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番外・アイコウボウ・USAの意義
この三年間、私たちアイコウボウは日本財団から助成金をいただいてきた。この助成金が交付されるにあたって、日本財団からいくつかの課題が出された。その一つに、精神障害者に対するアイコウボウ・USAの効果というものがある。精神障害者がアイコウボウ・USAを訪れ、生活体験をすることによって、その病状がどのように変化したのかということである。
医学的検証は第三部「アイコウボウ・USA座談会」に譲るとして、ここでは私たちがこの十三年間で実際に経験したことを基に、精神障害者がアメリカに行くことの効果について、私たちなりの感想を述べたい。
尚、精神障害には様々な種類があり、症状も人によって様々である。ここに紹介するケースはそうした中のごく一部であり、すべての精神障害者に共通するものではない。したがって、その効果も人によって様々で、効果が顕著に表れる者もいれば、そうでない者もいることをお断りしておきたい。
精神障害の中で最も一般に知られている病名は、精神分裂病ではないかと思う。実際、共同作業所に通う精神障害者のほとんどが分裂病である。したがって、アイコウボウの活動に参加する精神障害者も、必然的に分裂病の人が多くなる。
精神分裂病の主な症状は、幻覚・妄想・思考障害・感情障害などである。
幻覚とは幻聴・幻視などのことで、実際にはないものが見えたり聞こえたりすることである。また、妄想とは、自分のことを周りの人が噂していると考えたり、誰かに見られている、誰かに狙われてるなどと考えることである。
その他にも、分裂病になると感情の起伏がなくなり、何にも興味を持たなくなったり、思考が単純になったりする。
そうした人がアメリカに行くとどうなるか。アメリカの文化や環境、見るもの聞くものが良い刺激となって感情の起伏が出てきたり、アメリカの広くて静かな環境のせいで、幻聴が少なくなったりすることがある。
そして、もっと顕著な効果としては、誰かに狙われているというような被害妄想を訴えていた人が、アメリカに行った途端、そうしたことをパッタリと言わなくなるということがある。
これには理由があって、アメリカには自分を知る人が誰もいない。知る人がいないのだから噂のしようがないし、危害を加えられる理由もない。そう思うことによって被害妄想がパッタリと消え、心の安定を得られるようになるのである。
こうした効果は精神分裂病の被害妄想に限ったことではない。精神障害者は、自分が「精神障害者である」ということ、もしくは「精神障害者として見られている」ということに大きなストレスを感じている。
突然自分に起こった「発病」「入院」という不幸な出来事により、一番ショックを受けているのは障害者自身である。精神障害者に対する偏見はまだまだ根強く、そのことで心に傷を負い、世間の目を気にしながら生活を送っている人は多い。どこに行っても周りの目が気になり、「自分が障害者であることがばれるのではないか」と思って落ち着かない。
しかし、アメリカではそんなことを気にする必要はないのである。世間の目を気にせず、自分の思うように生活が出来る。アメリカでは、発病前ののびのびと生きていた「自分」を取り戻すことが出来るのである。
最近よく聞かれる病名に人格障害というのがある。
人格障害の人は、理想的な生き方を求め、自分の能力以上のことをしようとする。当然、現実の壁にぶつかって挫折し、絶望する。そして自傷行為をしたり自殺企図をしてしまう。
それは人に対しても同じで、身近な人を理想化し、依存状態になる。しかし相手が思うような態度をとってくれないと、それに絶望し、攻撃的な態度をとる。このように、自分に対する攻撃と他人に対する攻撃を繰り返し、精神的に不安定となる。
つまり、他者との距離、社会との距離がうまくとれず、必要以上に自分と他者を比べてしまうところに問題があるのである。
ところがそうした人がアメリカに行くと、それまで気になっていた周りの人たちや自分が所属していた社会から物理的に離れ、自分と他者との距離をあまり意識しなくなる。そうして精神的な安定を得られるようになるのである。
また人格障害は、障害の原因が両親との関係からきていることが多いため、アメリカに行くことによって物理的に両親と離れるというところにも意義がある。
それですぐに関係が改善されるというわけではないが、両親との関係をゆっくり考える時間が持てるということは、この障害を持つ人にとっては大事なことである。
こうした効果は先に記したように、すべての精神障害者に当てはまるわけではない。効果が顕著な例もあれば、そうでない例もある。また、アメリカ滞在中はその効果があったとしても、日本に帰国し、元の環境に戻ってしまうと、大体の場合その効果も消えてしまう。
しかし、だからといって効果がなかったとはいえない。少なくともアメリカ滞在中は精神的に安定し、安心して生活を送れていたのである。
また、これは病名の種別に関わらずいえることだが、アイコウボウはボランティアが中心となって活動しているため、精神障害の人は働き手となることが多い。人によって能力の程度にかなりの差があるが、能力の高い人は他の知的障害者や身体障害者の介助をすることが出来るのである。
このことで自分に自信がつき、アイコウボウの中での自分の存在意義を実感することで、精神的な安定を得られるようにもなる。
ではなぜアメリカなのか。アメリカにある意義は何なのか。日本国内のどこかの田舎か山奥でも同じことなのではないか。そういう質問をよく受ける。
実際、アイコウボウは立地的にはアメリカの片田舎にあり、日本の田舎にいるのとさほど変わらない印象を受けるかもしれない。しかし、「アメリカ」と「日本」では、心理的に雲泥の差がある。
例えば、アイコウボウが長野かどこかの山の中にあったとしよう。まあ、別荘のようなものを想像すればいい。精神障害者がツアーを組んで移り住み、共同生活をしながら農作業をしたりして、のんびりと暮らす。これではまるで開放病棟である。
日本の田舎には「都会(社会)から隔絶した」というイメージがあるのに対し、アメリカには「広い世界に一歩踏み出した」というプラスのイメージがある。この心理的効果は大きい。ただ距離が離れていればいいというわけではないのである。
また、アメリカという風土は訪れる人に開放感を与える。アメリカ人は障害者に理解のある人が多いし、実際、アイコウボウに出入りしているアメリカ人はみな親切である。アイコウボウから一歩出ても、みんなフレンドリーに笑顔で話し掛けてくれる。こうしたことが精神障害者にはよい効果となっているように思う。
実際、日本では出来なかったことが出来たり、日本では見せなかった表情を見せたりと、一緒に生活をしていて驚かされることも多い。
アメリカに来たということ、アメリカ人と接したということで自分に自信を持てるということも、少なからず今後の本人の生活によい影響をもたらすのではないかと思われる。
ともかく、これからも私たちはアイコウボウがアメリカにある意義を信じ、多くの障害者がアメリカでの生活を体験出来るよう努力していきたい。
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