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1990/10/08 毎日新聞朝刊
[社説]「国連平和協力法案」への多くの疑問
 
 まるでSF映画のモンスターのように、自衛隊の海外派遣問題はいつのまにか日本の平和政策を左右する問題に発展している。
 防衛医官派遣の是非を論じていたのはつい最近のことで、自衛隊の直接派遣にまで及ぶ変容ぶりは驚くばかりだ。十分な国会論議や国民合意のないまま、憲法にかかわる国の基本政策を、なし崩しに変更しようとする政府・自民党の姿勢は納得できない。
 政府が臨時国会に提出する国連平和協力法案は、日本の進路選択としても、憲法問題としても疑問点が余りにも多い。法案成立という国会対策の次元で軽々に処理されてはならない。争点を明確にしたうえで、最終的には衆院を解散し、主権者である国民の判断を仰ぐべき重大問題である。
 政府案の第一の疑問は、実質的な自衛隊の「海外派兵」につながるのではないかという点である。
 そこでは自衛隊の部隊参加、「補給艦または輸送艦」「輸送機」の紛争地域への派遣まで認められる。その任務は停戦監視、選挙監視といった国連平和維持活動への協力だけでなく、多国籍軍などに対する補給、輸送、通信などの後方支援も含まれる。
 海部首相は「危険が伴うところには行かせない」というが、紛争地域ではどこが危険でどこが危険でないかといった区別はできない。任務にもよるが、有事の状態をも想定して行動せざるをえまい。
 また武力行使を目的にしなくとも、多国籍軍支援の直接派遣ということになれば、実質的な自衛隊の「海外派兵」に等しく、各国ともそう受け取るはずだ。「海外派遣」というのは言葉のあやにすぎない。携行する武器にしても、とくに艦船や航空機の場合どこまで認めるのか、実力組織の性格上その歯止めはなかなか難しい。
 第二に、平和協力隊が“第二自衛隊”となり、一般公務員や民間人の参加を困難にする点である。
 平和協力隊に参加する自衛官の扱いは、その身分を残し職務には従事しない「派遣」ということになった。実際には自衛隊が組織の中核を担い、艦船や航空機を含めて自衛隊の運用は防衛庁長官の指揮下に置かれることになるだろう。
 私たちは非軍事的分野の国連平和維持活動に協力するために、警察官、消防職員、自衛隊OB、海外青年協力隊OB、民間人などからなる自衛隊とは別個の平和協力隊を常設することを提案している。政府案はそれとはかけ離れているだけでなく、一般公務員や民間人参加の門戸を閉ざすことになるのではないか。
 第三に、紛争解決のために武力を使わないことを国是とする現行憲法との関連である。
 内閣法制局長官は国会答弁で、自衛隊の国連軍への協力および多国籍軍への後方支援について、それぞれの指揮下に入らなければ集団的自衛権の行使を禁じた憲法には抵触しないとの見解を明らかにしている。
 武力行使を伴う活動には参加できないとしてきた政府見解の変更とも言える。また、多国籍軍の場合も実際には米軍などの要請に基づいて、その軍事行動と一体のものとして後方の兵たんを担い、集団的自衛権の領域に踏み込むこともありうるのではないか。
 現行憲法は、武力による紛争の解決を否定し、自衛隊の海外派兵を禁じている。国連協力を名目にしているとはいえ、憲法解釈の拡大はその精神に反することになりかねない。
 海部内閣は、防衛庁や自民党の強硬論に押し切られ、しかもこれだけ重大な問題の選択を国民に問うことなしに、国連平和協力法の制定で処理しようとしている。すでに軍隊を保有しているドイツのコール首相は、北大西洋条約機構(NATO)域外への派兵を可能にするため、憲法改正を選挙の争点として堂々と提起している。
 日本はそれと違う道を選択すべきだが、問題を正面から論じようとしない政府の姿勢はアジア近隣諸国の懸念を増幅することになりかねない。


 
 
 
 
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