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表10 治療費(自己負担額)以外の費用
N=21 治療費以外の総費用 a)+b) 購入物品費 a) 交通費 b) 通院回数 c) 1回あたりの交通費 b)÷c)
平均値 15,385円 2,671円 12,714円 21回 409円
標準偏差 21,005円 4,444円 18,998円 25回 384円
最小値 42円 0円 42円 2回 14円
最大値 125,280円 42,000円 125,280円 216回 3,477円
[注]
 a)治療費以外で購入した市販の薬剤やリハビリ用具など
 b)通院のための交通費
  交通手段は、自家用車、バス、タクシーだった。
  自家用車での交通費の算出方法は、1kmあたりガソリン10.5円として、自宅から当該病院までの最短距離の往復を計算した。
  自動車の減価償却分については、0円として無視した。
 c)転院、鍼灸院、整骨院についても1回通うごとにカウントした。
 
 
研究2:地域在住高齢者の転倒と治療費以外の負担
 2000年度における調査では、調査対象者数1,396、調査者数786、調査率56.3%だった。そのうち、転倒者数は、39名、転倒のべ発生件数は77件で、転倒発生率は9.8%だった。
 2001年度における調査では、調査対象者数1,426、調査者数454名(2001年7月26日現在、以後も継続中)、調査率31.8%だった。そのうち、転倒者数は28名、転倒のべ発生件数は66件で、転倒発生率は14.5%だった。
 電話調査を実施し、本研究の主旨と合致して有効回答となった事例は、2000年度が14例、2001年度が7例だった。
 不適として除外した事例の主な理由は、1)転倒したが傷害はなかったこと、2)電話での会話の中で、受け答えが曖昧である、もしくは正確さに欠くと判断されたこと、3)入院に至る程度の傷害だったこと、4)回答の拒否、5)不在などだった。
 調査対象者(サンプル)の平均年齢は、73.1歳(標準偏差5.1歳)で、男性2名(9.5%)、女性19名(90.5%)だった(表9)。転倒場所では、屋内が10例(47.6%)、屋外が11例(52.4%)と、ほぼ同率だった。原因としては、「滑った(9例42.9%)」、「ふらついた(6例28.6%)」、「躓いた(5例23.8%)」の順となっていた。主な傷害としては、骨折が12件(57.3%)と最も多く、次いで打撲7例(33.3%)、脱臼、切創となっていた。
 治療費以外(自己負担額)の費用は、通院に要した交通費と購入した物品費の合計として算出した(表10)。平均値は15,385円だが、分散が極めて大きい結果となった。具体的な購入物品費では、全く購入しなかった者が16名だが、処方された湿布薬だけでは足りずに、市販の湿布薬や塗布薬を購入した者や高価なサプリメント(42,000円)を購入した者もいた(表10、11)。
 交通費は、交通手段、当該病院までの距離、通院回数によって決定されるが、補正せずに見ると、平均12,714円、標準偏差18,998円で、これも分散が大きくなっていた(表10)。実際に、通院回数も2〜216回と広範だった。これを通院1回あたりで補正すると交通費の平均は409円、標準偏差384円となった。交通手段としては、自家用車、バス、タクシーの順で利用頻度が高く、自家用車だけの場合、費用はガソリンのみであるため低価だが、バスやタクシーを利用した場合には、高額になっていた(表11)。調査地の地域性があり、鉄道を利用した者は皆無だった。
 労働生産性への影響としては、サンプルの90.5%が高齢女性ということもあり、悪影響はほとんど家事に対してのものだった(表12)。社会的活動においても、集会や運動教室、生きがい型デイサービスの欠席などが数例見られただけだった。後遺症的な心身への影響として、「疼痛が残っている」、「動作制限」、「再転倒への恐怖・不安」などが、8例(38%)に認められた。
 
 
表11 転倒による傷害と治療費以外の費用
サンプル 年齢
(歳)
転倒場所 転倒原因 傷害名 部位 医療費以外
の費用
交通費 通院回数 通院方法 購入物品
費用
物品名
1 74 屋内 ふらついた 骨折 肋骨 1,365円 1,365円 10 自家用車 0円
2 66 屋外 滑った 骨折 前腕 126円 126円 8 自家用車 0円
3 66 屋外 滑った 骨折 前腕 35,843円 35,843円 90 バス・自家用車 0円
4 69 屋外 滑った 骨折 前腕 7,921円 7,921円 10 タクシー・自家用車 0円
5 81 屋内 不明 骨折 腰部 71円 71円 2 自家用車 0円
6 77 屋内 ふらついた 骨折 骨盤 921円 921円 4 自家用車 0円
7 70 屋内 滑った 骨折 下腿 12,898円 2,898円 11 自家用車 10,000円 湿布薬
8 88 屋内 躓いた 骨折 肋骨 672円 672円 4 自家用車 0円
9 68 屋外 躓いた 脱臼 693円 693円 3 自家用車 0円
10 68 屋外 躓いた 打撲 42,870円 870円 6 自家用車 42,000円 サプリメント
11 79 屋外 滑った 打撲 大腿 78,100円 76,500円 22 タクシー・自家用車 1,600円 サポーター
12 81 屋内 ふらついた 骨折 上腕 588円 588円 4 自家用車 0円
13 74 屋内 ふらついた 骨折 上腕 125,280円 125,280円 216 バス 0円
14 64 屋外 滑った 骨折 肋骨 788円 788円 15 自家用車 0円
15 68 屋外 滑った 打撲 臀部 693円 693円 3 自家用車 0円
16 71 屋内 滑った 打撲 手首 42円 42円 3 自家用車 0円
17 73 屋外 躓いた 切創 大腿 1,537円 1,537円 3 バス・自家用車 0円
18 78 屋外 ふらついた 打撲 腰部 7,750円 7,750円 22 バス・自家用車 0円
19 88 屋内 ふらついた 打撲 腰部 1,110円 110円 3 自家用車 1,000円 湿布薬
20 65 屋内 躓いた 骨折 手指 176円 176円 3 自家用車 0円
21 67 屋外 滑った 打撲 腰部 3,660円 2,160円 3 バス 1,500円 塗布薬
[注]被調査者本人からの情報なため、傷害部位は大まかな名称である。
 
 
表12 転倒による労働生産性、社会的活動・趣味への影響
サンプル 年齢
(歳)
傷害名 部位 後遺症的な
心身の状況**
労働生産性への
影響
社会的活動
・趣味等への影響
1 74 骨折 肋骨 家事を代行してもらった 集会の欠席
2 66 骨折 前腕
健側の手でレジを打った
3 66 骨折 前腕
健側の手で家事をした
4 69 骨折 前腕 以後頻繁に転倒するようになった
同上
5 81 骨折 腰部
嫁が家事をしているため
6 77 骨折 骨盤
同上
7 70 骨折 下腿 正座ができなくなった
同上
8 88 骨折 肋骨
同上
9 68 脱臼
不自由ながらも家事をした
10 68 打撲 長く歩くと膝が痛む
11 79 打撲 大腿 再転倒への恐怖・不安がある
不自由ながらも家事をした
生きがい型デイサービスの欠席
12 81 骨折 上腕
嫁が家事をしているため
13 74 骨折 上腕 痛みが続きリハビリ中である 老人会の欠席
14 64 骨折 肋骨 時々痛むことがある パートの職を辞した
15 68 打撲 臀部
16 71 打撲 手首 握力が低下した
健側の手で家事をした
水中運動の教室を欠席
17 73 切創 大腿 患側脚を引きずるようになった
不自由ながらも家事をした
18 78 打撲 腰部
19 88 打撲 腰部 家事を代行してもらった
20 65 骨折 手指
健側の手で家事をした
21 67 打撲 腰部
[注]被調査者本人からの情報なため、傷害部位は大まかな名称である。
**ここでは、転倒によって現在も残る症状や身体的な可動制限、精神心理的な悪影響と定義した。
 
4. 考察
 本研究は、「寝たきり」の原因や「高齢者のQOL(人生の質)」に悪影響を及ぼす「転倒事故」に焦点をあて、それが家計にどの程度の影響を及ぼすのかについて定量化を試みたものである。
1)転倒状況
 青柳ら3)の地域在住高齢者における転倒発生率を見たレビュー(5研究)では、1年間に65歳以上の高齢者が転倒する割合は、平均17.6−21.6%(男性9.5−19.2%、女性19.1−31.2%)であった。
 本研究(調査2)では、転倒のべ発生率は、2000年度が9.8%、2001年度が14.5%で、先行研究よりも低い傾向にあった。調査地は農山村地域で、65歳以上の高齢者であっても、農作業を行ったり、家事に積極的に関わったりなど、身体活動量は同年代の都市部在住の者よりも高く、これが結果的に移動能力やバランス能力の低下を緩やかにしているため、転倒発生が少ない傾向にあると考えられる。
 サンプルは、結果で記した5つの除外条件にふれない者としたため、21名にしぼられたが、傷害では、骨折が57.3%、打撲が33.3%と、筆者らの296名を対象とした1999年の調査4)と近似したデータであった。
2)家計への負担
 社会保険に加入していると仮定した場合、転倒による入院で手術なしの入院で約1,200円/日程度、手術ありの場合(術式・入院日数にもよる)には、概ね1,500円/日から3,000円/日程度の個人負担分の治療費だった。
 一方、転倒による傷害で、医療費以外の費用総額は平均15,385円、交通費は平均12,714円、購入物品費は平均2,671円だったが、いずれも分散が大きかった。交通費では、1回あたり平均409円で、タクシーやバスを利用せず、自家用車を用いた場合には、さらに安価だった。
 以上のことから、治療に伴う自己負担額は、各種の生命保険や傷害保険に加入していたとすれば、家計への影響は必ずしも大きいとは言えない結果となった。
3)国民医療費
 Brainskyら5)は、大腿骨頸部骨折による医療費は、16,322−18,727USドル(日本円で約2,138,182−2,453,237円:1ドル=131円として)であり、入院日数やリハビリテーションサービスの利用頻度により、差が生じることを報告している。
 本研究の大腿骨頸部骨折者2例においても、医療費はそれぞれ2,537,180円、1,743,490円とほぼ同額であった。手術や長期の入院を伴う転倒事故は、特に国民医療費の高騰に拍車をかけていることは明らかである。
 Robertsonら6)は、2年間の高齢者の健康調査期間中にかかった医療費の22%は、転倒に関連していたことを報告している。Alexanderら7)は、1989年のワシントン州の病院における65歳以上の入院者の5.3%が、転倒による傷害が原因であったことを述べている。また、65歳以上の高齢者における東京消防庁の救急事故の状況8)では、68.1%(平成11年度中に10,142件)が転倒によるもので、第1位となっている。
 このように高齢者の転倒事故の発生件数が多いことを考えると、たとえ軽度の傷害であっても、医療費の総計は相当額になることが推察され、医療費削減の大きな目標のひとつに転倒予防が掲げられる理由がわかる。いずれの研究5)−7)においても、転倒を防ぐことの重要性を強く指摘している。
4)労働生産性及び社会的活動の制限
 労働生産性への影響や社会的活動の制限としては、サンプルに女性が多く職業を有する者が少なかったため、ほとんど影響が見られなかった。男性でパートの職を辞した例が1件あったが、これ以上の細かな調査はできなかった。
 後遺症的な心身への影響では、8例(38%)に疼痛や動作制限、転倒恐怖などが認められた。先行研究9)10)では、1度転倒して傷害を受けると、自己の移動能力を過小評価して外出を制限したり、再転倒への恐怖からうつや不安を惹起する事例が少なくないことが報告されている。
 本研究でも、大腿部を打撲した79歳の女性にこれが認められた(表12)。それまで楽しみにしていた「生きがい型デイサービス」への通所を、転倒以後、長期間欠席している。転倒によって、広義のQOLの低下を促す結果になった事例と捉えることができるだろう。
5)転倒予防教室と医療費
 医療費や介護費用の低減、あるいは家計への負担減や個人のQOLの維持には、やはり転倒を防ぐこと、つまり1次予防が最も重要であることは述べるまでもない。
 1997年12月から東京厚生年金病院健康管理センターで、日本で初めての「転倒予防教室」が実施され、大きな成果をあげている。内科と整形外科を中心とした健康診断と計4回の運動・生活指導、そして担当医による事後指導、修了式という大まかな流れである(詳細は文献を参照)。参加費用は56,871円(コロバナイ)で、ここに教室の基本理念とユーモアが込められている。広義の「転倒予防教室」は、地方自治体を中心に保健事業・介護予防事業の一環として、かなり普及してきている。参加費は、無料で実施しているところがほとんどであり、対コスト−効果として捉えると、啓発手法としては重要な意義をもっている。しかし、現状では、医学的管理の問題や手法の希薄さ、評価の曖昧さなど、その中味(質)については不十分な取り組みがほとんどである。まずは、正しく転倒という事象を理解し、地域特性を生かしながら、具体的かつ現実的な対応を充実させることが望まれる。
6)本研究の限界と今後の課題
 本研究では、転倒事故による自己負担額について概算することができたが、職業を有する高齢者が、傷害を受け欠勤や休職、辞職などにより、収入がなくなったこと、つまり正確な労働生産性への影響についての事例が1例だけであったため、これを言及するまでには至らなかった。
 研究1、2より、自己負担額は高いとはいえない結果となったが、独居高齢者の場合には、生活における不自由さ、入・退院の事務的手続きなど、定量化が困難な見えない負担とデメリットは計り知れない。本研究は、家計への影響と限定しているため、ここまでの分析であるが、今後こうしたことへの質的な研究アプローチが望まれる。
 研究1、2いずれにおいても、サンプル数が少なく、基準的な数値として捉えるには、さらなるデータの集積が必要となり、本研究の限界となった。
 
5. まとめ
 社会保険に加入していると仮定した場合、転倒―骨折による入院で手術なしの入院で約1,200円/日程度、手術ありの場合(術式・入院日数にもよる)には、概ね1,500円/日から3,000円/日程度の個人負担分の治療費だった。
 一方、転倒による傷害で、医療費以外の費用総額は平均15,385円、交通費は平均12,714円、購入物品費は平均2,671円だったが、いずれも分散が大きかった。交通費では、1回あたり平均409円で、タクシーやバスを利用せず、自家用車を用いた場合には、さらに安価だった。
 以上のことから、治療に伴う自己負担額は、各種の生命保険や傷害保険に加入していたとすれば、家計への影響は必ずしも大きいとは言えない結果となった。
 労働生産性への影響としては、サンプルの90.5%が高齢女性ということもあり、転倒時に職業をもっている者はなく、悪影響はほとんど家事に対してのものだった。社会的活動の制限としては、会合や運動教室などへの欠席が4例(19%)見られただけだった。しかし、後遺症的な心身への影響では、8例(38%)に疼痛や動作制限、転倒恐怖などが認められた。
 本研究によって、家計や医療費という観点からも、転倒予防の必要性が改めて示唆された。
 
●謝辞
 本研究に献身的にご協力いただきました東京厚生年金病院健康管理センターの永石祥子氏に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 また、何より調査にご快諾いただいた長野県北御牧村の高齢者の皆様に深謝しますとともに、今後、転倒に苛まれず、健やかにお過ごしになられますことをお祈り致します。
 
●附記
 本研究は次の研究助成を受けて行われた。
(財)生命保険文化センター、平成12年度生命保険に関する学術振興助成
「在宅高齢者における転倒事故が家計に及ぼす影響について」代表研究者:上岡洋晴
 
●参考文献
1)平成10年度人口動態統計上巻, 厚生省大臣官房統計情報部(編), pp.307−311, 1998.
2)今井尚志:コストからみた転倒, 真野行生(編), 高齢者の転倒とその対策,医歯薬出版, 東京, pp.33−37, 2000.
3)青柳潔, 岡部邦彦:日本人の転倒, 整形災害外科, 42:1029−1035, 1999.
4)上岡洋晴, 武藤芳照, 太田美穂他:高齢者の転倒・転落事故に関する事例研究, 東京大学大学院教育学研究科紀要, 38:441−449, 1999.
5) Brainsky A., Glick H., Lydick E. et al. : The economic cost of hip fracture in community-dwelling older adults: A prospective study, J.Am.Geriatr.Soc., 45:281-287, 1997.
6) Robertson M.C., Devlin N., Scuffham P. et al. :Economic evaluation of a community based exercise programme to prevent falls, J.Epidemiol. Community Health, 55:600-606, 2001.
7) Alexander B.C., Rivara F.P., Wolf M.E. :The cost and frequency of hospitalization for fall-related injuries in older adults, Am.J. Public Health, 82:1020-1023, 1992.
8)武藤芳照:武藤教授の転ばぬ教室, 暮しの手帖社, 東京, pp.28−37, 2001.
9)上岡洋晴, 武藤芳照:転倒の病態生理, 理学療法, 17(11):1042−1047, 2000.
10)上岡洋晴, 岡田真平, 武藤芳照他:転倒に恐怖心を抱く高齢者の身体活動量とADL評価値との関連について, デサントスポーツ科学, 22:204−213, 2001.
11)黒柳律雄:教室の成り立ち, 武藤芳照・黒柳律雄・上野勝則・太田美穂(編), 転倒予防教室−転倒予防のための医学的対応, 日本医事新報社, 東京, pp.24−30, 1999.
12)武藤芳照:前掲書8), pp.153−167.







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