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第2部 各論
III. オンライン裁判外紛争処理(ODR)について
はじめに
 国連CEFACTの法律問題グループ(LG)は、昨年に引き続き「オンライン裁判外紛争処理(ODR)に関する勧告案」に取組んでいます。この問題に関連して、昨年度は、「オンライン裁判外紛争処理(ODR)に関する勧告案(Rev.2)」を報告し、これに関連して、インターネットの普及と消費者紛争の増加、オンライン取引における消費者苦情処理の必要性、米国FTCのオンラインADRに関する報告書などについて報告しました。そこで、本稿では、わが国におけるADRの現状、民事司法制度の改革とADR、e-Japan重点計画の下に推進されているオンラインADRなどを中心に報告をまとめました。また、昨年は主として米国におけるODRの現状を紹介したので、本稿では、EUにおけるADRとODRの動向に若干言及しました。これらについては、本特別委員会の昨年度の報告書15を参照していただければ幸いです。昨年度の報告および本稿は、CEFACT/LGのODR勧告案に関する問題点を見出すことを目的としています。なお、本稿の終わりに、CEFACT/LGの「オンライン裁判外紛争処理(ODR)に関する勧告案(Rev.12)」を資料として付けました。
 
1. わが国の仲裁制度の現状
1.1 仲裁関連法規
 明治23年(1890年)に制定された民事訴訟法第8編は、1877年ドイツ民事訴訟法第10編(第851条〜第872条)のほぼ完全な模倣であるといわれています。わが国の仲裁法は、制定以来、民事訴訟法の他の部分の改正に伴う小さな改正はなされたことはありますが、この100年間に実質的な改正は一度も行われていません。1996年6月の第136回通常国会において新民事訴訟法が成立しましたが、第8編(仲裁手続)および第7編(公示催告手続)は「公示催告手続及び仲裁手続に関する法律」として存続しています。民事紛争の解決方法に訴訟と仲裁がありますが、わが国で一般に利用されたのは訴訟で、仲裁はあまり利用されませんでした。明治、大正時代の裁判例の中に仲裁に関するものがありますが、仲裁が訴訟に代わる紛争解決方法として認識され、利用されていたとは言えません。これに対して、裁判所において当事者の互譲と合意によって紛争を解決する調停については、借地借家調停法(1922年)、小作調停法(1924年)、商事調停法(1926年)、金銭債務調停法(1932年)が制定され、戦後は民事調停法によって統合されて、個人の紛争解決に広く用いられるようになり、わが国の民事紛争解決方法として定着するに至りました。
 
1.2 条約その他
 この100年間に、国際商事仲裁に関しする条約として、「仲裁条項に関するジュネーブ議定書」(1923年)16、「外国仲裁判断に執行に関するジュネーブ条約」(1927年)17、「外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約」(1958年)18が成立し、わが国を含めて125カ国が加入しています。また、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)の「UNCITRAL仲裁規則」(1976年)19、「UNCITRAL調停規則」(1980年)20、「国際商事仲裁に関するモデル法」(1985年)21、「国際商事調停に関するモデル法」(2002年)22があります。その他、「国際商事仲裁に関する欧州条約」(いわゆる欧州条約)(1961年)と「国家と他の国家の国民との間の投資紛争の解決に関する条約」(いわゆる投資紛争解決条約またはICSID条約)(1966年)があります。前者の欧州条約は、欧州域内における東西貿易から発生する紛争処理を目的として作成されたものであり、後者の投資紛争解決条約は主として発展途上国に対する外国からの投資をめぐる紛争処理のために国際復興開発銀行が中心となって作成したものです。両者は適用対象が一般的でありませんが、仲裁について詳細な規定を設けています。
 
2. 民事司法制度の改革とADR
2.1 専門的知見を要する事件の増加
 昨年6月、司法制度改革審議会意見書が発表されました。その中で、「民事裁判制度については、まず、適正・迅速かつますます増加することが予想される知的財産権に関する訴訟など専門的知見を要する事件、労働関係事件への対応を強化すること」が強調されています。そして、ニーズに応じて多様な紛争解決手段を選択できるようにするためには、「裁判外紛争解決手段(ADR)についても、その拡充・活性化を図ることが課題である」と述べています23。特に、「科学技術の革新、社会・経済関係の高度化・国際化に伴って、民事紛争のうちでも、その解決のために専門的知見を要する事件(知的財産権関係事件、医事関係事件、建築関係事件、金融関係事件等)が、増加の一途を辿っている。」これらの紛争に関わる民事訴訟においては、往々にして手続の遅滞を生じており、例えば、「医事関係訴訟事件について見ると、平均審理期間は34.6ヵ月(平成11年。概数)であり、他の事件に比して極端に長くなっている」ということです24。知的財産権関係事件への総合的な対応強化の一環として、日本知的財産仲裁センターや特許庁(判定制度)等のADRを拡充・活性化し、訴訟との連携を図ることが提言されています25。また近年、社会経済情勢の変化に伴い企業組織の再編や企業の人事労務管理の個別化の進展等を背景として、個別労使関係事件を中心に、労働関係訴訟事件は急増しています。例えば、「地方裁判所通常第一審新受理事件数は、平成元年の640件から平成11年の1802件に増加している」ことから明らかです。そこで、「労働関係事件の専門性、事件動向等を踏まえ、訴訟手続に限らず、簡易・迅速・柔軟な解決が可能なADRも含めて、労働関係事件の適正・迅速な処理のための方策を総合的に検討する必要性」が提言されています26
 
2.2 ADRの拡充・活性化
 司法制度改革審議会意見書は、「司法の中核たる裁判機能の充実に格別の努力を傾注すべきことに加えて、ADRが国民にとって裁判と並ぶ魅力的な選択肢となるよう、その拡充、活性化を図ること」および、「多様なADRについて、それぞれの特徴を活かしつつ、その育成・充実を図っていくため、関係機関等の連携を強化し、共通的な制度基盤を整備すること」を提言しています。特に、「わが国におけるADRとしては、裁判所による調停手続、また裁判外では、行政機関、民間団体、弁護士会などの運営主体による仲裁、調停、斡旋、相談など多様な形態が存在している。しかしながら、現状においては、一部の機関を除いて、必ずしも十分に機能しているとは言えない。一方、経済活動のグローバル化・情報化に伴い、国際商事紛争を迅速に解決する仕組みの整備について国際連合等において検討が進められ、また、諸外国においては、競争的環境の下で民間ビジネス型のADRが発展するなど新たな動向を示しており、わが国としても早急な取組が求められている」と述べ、「こうした状況を踏まえ、ADRが国民にとって裁判と並ぶ魅力的な選択肢となるよう、その拡充・活性化を図る」ことを強調しています。
 
2.3 ADRに関する関係機関等の連携強化
 ADRに関する関係機関等の連携強化について、司法制度改革審議会意見書は、「ADRの拡充・活性化については、個々のADRの性格に応じた多面的な検討が必要であるが、情報提供の強化、担い手の確保、財政基盤の確立、制度基盤の整備など、各ADRにおおむね共通する横断的な課題も多い」として、次のような具体策を提示しています。
・ADRの拡充・活性化に向けた裁判所や関連機関、関係省庁等の連携を促進すること。
・訴訟、ADRを含む紛争解決に関する総合的な相談窓口を充実させるとともに、インターネット上のポータルサイトなど情報通信技術を活用した連携を図り、ワンストップでの情報提供を実現すること。
・ADRの担い手の確保については、人材、紛争解決等を含む情報の開示・共有を促進した上で、必要な知識・技能に関する研修等を充実させること。
 
2.4 ADRに関する制度基盤の整備
 さらに、ADRに関する共通的な制度基盤の整備に関連して、まず、仲裁法制については、現在も明治23年制定の法律が、新民事訴訟法制定の際の改定作業から分離され、「公示催告手続及び仲裁手続に関する法律」としてそのまま残されており、UNCITRALにおける検討等の国際的動向を見つつ、仲裁法制を早期に整備すべきことを提言しています。その際、経済活動のグローバル化や国境を越えた電子商取引の急速な拡大に伴い、国際的な民商事紛争を迅速に解決することが極めて重要となっていることから、国際商事仲裁に関する法制をも含めて検討する必要があります。また、総合的なADRの制度基盤を整備する見地から、ADRの利用促進、裁判手続との連携強化のための基本的な枠組みを規定する法律(いわゆる「ADR基本法」など)の制定をも視野にいれ、必要な方策を検討すべきことを提言しています。その際、例えば、ADRの利用を促進する見地から、時効中断(または停止)効の付与、執行力の付与、法律扶助の対象化を可能とするための具体的要件を検討する必要があります。また、ADRと裁判所との手続的連携を促進する見地から、ADRの全部または一部について裁判手続を利用し、あるいはその逆の移行を円滑にするための手続整備等を具体的に検討することを提言しています。担い手の確保に関する制度の整備としては、隣接法律専門職種など非法曹の専門家のADRにおける活用を図るため、弁護士法第72条の見直しの一環として、職種ごとに実態を踏まえてその在り方を個別的に検討し、こうした業務が取扱い可能であることを法制上明確に位置付けることが必要です。弁護士法第72条については、少なくとも、規制対象となる範囲・態様に関する予測可能性を確保するため、隣接法律専門職種の業務内容や会社形態の多様化などの変化に対応する見地からの企業法務等との関係も含め、その規制内容を何らかの形で明確化すべきであると提言しています27
 
3. わが国の仲裁機関の扱うADR
3.1 (社)日本商事仲裁協会
 わが国最初の東京商法会議所の発起書(1878年、明治11年)に「紛争の仲裁」が事業の一つとして掲げられており、さらに商業会議所条例(1891年)による東京商業会議所はその定款中に仲裁規則を含んでおり、現行の商工会議所法も仲裁を商工会議所の業務の一つとして明記しています28。第二次世界大戦後、日本商工会議所が国際商事仲裁機関の設立を検討したことがありますが、民間貿易再開に伴って、日本商工会議所を中心とする主要経済7団体が発起人となって、1950年3月「国際商事仲裁委員会」が結成されました。同委員会は、欧米各国の仲裁機関の実情を調査した結果、その組織・機構を一層明確かつ強化するために、1953年8月に「社団法人国際商事仲裁協会」に改組されて今日に至っています。なお、同協会は、2003年1月1日、仲裁、調停などの裁判外紛争解決(ADR)の手続管理を通じて、国際取引および国内取引から生じる商事紛争の解決を目的として、名称を「社団法人日本商事仲裁協会」(the Japan Commercial Arbitration Association)と改称しました29
 
3.2 その他の主要仲裁機関
 そのほかの主要な仲裁機関として、次のものがあります。
(1)社団法人日本海運集会所(1933年):紛争処理として、相談、助言指導(約800件/年)、海事関係の諸事項に関する鑑定と証明(約900件/年)、海難救助報酬の斡旋、仲裁を行っています。
(2)労働委員会:斡旋、調停、仲裁などにより労使間の紛争を解決するために設立された行政機関で、中央労働委員会、船員中央労働委員会、地方労働委員会および船員地方労働委員会があります。
(3)建設工事紛争審査会(1956年):建設工事の請負契約に関する紛争について斡旋、調停、仲裁などを行います。
(4)公害等調整委員会(1972年):公害に係る被害の損害賠償に関する紛争その他の民事上紛争について斡旋、調停、仲裁などを行います。
(5)交通事故紛争処理センター(1978年):弁護士による交通事故に関する無料相談、和解の斡旋、紛争解決のための審査を行います。
(6)弁護士会仲裁センター:東京、横浜、大阪など主要都市の弁護士会が主として少額事件の解決と目的として設置した弁護士会仲裁センターがあります30
 
3.3 取扱い件数
 わが国における戦前の仲裁件数などを明確に知ることは難しいのですが、民事訴訟法(第799条)により裁判所に預け置かれた仲裁判断は、1893年〜1937年の44年間で205件、年平均4.6件ということです。戦後1953年〜1995年の42年間では718件、年平均17.1件となっており、戦前に比べて増加する傾向が見られ、特に1970年代後半からその傾向が顕著ですが、仲裁が本格的に広く利用されているとは言い難い状況です31。前記の国際商事仲裁協会(現在の日本商事仲裁協会)の取扱い件数を見ると、斡旋依頼件数は、1953年(471件)、63年(593件)、73年(600件)、83年(325件)、95年(220件)となっていますが、90年代後半に減少の一途を辿っています。調停事件は当初は100件を超える受理がみられたようですが、漸次減少続けて、90年代に入ってからはほとんどないようです。仲裁事件の受理件数は、同協会の創立以来1995年までの年平均4.0件ということです32
 
3.4 仲裁事件の種類、請求金額、仲裁手続費用
 国際商事仲裁協会(現在の日本商事仲裁協会)が、1991年〜95年の5年間に終結した仲裁事件の種類を契約類型別に見ると(カッコ内は全体に占める比率)、販売代理店契約などの継続的売買契約(34%)、技術ライセンス契約(21%)、売買契約(18%)、合弁契約(6%)、その他の契約(21%)となっています。仲裁事件の請求金額別では(カッコ内同)、1千万円未満(3%)、1千万円以上〜5千万円未満(27%)、5千万円以上〜1億円未満(6%)、1億円以上〜10億円未満(34%)、10億円以上(15%)、金額を明示しない請求(15%)となっており、一般に請求金額は高額です33。仲裁手続の主な費用(2003年1月1日現在)ですが、申立人は、申立の際、申立料金5万円のほか、請求金額または請求の経済的価値により、20万円から1,400万円までの間の額の管理料金を納付します。経済的価値の算定ができない、または極めて困難である請求の場合は、請求ごとに100万円となっています34
 
3.5 わが国における仲裁の問題点
 わが国では、仲裁が民事訴訟とともに導入されたにもかかわらず、広く利用されるに至らず、また、第二次大戦後に貿易取引から生ずる紛争を解決するために国際商事仲裁協会を設立したにもかかわらず、それもあまり利用されていないのが実状です。主要国の仲裁機関の年平均仲裁受理件数は、例えば、ICCの国際仲裁裁判所で300件強、イギリス仲裁人協会(CIA)で2000件以上、アメリカ仲裁協会(AAA)では、商事事件だけでも1万件以上ということです。日本における仲裁不振の原因として、次のものが挙げられています35
・仲裁についての認識不足
・適当な仲裁人の不足
・日本の地理的・経済的問題
・言語の問題
・弁護士制度の問題点
・政府・経済界のバックアップの不足
・悪循環
 

15 (財)日本貿易関係手続簡易化協会「平成13年度貿易手続簡易化特別委員会報告書」222〜248頁。
16 The Geneva Protocol on Arbitration Clauses, 1923.
17 The Geneva Convention on the Enforcement of Foreign Arbitral Awards, 1927.
18 The New York Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards, 1958.
19 UNCITRAL, Arbitration Rules, 1976.
20 UNCITRAL, Conciliation Rules, 1980.
21 UNCITRAL, Model Law on International Commercial Arbitration, 1985.
22 UNCITRAL, Model law on international commercial conciliation, 2002.
23 司法制度改革審議会「司法制度改革審議会意見書」(平成13年6月12日)、「II国民の期待に応える司法制度、第1民事司法制度の改革」。
24 前掲書、「II、第1、2専門的知見を要する事件への対応強化」。
25 前掲書、「II、第1、3知的財産権関係事件への総合的な対応強化」。
26 前掲書、「II、第1、4労働関係事件への総合的な対応強化」
27 前掲書、「II、第1、8.裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化」。
28 国際商事仲裁教会「国際商事システム高度化研究会報告書」1996年6月、109頁。
29 社団法人日本商事仲裁協会「仲裁のご案内」3頁。URL: http://www.jcaa.or.jp
30 国際商事仲裁協会「国際商事システム高度化研究会報告書」、97〜104頁。
31 前掲書、91〜92頁。
32 前掲書、111頁。
33 前掲書、111頁、
34 社団法人日本商事仲裁協会「仲裁のご案内」10頁。
35 「国際商事仲裁システム高度化研究会報告書」104〜108頁。







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