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個人主義
 第3は、「個人主義」です。これは利己的な生活をして、他者への無関心という形で現れてきます。自分の世界に入ってしまい、自分のことしか考えられないのです。他人への配慮やケアすることなどは眼中にないというタイプです。多くの方々が“自立”と“個人主義”とを混同していることがあります。つまり、自分の世界に入って、他者については一切関知しないような生活が自立と勘違いされているようですが、これは自立ではなく個人主義で、まさに自己充足の生き方です。
 恥の文化や大家族的な生き方が過去のものとなる中で、健全な自立を助けるしつけや教育がまだ確立していない環境で育つ若い世代が、利己的な生き方に向かうのは自然の流れかもしれません。電車で周りのことなどにお構いなく携帯電話で話している姿や、高齢者が立っているのに優先席にどっかりと座っている若者などは、まさに個人主義そのものです。
 
3. 自己充足の破綻は確実にくる
 このような自己充足的な生き方は確実に破綻を迎えます。
 もちろん、自己充足もある一定の期間は続きます。しかし、必ず破綻するときがきます。そして、自己充足的な生活が破綻すると人生の危機を迎えるのです。
 
危機とは?
 危機というのは、通常の対応や努力では解決することのできない状態のことです。人は、明日のことさえ正確には予測することはできません。いいえ、1時間先さえわからないのです。急激に変化しつづける現代社会では、いつ現状が急変するかは誰にもわかりません。事件に巻き込まれることも、またリストラや大病をわずらうことも急であることがほとんどです。
 とくに、これまで自己充足的なあるいは偽りの万能感の中に浸りながら生活をしていると、自分自身の真の状態を正確に把握していませんから、これまでの状況を見直して新たに態勢を立て直して対応することができず、パニック状態に陥ってしまいます。その状態がまさに危機です。人生における危機を迎えることで、自己充足的な生き方に終止符が打たれるのです。
 それでは、どうして自己充足的な生き方をするようになるのでしょうか。
 
子ども時代のしつけ
 これは子ども時代までさかのぼることができます。私たちは子ども時代に転んだり、病気になったり、あるいは叱られたりしてさまざまな苦痛を体験しますが、健全な自立をするためにはどうしてもこのような苦痛を体験することが不可欠です。子どもは自我の発達に伴ってその年代に合った自立を求めるようになります。大体、6歳までに自立の基本ができあがります。自立を求めていくということは、新しい社会ヘチャレンジしていくことでもあります。たとえば、赤ちゃんがはいはいできるようになると、親の手を振り切っていろいろなところに行こうとします。そして、触ってみたり、なめてみたりすることを通して、新しい世界を知りかつ広げていきます。
 1歳が過ぎる頃には歩くことができるようになりますが、はいはいしかできなかった世界とは比べられないほどの広い世界を体験するようになります。つまり、親から離れて何かをしようとして新しい世界を体験すればするほど、失敗も多くなり、苦痛も多く体験するようになります。この苦痛を体験することで自分の限界を体験的に学習し、偽りの万能感ではなく、正しい自立の範囲を定められるような基礎ができるのです。
 しかし日本の場合、6歳まではむしろ子どもだから何もわからないという前提で子育てをするために、どうしても甘やかして過保護になったり、あるいは過干渉になったりで、失敗するのを事前に防ぐような接し方をしてしまい、自立の基礎が築かれないことが多いように思われます。その結果、思春期になっても、親に過度に依存して自分では何でもできるという偽りの万能感に浸り、わがままになって親も苦労しなければならなくなるのです。親に対して罵声を浴びせるなどの行動は、まさに偽りの万能感を支えている親が受ける結果といっても言いすぎではないかもしれません。しかし、このようなメカニズムに気づいている親はほとんどいません。
 このようなしつけを受けて育った大人こそ自己充足的な生き方をするようになります。しかし、人間には本質的に限界があるのです。
 
人間の限界
 人間にはどんなに努力してもひとりでは乗り越えることのできない限界があります。私たちがこの会場に来るときも、いろいろなものに依存して−たとえば、地下鉄に乗ったり、誰かが製造した自動車で来たのではないでしょうか。いや、歩いてきたという方もおられるでしょう。それでも道路を歩いてきたとするならそれをつくった方々がいるのです。また、私たちは生きるためには空気を吸い、食べ物を食べなければなりません。着ている洋服も誰かがつくったのを買ったのです。つまり、人間には本質的に限界があるのですが、自分には限界がある、人間は本質的には制限のある存在なのだということです。
 しかし、自己充足的になると不可能なことでも安易にできると思いこんでしまったり、また、できないことまで引き受けてしまったりするようになります。そして、引き受けた責任が果たせないと、自分のできることもしないで誰かに助けを求めてしまいます。そして、援助を受けて問題を解決すると、いままでのことはすっかり忘れ、再び自己充足的な生き方に戻るのです。それは、現実の自分の姿には気づきませんので、どのような体験も真の自立にはつながりません。
 しかし、最終的には誰かの助けを受けても解決できない問題にぶつかるのです。







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