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身体教育医学研究 3:1−5, 2002
●原著
介護老人保健施設における易転落者のスクリーニングについての検討
Screening Test for the Risk of Falls of Elderly Nursing Home Residents
 
上内 哲男a 富樫 早美b 小松 泰喜a
Tetsuo KAMINAIa Hayami TOGASHIb Taiki KOMATSUa
田中 尚喜a 木村 貞治c 上岡 洋晴d
Naoki TANAKAa Teiji KIMURAc Hiroharu KAMIOKAd
武藤 芳照e    
Yoshiteru MUTOHe    
 
a 東京厚生年金病院リハビリテーション室 b 介護老人保健施設シオン
c 信州大学医療技術短期大学部理学療法学科 d 身体教育医学研究所
e 東京大学大学院身体教育学講座
a Department of Rehabilitation, Tokyo Koseinenkin Hospital
b Nursing Home Sion
c Department of Physical Therapy, School of Allied Medical Sciences, Shinsyu University
d Laboratory of Physical Education and Medicine
e Department of Physicaland Education, Graduate School of Education, The University of Tokyo
 
●代表者連絡先: 〒162−8543 東京都新宿区津久戸町5−1
  東京厚生年金病院リハビリテーション室 上内哲男
  TEL 03−3269−8111(内線2517) FAX 03−3260−7840
  E−mail kaminai@rd5.so-net.ne.jp
 
Abstract
The purpose of the present study is to elucidate the availability and validity of screening level of a simple screening test employing the level of activities of daily living and psychological status to predict the risk of falling in order to take measures to prevent falls among nursing home residents. The subjects were 90 elderly nursing home residents. We reviewed episodes of falls for a year and analyzed the gender, number of falls, Barthel Index (BI), HDS-R and the term of admission of people to the nursing home. Results suggested that results of the BI and HDS-R are predictive of the risk of falling more than twice. Certain screening levels of the BI and the HDS-R were determined thereafter. High sensitivity and specificity of the cut-off value were 53 for the BI and 9.7 for the HDS-R. Conclusion: Because these screening tests were so simple that the tests and each screening level were practically useful as screening to prevent falls.
 
Key Words: Fall Prediction, Barthel Index, The Revised version of Hasegawa Dementia Scale (HDS-R), Screening
  転落予測、バーセルインデックス、改訂長谷川式簡易知能評価スケール、スクリーニング
 
1. はじめに
 転倒による骨折は、高齢者にとって活動性を低下させる大きな要因の1つであり、骨折に至らないまでも、転倒に対する恐怖心から外出を控えるといった心理状態の変化が、高齢者の活動性に大きな影響を与えることが知られている1、2)。転倒を予防するということは、活動性や日常生活動作(以下、ADL)能力を維持し、健やかな生活を送るための第一歩である。同様にベッド、椅子・車椅子などからの転落やそれに伴う骨折等の外傷も、特に痴呆傾向のある高齢者を中心に多く見受けられ、高齢者の活動性やADL能力低下の大きな要因となっている。これらのうち、転倒の予防に関しては、1997年から当院で開設した日本初の「転倒予防教室」をはじめとして、厚生労働省の介護予防事業における「転倒・骨折予防教室」に関連したさまざまな取り組みが全国各地で行われ、着実に成果をあげてきている3)。しかし、転落の予防に関しては、原因論的に転倒とは一線を画しているにもかかわらず、転倒と同一次元上で扱われることが多く、転落単独での状況把握やリスクファクターの検討は十分行われていない。また、老人保健施設等における転落防止対策も、転落歴のある者について、ベッドや車椅子に過度の抑制を強いる場合が多く、科学的根拠に基づいた予防対策を講じているとはいえない状況である。
 本研究の目的は、介護老人保健施設の入所者を対象として、転落のリスクファクターについて検討を行うこと、施設の看護・介護スタッフが日常的に使用している評価法を用いた、簡便な転落予防に関するスクリーニング基準値の有効性と妥当性について検討を行うことである。
 
2. 対象
 平成11年7月から平成12年6月までの1年間に、茨城県内のS介護老人保健施設に入所していた90名(以下、入所者)を対象とした。性別は、男性25名、女性65名であり、入所者の平均年齢は83.6歳(64〜98歳)、平均入所期間は279日(61〜366日)であった。
 
3. 方法と統計処理
 S介護老人保健施設における介護・看護記録から、入所者の年齢、性別、転落の有無、転落回数、転落状況、入所期間等を調査した。また、入所者のADL能力の評価としてバーセルインデックスを、精神機能の評価として改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下、長谷川式簡易知能スケール)を用いた。バーセルインデックス、長谷川式簡易知能スケールとも、入所時と入所から3ヶ月ごとに評価・再評価を行っており、転落事故が発生した場合には、その時点での最新のものを評価値として採用した。
 入所者のうち、偶然の転落を排除するために2回以上の転落を繰り返す群(以下、転落群)と転落回数が1回以下の群(以下、非転落群)の2群に分類し、年齢、性別、バーセルインデックス、長谷川式簡易知能スケール、入所期間の5つの変数についてMann−WhitneyのU検定を用いて群間での比較を行った。また、これらの5つの変数を共変量に、2回以上の転落の有無を従属変数としてロジスティック回帰分析(直接投入法)を行い、各変数の転落への寄与の程度について検討を行った。これらの結果を踏まえて、易転落に関する任意のスクリーニング基準値を設定し、真の陽性割合を示す敏感度、真の陰性割合を示す特異度、陽性的中率、陰性的中率、尤度比、オッズ比から、その信頼性と妥当性についての検討を行った。
 なお統計処理にはSPSS 11.0J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用い、危険率は5%以下を有意とした。
 
表1 各変数における群間での統計量
  転落の有無* N 平均ランク 順位和 Mann-WhitneyのU** 正確有意確率(両側)
年齢 非転落群 71 45.0 3194.0 638  0.722 
転落群 19 47.4 901.0
性別 非転落群 71 44.4 3153.0 597  0.389 
転落群 19 49.6 942.0
バーセルインデックス 非転落群 71 48.4 3437.5 254.5  0.000 
転落群 16 24.4 390.5
長谷川式簡易知能スケール 非転落群 71 49.4 3507.0 185  0.000 
転落群 16 20.1 321.0
入所期間 非転落群 71 44.4 3153.0 597  0.422 
転落群 19 49.6 942.0
* 非転落群:転落回数1回以下 転落群:転落回数2回以上
** Mann-WhitneyのU検定による
 
表2 ロジスティック回帰分析による2回以上の転落に対する寄与
  有意確率 オッズ比 オッズ比の95.0%信頼区間
下限 上限
年齢 0.293 1.066 0.946 1.202
性別(男性) 0.24 0.345 0.059 2.036
バーセルインデックス 0.16 0.98 0.953 1.008
長谷川式簡易知能スケール 0.017 0.791 0.653 0.959
入所期間 0.227 1.004 0.997 1.012
 
4. 結果
 看護・介護記録から見た入所者の転落事例は、そのほとんどがベッド、車椅子または椅子からであった。1年間の転落回数は延べ数にして75件であったが、転落に伴う骨折は0件であった。1人あたりの転落回数は平均0.8回(0〜7回)で、2回以上転落した転落群は90名中19名、1回以下の非転落群は71名であり、転落群における転落回数は平均3.3回、非転落群では平均0.2回であった。年齢、性別、バーセルインデックス、長谷川式簡易知能スケール、入所期間の5つの変数についての転落群と非転落群での比較においては、バーセルインデックスと長谷川式簡易知能スケールにおいて転落群で有意に低下していた(P<0.01、表1)。また、ロジスティック回帰分析の結果、これら5つの指標が2回以上の転落に関与していることが明らかになったが(P<0.01)、個々の変数においては、長谷川式簡易知能スケールのみ有意な寄与を示していた(P<0.05、オッズ比0.791、95.0%信頼区間0.653−0.959、表2)。ロジスティック回帰分析における入所者全体の2回以上の転落に対する判別率は88.1%であった。
 
表3 2回以上の転落に対するスクリーニングの有効性
敏感度 89.5%
特異度 78.9%
陽性的中率 53.1%
陰性的中率 96.6%
陽性の尤度比 4.2
陰性の尤度比 0.13
オッズ比 31.7
注)スクリーニング基準値はバーセルインデックス53点以下かつ長谷川式簡易知能スケール9.7点以下を陽性とした
 
 以上の結果を踏まえ、易転落に関する任意のスクリーニング基準値として、転落群と非転落群の群間において有意差のあった、バーセルインデックスと長谷川式簡易知能スケールを用いて任意の値をカットオフ値として設定することとした。入所者全体のバーセルインデックスは平均53点(0〜100点)、長谷川式簡易知能スケールは平均9.7点(0〜29点)であったため、この平均値をカットオフ値として設定した。バーセルインデックスも長谷川式簡易知能スケールも厳密には離散的数値であるため、実際のカットオフ値はバーセルインデックスで50点、長谷川式簡易知能スケールで9点とした。その結果、バーセルインデックス、長谷川式簡易知能スケールともにカットオフ値以下のものを陽性に、バーセルインデックス、長谷川式簡易知能スケールのいずれかがカットオフ値より大きいものを陰性としたところ、90名中32名(35.6%)が易転落者として陽性に分類され、そのうち17名が実際の転落群に、15名が非転落群に含まれていた。また、58名(64.4%)が陰性に分類され、そのうち2名が転落群、56名が非転落群に含まれていた。よって、真の陽性割合を示す敏感度は89.5%、真の陰性割合を示す特異度は78.9%、陽性的中率は53.1%、陰性的中率は96.6%であった。また、陽性の尤度比は4.2、陰性の尤度比は0.1、オッズ比は31.7で、易転落者として選別された転落陽性の入所者は、陰性の入所者に比較しておよそ30倍の確率で転倒しやすいという結果となった(表3)。
 
5. 考察
 現在、一般的に用いられている『転倒』あるいは英語の『Fall』という単語には、『転落』という言葉の意味が含まれて用いられている場合が多い。しかし、著者らは原因論的見地から、『転倒』と『転落』は全く別物であり、区別して考えるべきであるとの認識から、東京消防庁の定義に従い『転倒』と『転落』を区別して取り扱い、『転倒』とは「同一平面上でバランスを失い倒れて受傷したもの、押される、突き飛ばされる、スリップ、つまずき等」、『転落』とは「高低差のある場所から地表面または静止位置までのスロープなどに接触しながら転がり落ち受傷したもの」として取り扱っている。
 転倒に関する多くの先行研究の中には、転落について「いわゆる転倒」や「Fall」に含めて同一次元上で論じているものが多く4−7)、転落に焦点をしぼった報告はほとんど見当たらない。今回著者らは、転落予防の観点から、施設入所者の転落に関する実態調査の中で、2回以上の転落を繰り返す易転落者のリスクファクターとして、年齢、性別、ADL能力(バーセルインデックス)、精神機能レベル(長谷川式簡易知能スケール)、施設への入所期間の関連性を検討し、バーセルインデックスと、特に長谷川式簡易知能スケールについて、より転落への寄与の度合いが高い可能性があることを明らかにした。年齢や入所期間の関連性が乏しかったことから、時間的な因子よりも精神機能や日常活動レベルにより影響を受けやすく、精神機能が低下していること(痴呆傾向がある)、日常活動レベルが低下している入所者に転落を繰り返す可能性が高いことが示唆された。
 「いわゆる転倒」のリスクファクターに関する先行研究では、敏感度が70〜95%、特異度が70〜90%程度のものが多く、評価項目も5項目以上の場合が多い8−10))。今回著者らが任意に設定した、入所者のバーセルインデックスと長谷川式簡易知能スケールを用いたスクリーニングは、評価項目がわずか2項目であるにもかかわらず、敏感度が89.5%、特異度が78.9%とどちらも高率であった。また、評価法自体も理学療法士や作業療法士に限らず、看護婦や介護職員でも手軽に評価できる再現性の高い評価法であり、入所者の身体能力、精神機能の変化に合わせた再設定が容易であることを考慮すれば、陽性的中率が約5割と多少低値であっても実用に耐えうる精度であると考えられる。入所者に占める転落陽性の割合が35.6%であること、陰性的中率が96.6%でほとんど見落としがないことから、この値に従えば、転落に関しては、およそ3分の1の入所者に対して重点的に本人および看護・介護職員を中心とした職員全体が転落への注意喚起を徹底することで、転落予防対策の選別化と人材配置の適切な効率化が図れることになる。
 今後は、今回の基準値を用いて施設入所者に対して効率的に易転落者を選別し、施設入所者の易転倒者に対する介入研究11−15)に準じた予防対策(注意喚起のためのリストバンド、体動アラーム等)を講じつつ、転落事故防止に努めていくとともに、対象施設、対象者を増やしてスクリーニングの信頼性を高めて行きたい。
 
6. まとめ
 施設入所者のベッドや車椅子からの転落の予防に関連したリスクファクターとして、ADL能力レベルと精神機能レベルに着目し、易転落者のための簡便で実用的なスクリーニングの有効性と妥当性についての検討を行った。バーセルインデックスと長谷川式簡易知能スケールを用いた今回のスクリーニングは、検査精度も高く、評価方法も簡便であることから、転落予防に対する有効な指標になりうると示唆された。
 
●文献
1)征矢野あや子(分担執筆):転倒後症候群のケア, 最新転倒・抑制防止ケア, 29−33, 照林社, 東京, 2002.
2)上岡洋晴, 岡田真平, 武藤芳照ほか:転倒に恐怖心を抱く高齢者の身体活動量とADL評価値との関連について―日常生活の活動制限の実態とADLに及ぼす影響―, デサントスポーツ科学, 22, 204−231, 2001.
3)武藤芳照:日本で初めて転倒予防教室開設, Sportsmedicine, 34, 10−14, 2001.
4)新野直明, 中村健一:老人ホームにおける高齢者の転倒調査;転倒の発生状況と関連要因, 日本老年医学会雑誌, 33(1), 12−16, 1996.
5)佐藤幸子, 井上京子, 片桐智子ほか:老人施設における転倒の実態について, 山形保健医療研究, 第2号, 1−6, 1999.
6) Tinetti ME, Speechley M, Ginter SF: Risk factors for falls among elderly persons living in the community. N Eng1 J Med, 319(26), 1701-1707, 1988.
7) Campbell A, Borrie MJ, Spears GF: Risk factors for falls in a community-based prospective study for people 70 years and older. J Gerontol, 44(4), 112-117, 1989.
8) Morse JM, Morse RM, Tylko SJ: Development of scale to identify the fall-prone patient. Canadian Journal on Aging, 8(4), 366-377, 1989.
9) Oliver D, Britton M, Seed P, et al.: Development and evaluation of evidence based risk assessment tool (STRATIFY) to predict which elderly inpatient will fall; case-control and cohort studies. BMJ, 315(25), 1049-1053, 1997.
10) Conley D, Schultz AA, Selvin R: The challenge of predicting patients at risk for falling; development of the Conley Scale. MEDSURG Nursing, 8(6), 348-354, 1999.
11) Oliver D, Hopper A, Seed P: Do hospital fall prevention program work? A systematic review. J Am Geriatr Soc, 48(12), 1679-1689, 2000.
12) Rubenstein LZ, Jesephson KR: Intervention to reduce the multifactorial risks for falling. Gait disorders of aging; Falls and therapeutic strategies. 309-326, Lippincott-Raven, Philadelphia New York. 1997.
13) Mayo NE, Gloutney L, Levy AR: A randomized trial of identification bracelets to prevent falls among patients in a rehabilitation hospital. Arch Phys Med Rehabil, 75, 1302-1308, 1994.
14) Mitchell A, Jones N: Striving to prevent falls in an acute care setting-action to enhance quality. J Clin Nurs, 5,213-220, 1996.
15) Sweeting HL: Patient fall prevention -a structured approach. J Nurs Manage, 2, 187-192, 1994.







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