はじめに
臨床の現場でクライアントの個人的な問題を扱っていると、家族にまでカウンセリングの対象が拡大していくということがあります。それは私が家族カウンセリングを専門としていることもありますし、また、子供の問題や個人的な問題でも家族という枠の中で取り扱って解決したほうがいいという判断をすれば、なるべく家族カウンセリングを併用するようにします。とくに摂食障害(過食や拒食)の場合は、大部分の事例に家族カウンセリングが必要となってきます。また、うつや不安などについても、やはり家族の問題が解決されないと真の意味での回復は困難であることが多いので、当然、家族を対象としてカウンセリングをすることになります。
個人的な問題が、個人カウンセリングだけでは解決することが困難な場合には、家族という全体の中で扱っていくと問題解決の糸口が見えてくることがあります。また、カウンセリングを通して家族の誰かが変われば、家族の他のメンバーも変わらなければならなくなります。
一つの事例をご紹介しましょう。思春期の女子のカウンセリングをしました。彼女だけのときもありましたし、彼女の言葉だけでは十分に背景になるデータをとることができないこともあって、母親に一緒に来てもらって話を聞くこともありました。また母親だけに来てもらって、その人の客観的な情報−どのように家庭では振る舞っているのか、学校ではどうなのかなどということを聞きました。そして、カウンセリングの回数を重ねて問題も解決に向かい、あと1〜2回で終わるかと思っていると、今度はその母親自身が、娘の問題ではなく夫との関係について相談を始めたのです。
これまで夫とはほとんど言い争うことはなかったというのですが、最近、夫と言い争うことが多くなり、どのように対応したらよいか迷っているというのです。大きな声を張り上げて、口論してしまうことも増えたというのです。いままでは夫の行動があまり気にならなかったそうです。たとえば夫が新聞を読んだままにしていても、あるいは会社から帰ってきて洋服を脱ぎっぱなしにしていても、自分が片づけて何も問題にはしていなかったそうです。本来、夫が自分の責任でしなければならないことに対しても、自分がすることが気にもならなかったのに、最近は、夫のそうした利己的でわがままな言動が気になってしょうがないというのです。それまで自分で何気なくしていたことに対して、夫に「少しは自分でやりなさいよ!」と言い始めたのです。いままでは妻が全部やってくれていたのに、突然そのように言われるようになったものですから、夫のほうもカッときて夫婦喧嘩になってしまうというのです。私はご主人にもカウンセリングに来るように言いました。妻の話では、夫も自分の話を聞いてもらいたいと言っていますから、喜んで来ると思いますということでした。結局、この家族は娘の問題から始まって、両親である夫婦の関係にまでカウンセリングが必要となったのです。
この家族の構成は、両親、長女、そして次女と長男という5人家族です。次女と長男には特別な問題はありませんでした。
長女は、結婚してすぐにできた子供でした。そして、2年後に次女が生まれました。問題の発端は、夫と妻の間に信頼関係ができる前に子供ができて、父親は仕事に邁進、母親は子育てに没頭したことです。家庭では、父親は外側を向き、母親は内側を向いて役割が完全に分離していました。とくに父親は仕事が多忙で、家にいることが少ないということもあって、母親と長女との関わりが非常に強くなっていきました。このような家族は母と娘の間に“共依存的な関係”が形成されるようになることが多いのです。
しかし、子供が思春期になって自立の時期を迎えると、母子間に壮絶な葛藤が生じてくるようになります。共依存的な親密さは、自立を裏切りと感じてしまうのです。長女が自立していくと、母親はどうしようもない寂しさを覚え、無意識のうちに長女をコントロールしようとします。長女は逆にそのコントロールから逃れようとします。
このようなメカニズムがカウンセリングでわかってきましたが、この共依存関係が改善していくと、いままで長女だけに目が向いていたのが、母親と長女の線が薄くなったので、母親は自分自身に目を向けざるを得なくなってきて、必然的に夫の行動にも目がいくようになりました。しかし、それが本来のあるべき姿だったのです。そうであれば長女と共依存関係にはならなかったでしょう。
つまり、母親と長女の関係があるべき姿になることによって、本来の姿である夫と妻の関わりを中心として家庭が営まれる方向に向かう途中で、夫との関係が問題として浮上してくることになったのです。家族は一つのシステムですから、夫も家庭に目を向け、とくに妻との関係を変えざるを得なくなってしまったということです。ある意味では、家族の問題は、1人が変わることによって、全体が変わっていく必要が生じるのですが、全体がよくなっていくためには、ある程度の生みの苦しみが伴うのもやむを得ないということを忘れてはなりません。
このように家族カウンセリングは、個人的な問題であっても実際は家族という全体に関連しているということがわかります。家族カウンセリングは専門性の高いアプローチが必要とされますが、本著が目指すのは、問題を見つめるときに、家族カウンセリング的な視点から理解し、対応することを学んでほしいということです。それによっていままでとは違った結果を得ることができるでしょう。また、問題があるかどうかは別として、自分の家族や自分の育ってきた家庭について、家族カウンセリングの視点から自分の体験をもう一度見直してみることが大切だということです。
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