遣など、憲法の平和的原則を踏み破る暴挙を強行した。憲法の平和的・民主的原則の持つ歴史的・今日的意義について国民が真剣に考え、擁護のために行動することが求められている。
◇理念を踏まえて
【民社党】
国連の強化と地域紛争の平和的解決、地球環境の保全、南北問題の解決、世界経済発展のための国際協調など、日本の使命と役割は極めて重大だ。憲法の理念を踏まえ、世界から信頼、尊敬され、必要とされる日本をつくるため全力を尽くす。
◇新しい意味付けを
【社民連】
施行から四十四年、日本と憲法は新しい段階を迎えた。憲法を積極的に生かしていく新しい意味付けをする必要がある。わが国はこれまで以上に「国際社会において、名誉ある地位を占める」ために積極的に世界に貢献しなければならない。
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