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行政は責任を持って宍道湖・中海の水質改善を
―第7号の発刊にあたって―
研究所理事長
保母武彦
 
 2000年9月、本庄工区干拓事業の中止によって、中海干拓事業はすべて終わるはずであった。その段階で残されていた選択肢は「全面干拓か水産振興か」であったから、干拓事業が終息して以降は、水産振興に進むのが当然の道であった。しかし、水産振興は、遅々として進んでいない。それどころか、今年の夏もまた、シジミの大量死が危惧される危険な状況が続いている。
 それは、本研究所が提案してきた「淡水化事業の中止」も「本庄工区堤防の開削」も実現していないからである。干拓工事をやめただけで、事後の水質改善策は何一つ進展していない。早や2年が経過しようというのに、この事態は異常である。
 第一の問題、「淡水化事業の中止」問題は、まだ結論が出されていない。
 淡水化事業については、水質汚濁の懸念を理由に1988年に「延期」(凍結)されたのだが、それ以降、水質汚濁という凍結理由を覆す状況が全くないにも拘わらず、島根県は、未だに淡水化事業を中止していない。昨年から島根県は、農業用水がどれだけ不足するかを調査してきた。これは、農業用水と湖の水質を両天秤にかけ、農業用水の状況によっては淡水化事業を推進するという無定見なものであり、ここからは、湖の水質保全と浄化を実現しようという確固とした基本政策のスタンスを見て取ることはできない。
 この政策軸の揺らぎは、まだ依然として続く可能性がある。農業用水に代わって次に天秤にかけられるのは「おカネ」である。現在、沿岸市町から、淡水化中止を想定した代替水源案を受け入れる方向で回答が寄せられつつあるが、代替水源への転換に関する地元農家負担の軽減等が併せて要望されている。斐川町の要望に対して澄田信義知事は「誠心誠意対応したい」と答え、宍道町の要望に対して三浦農水部次長は「国への重点要望でも地元負担の軽減を求めていきたい」と答えた、と報道されている。深刻な財政危機に陥っている国がどう出るかは予断を許さない。県としては地元選出国会議員の政治力を期待するところであろうが、干拓事業に強行姿勢をとってきた島根県の責任問題を棚上げした「国への重点要望」では、国民の理解が得られるとは考え難い。環境無視で事業を突き進めてきた島根県の責任を自ら取る覚悟なしには、「おカネ」の問題も解決しないし、したがって淡水化問題も解決しないであろう。
 第二の問題、「本庄工区堤防の開削」問題はどうか。
 この問題は、淡水化問題以上に進展していない。本来、本庄工区堤防の開削は、農水省が本庄工区の干拓事業を中止した時点で、島根県から要望すべきことであった。この堤防の存在が中海の水の流れを変え、湖水と海水との交換を妨げて汚濁の原因になっているのであるから、事業主体の農水省が「原状回復」に責任をもって当然である。ところが、国が「原状回復」の責任を免れているのは、島根県が、それを要求せず、堤防の県道路への移管だけを要求したからである。そのような政策の誤りについては、本研究所は、当初から批判してきた。しかし、島根県は、頑なに耳を貸そうとせず、今日の状況を生んでいる。財政危機が進んだ島根県は、開削の費用負担ができないからであろうか、開削しても水質は改善しないと言って、結局は、開削による水質浄化をサボタージュしているのである。このような行政の責任回避の犠牲を押し付けられているのが、宍道湖であり、中海である。
 本当に、開削しても水質は改善しないのであろうか。また、水質改善を効果的に達成する開削の方法はないものであろうか。
 本来、このような研究は、行政が行って然るべきものである。しかし、前述したような行政の責任回避があり、今の体質の行政に科学研究を要望しても叶わぬ夢となる。その間に、宍道湖と中海は、確実に回復不可能な“死の湖”に向かって進んでいくことになる。本研究所は、座して“死の湖”を待つことはできなかった。
 本研究所は、日本財団の研究助成をいただいて、専門調査機関の協力を得て、水質改善効果を定量的に評価・検討するためのシミュレーション調査研究を行った。その調査研究結果は、この冊子に収録した通りである。堤防開削による海水流入の浄化効果については、漁民や住民団体が主張してきたところであるが、その主張の正しさが科学的な研究によって証明された意義は大きい。この研究成果が、宍道湖・中海の環境再生の扉を開くことを心から期待している。







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