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1年間の体験から
 
report
ボランティア・レポート
 
【活動先紹介〜各欄の見方】
 
(タイトル)
(名前)
(活動先名称/活動先住所)
(活動先の概要)
 
(ボランティアの活動内容)
 
*文末
(年齢/出身地/参加前歴)
 
<年齢:平成14年4月1日現在>
 
自分らしくマイペースに
 
山川智子
 
ゆうび小さな学園(千葉県柏市)
 不登校児やハンディのある子どもを含む、様々な子どもたちの居場所、活動の場であるフリースクールです。学習、運動、創作などの活動を通して豊かな人生を創り出すことを目指しています。
 
 幼児から中3(原則として)の通園してくる子どもたちの学習運動・工作・食事づくりなどの援助活動、また行事などの企画・運営を共に行います。一部の日課を除いて、子どもたちの要望に添って柔軟に対応します。
 
 私の活動先は、ゆうび小さな学園(以下「ゆうび」と省略する)というフリースクールだ。まだゆうびに来て2週間くらいの頃に、学園生の一人が言った言葉がとても強く印象に残っている。ゆうびでは学園生が誕生日を迎えるたびに、ささやかではあるが、みんなで誕生会をする。その中で、園長先生のうっちは誕生日を迎えた学園生にいくつかの質問をする。その日、15歳を祝ってもらう彼は、うっちからの「あなたにとって、ゆうびとはどんな場所ですか?」という質問に、「給水場」と答えた。続けてうっちが「それは、砂漠の中にあるオアシスのような場所ということですか。」と聞いた。彼は、「まあ、そんなもんかな。」といった様子だった。その言葉を聞いて、私はハッとした。と同時に、「うん!うん!」とうなずいている自分がいた。
 長い人生、時には現在自分のいる場所が砂漠のようだと感じることもあるだろう。そんな時、オアシスに立ち寄って心と身体を休め、また先の道へ進んでいく。そんな「人生の選択」もあるのだと感じた。そして、そういった道を選び、自分にとっては「給水場」なのだと受け止められる15歳の学園生の言葉から、不登校は決してマイナスではないのだと確信した。
 
 「給水場」という言葉を心に留めてから約1年、私は一人ひとりの学園生との生活を通して、その一言に込められた意味を、ゆっくり、ゆったりと自分のペースで噛み締めていくことができた。
 私が学園の生活にも慣れてきた秋頃、新しく入った学園生がいた。始めは、他の学園生同様、そのうち学園にもなじんでくるだろうと思っていた。ところが、彼女の抱えている悩みは私が思っていた以上のものであった。私がそれまでに関わってきた学園生とはまた違う彼女なりの悩みを抱え、それをストレートに私にぶつけてくることが何度もあった。私がいっしょにいて感じるところ、彼女は学園での生活をとても楽しみにしている。ゆうびに通ってくるのが楽しくて仕方ないといった感じなのだ。ところが、その反面、ゆうびに通っている自分を悪い自分だと思っている。学校に通えない親不孝者だと。
 不登校に対する世の中の見方というのは、まだまだ厳しい。そして、不登校である本人の周り、特に家族からの理解が得られない時には、家族も悩み、本人も悩む。また心も不安定になりやすい。「悩み」というより、むしろ「自分」という人間の存在自体を自分自身でさえ信じることができずにいるといった気さえすることがある。
 
 ゆうびに通ってくる子どもたちは、ゆうびでの過ごし方を自分で決めている。何を、いつ、誰とするか・・・など。子どもによってすることは様々であり、また日によって変化していく。学校で時間割が決まっている生活をずっとしてきた私にとって、このように毎日自由に過ごせる「時間」と「場所」があることに始めはとまどった。
 ほとんど1日中パソコンに向かっている子ども、天気がいい日に外でサッカーボールのリフティングを練習し続ける子ども、好きな音楽を聴きながら仲間とのおしゃべりを楽しむ子ども、カードゲームや将棋の対戦を懲りるまで続ける子ども、メイク道具と携帯電話を片手に料理が得意な子ども、リーダーや他の子どもを誘って新しい遊びをどんどん作り出したくて仕方のない子ども、機械いじりが大好きで自分で買った草刈機で真夏に何度もゆうびの園庭をきれいにしてくれる子ども、など様々である。
 秋に入園した彼女は、いつの頃からか、午後になるとお菓子作りをするようになった。多い週は週4日の活動日の内3日作ることもある。はじめは、お菓子作りの基本である、小麦粉やバター、砂糖、卵などの量り方もままならない様子であったが、最近では手慣れた様子も少しずつ見られるようになってきた。彼女がお菓子作りをするようになって、夕方に出すおやつが手作りになることが増えた。クレープ、クッキー、シュークリーム、チョコレートムースなど、その日によって作るお菓子も変わる。
 お菓子作りには関わっていない子どもたちも、これら手作りのおやつを毎回楽しみにしてくれているようで、大声で「おいし〜い!!」「うま〜い!」と絶賛してくれる子どももいれば、笑顔で「ありがとね〜!」「上手だね!」と伝えてくれる子どももいる。彼女にとっても作ることの楽しさ以上に、ゆうびの仲間からの一言一言がうれしいのだろう。彼女は毎回少しずつ彼女なりの工夫を加えながらお菓子を作っている。
 
 ゆうびでは、自分の「やってみたいな」という気持ちを大事にしながら過ごすことができる。スタッフも学園生も一人の人間として、まず現在の自分のペースを尊重される。多くの学園生は、集団で遊ぶことは好んでしないことが多いのに、自分以外の学園生の名前やそれぞれのゆうびでの過ごし方について、スタッフ以上によく見ていて、本当によく知っているなと思うことがある。それが、お互いにしゃべったり、いっしょに遊んだりしない子どもについてでもである。ゆうびという「空間」や「時間」内で起こっている自分以外の人がしていることでも、どこか自分のある部分に重ねているように、お互いを見合っているようだ。自分が尊重されることで心も身体もほぐれ、他人を受け入れることができるようである。自分のペースを大事にするように、ゆうびという同じ「空間」や「時間」を共有している他人のペースも同じように大事にしているように感じられる。
 彼女のおやつ作りも、このようなゆうびの時間と空間の中で、他の学園生との間に1つではあるが、確実に大きなつながりとなっているように思う。
 子どもたちといっしょに過ごすようになって、日々感じている事がある。それは、一日として、子ども一人ひとりが何も学ばない日はないということだ。子どもたちの日々の活動を見ていると、自分がやってみたいことや知りたいことを見つけたときに、子どもは周りにいる人やモノに対して、個人差はあるとしても、様々な形で働きかけていると思う。また、他者からの働きかけを、なんらかの形で受け取っていると思う。時には、端から見れば何もしていないように見えることもある。それでもきっと、その子どもの心の中は、その子なりに活動中なのだと思う。
 それぞれの子どもが生きるペースというのは、本当に様々だ。ゆうびという時間と空間の中で自分の生きるペースを見つけ、その『らしさ』を発揮できるようになると、少しずつではあるが自分というものに自信を持てるようになっていると思う。「自分に自信があるか。」と聞かれた時に、なかなか「ある!」と言い切れる人は少ないと思う。それでも、はじめは1つからでも、自分の中の『自信を感じる部分』というのを見つけ、そこを大事にしていけたらいいなと思う。
 『らしさ』を発揮している子どもは輝いている。子ども時代にこの輝きを持てたら、これから先の人生において、自分の力のなさに打ちひしがれることに出会っても、自分で選んだ、自分の生き方というところに立ち返って考え、その困難を乗り越えていくだけの力を蓄えられるのではないか。
 
 この1年間の活動で、私は生きていく上でまず大事なことは、『自分を大事にできる』ことだと子どもたちから教わった。不登校になり、それを「給水場」だと言う子どももいれば、まだまだ自分で選んだ道だとは全部を認められずにいる子どももいる。それでも一歩ずつ一歩ずつ、自分の道を大事に歩めるように進んでいっていると感じる。自分の人生は自分で歩んでいくしかない。そして、自分の人生を大事できる人が、自分のと同じように、『他人のことも大事にできる』のだとも教わった。人生は一人で歩むのではなく、同じように歩む仲間がいるから楽しいし、心強いのだ。
 ゆうびというところは、子どもたちにとってだけでなく私にとっても、たっぷりと自分と向き合うだけの時間、空間、仲間がそろっていた。私は、これから先もたくさんの人や子どもたちと関わっていくときに、まず『自分』というものを大事にできる人間でありたい。現在の自分はまだまだ通過地点である。園長先生の言葉をお借りすると、「すべての子どもがよい方向に育っていると信じて・・・」というのがある。それと同じくらい、子どもに関わる大人も「まだまだよい方向に成長していけると信じて」、まず現在の自分のペースからはじめていこう!
 
[23歳/三重県出身/臨時講師(退職)]
 
地域と子どもの関わりについて
 
土岐さとみ
やすづか自由学園(新潟県東頸城郡安塚町)
 いじめや不登校に苦しむ子どもたちのための「心の居場所」として設立されたフリースクールです。自由な時間と空間の中で、子どもたちに「学びの自由」を保証し、子どもたちの成長をサポートします。
 
 いじめ、不登校の中学生とともに、学習活動、地域見学、体験学習、遊びなど様々な活動を行います。また、子どもたちの相談相手になったり、野外活動のリーダー的役割なども期待されています。
 
1. はじめに
 やすづか自由学園は安塚町社会福祉協議会の公益事業である。いじめなどが原因で、学校に行けなくなった子ども達が来ている。「やすづか自由学園」として町から借りている建物は以前小学校であったが廃校となり、現在は「菱里地域生涯学習センター」として地域の方々も使用している。近所の子ども達も体育館などに遊びに来ることもある。また学園のある地域の住民の方々から様々な支援を頂いていることもあり、地域と密接な関係で活動しているフリースクールである。
 学園では、年間を通じて農作業や野外活動、芸術活動など様々な行事が計画されている。その行事を行うにあたり、「菱里地域支援委員会」(以下、支援委員会)の皆さんが常に学園をサポートして下さっている。支援委員会の方々は子ども達にどのような影響を与えているのか。また学園と同じ、安塚町社会福祉協議会の事業である老人福祉施設「やすらぎ荘」でのボランティア活動における、お年寄りの方々と子ども達との関わりについて注目していこうと思う。
 
2. 菱里地域支援委員会とは
 まず、支援委員会の活動内容をまとめる。支援委員会は家庭交流部会、農村文化技術部会、環境美化部会、地域活動交流部会、農産物部会の5つの部会で構成されている。特に子ども達と接する機会が多いのは、農村文化技術部会である。田植えや稲刈り、竹炭作りなど、地域交流と自然体験を兼ねた行事をサポートして下さり、子ども達に作業の指導などもして下さっている。
 家庭交流部会は、家族と離れて生活している子ども達の親代わりとなり、地域の方々との焼肉大会で子ども達に家族の温かみを思い出させて下さったり、そば作りやこんにゃく作りを体験させて下さっている。
 環境美化部会は学園や寮周辺の草刈りなどの環境美化、また学園グラウンドでの露天風呂作りなどで支援活動をして下さり、子ども達は快適な学園生活を送ることが出来るのである。
 地域活動交流部会は、小正月行事である「塞の神」や収穫感謝祭など、地域の方々と合同で行う行事でサポートして下さっている。
 農産物部会は、毎日3食を学園で摂っている子ども達のために、給食用の農産物を提供して下さっている。
 以上が支援委員会の主な活動内容である。支援委員会は年配の方が多く、核家族の生活を送ってきた子ども達にとって、自分の祖父母と同じ年代の方と接する機会は大変貴重ではないだろうか。今まで自分より目上の方に対して丁寧に話したり、接したり、という経験をあまりしてこなかった子ども達は、周りのスタッフや仲間のやり方を見て徐々に変わっていく。挨拶をするようになり、目上の方を尊敬するという心が育っていく。作業をしながらでも、慣れない手つきの子どもに対して優しく指導して下さる支援委員会の方々は、子ども達の社会的自立を応援して下さっている。それに応えようと子ども達も一生懸命である。大きな励みになっているのではないだろうかと考えている。
 
3. やすらぎ荘と学園の関わり
 学園では、やすらぎ荘に週1回のボランティアに行っている。デイサービスで来ているお年寄りと一緒にゲームをしたり歌ったり、おやつを食べたりしている。初めは話しかける事も出来ず、ただ一緒に居るだけという状態だったものが、お茶の時の給仕やお年寄りの手を引くという事が自然に出来るようになっていく。特定のお年寄りと顔見知りになり、次に会えるのを楽しみにしている子どももいる。今日はこの人の顔と名前を覚えた、と自慢してくる。
 同年代の仲間や、自分の親や兄弟のような年頃のスタッフと接しているのとは違う。車椅子の方もいるし、ゆっくりでしか歩けない方もいる。片手が全く使えない方もいる。自分とは違うという事を理解し、他者を思いやる心が芽生えていくのである。
 1月20日にやすらぎ荘とやすづか自由学園の新春交流会が合同で行われた。狭い会場だったため、車椅子でも移動が出来るよう自分達が実際に車椅子に乗り、確認をしながら会場準備をした。また、手打ちそばを作った。移動介助や食事の世話など、終始周りの人のやり方を見ながら動いてくれた。
 後日子ども達に作文を書いてもらったところ、このような文を書いた子がいる。
 「おじいちゃん、おばあちゃんは体が思うように動かなくて、自分でご飯もあまり食べられない人が多かったので、僕はとてもご飯が食べづらかったです。それを助けているヘルパーさんはすごいと思いました。」
 朝早くからそば打ちをしてくれたこの子は、きっとお腹も空いていただろう。しかし自分だけ食べる事が出来ればいいのではない。皆でおいしく食べたい、という気持ちが強く現れているように感じた。そして、どの子も作文に書いているのは「お年寄りの方たちが喜んでくれてよかった」という事である。普段は自分の事ばかり考えて行動しているような子が、そのように書いている。これは、いつも通りの生活を送っていれば考えない事だろう。子ども達が出し物で『ふるさと』や『夕焼けこやけ』を歌うと、お年寄りの方々も一緒になって歌って下さった。子ども達の歌声も自然と大きくなっていたように思う。
 
4. まとめ
 学園では「自分のことは自分でしよう」と指導している。片付けやごみ捨てなど、今までなら放っておいても家族の誰かがしてくれていただろう。それを学園では自分でしなければならない。しかし自分の事だけしていればいいのではない。周りの人のために何かをする時もあるだろう。困っている人がいれば助けてあげようと思うだろう。支援委員会の方々、やすらぎ荘のお年寄りと接していると、誰かに助けてもらったり、時には誰かのために働いたりする。自分ひとりでは生きていけないという事を意識し、支えられていることもの有り難さが分かってくるのではないだろうか。
 いじめや不登校で心に傷を負った子ども達。学園は彼らの「心の居場所」である。子ども達には一精杯生きて欲しい。学校では経験出来ないことを提供したい。学校に行っていない事が負い目にならないように、と誰もが考えている。支援委員会、やすらぎ荘の方々は、人生の先輩として子ども達に接して下さる。やすづか自由学園は、地域の方々に見守られ、どこの学校よりも恵まれた環境にあると私は考えている。
 
[22歳/和歌山県出身/大学生(卒業)]







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