要旨
瀬戸内海の閉鎖性水域では、富栄養化の影響を受けて、プランクトンが異常増殖する現象、つまり赤潮の発生、これにより生じる漁業被害、夏季を中心とした海水の上下混合阻害に伴う貧酸素水塊の発生及び底質悪化による無生物域の出現、などがみられ、これらの改善は重要な課題となっている。
そこで、自然のシステムが有する浄化能を最大限発揮させることにより、自然にやさしい生態工学的手法による底質改善技術を確立することを目的として、2001年度から2003年度に渡って調査・研究を行っている。2002年度は、初年度(2001年7月)に海田湾より採取・分離した底生微細藻Nitzschia sp.によるリン酸塩の取り込み特性を実験的に明らかにし、得られたパラメータを用いて底泥に蓄積されたリンの除去能について評価した。また、浮遊性ケイ藻類の培養についてはこれまでに多くの技術的蓄積があるが、底生微細藻の大量培養についてはほとんど例が無く、現場海域への投入による底質浄化のためのステップとし、底生微細藻の大量培養技術の確立を行うこととした。その結果、以下に示すことが明らかになった。
(1)今回実験ではNitzschia sp.生理学的特性として、弱光下での増殖が有利に行われることが明らかになった。
(2)また、Nitzschia sp.はDIP(溶存態無機リン)の取り込み速度が非常に大きく、本種を利用した底質環境の改善の可能性が示唆された。
(3)本種を大量に培養して、劣化した海底泥に散布することで、底泥中のリン酸塩を吸収させて浄化し、光合成による酸素放出によって還元的な底質を酸化的にすることで、カニやエビなどの底生生物の生息を保証するという生態工学的底質改善の可能性が示唆された。
(4)今回の培養実験で設定した初期細胞密度(約2.3×103 cells ml−1)では誘導期が二週間程度かかった。一方、最終的な細胞収量は4×104 cells ml−1程度にまで増殖した。したがって、今回の培養方法を用いれば、来年度(2003年度)の散布実験に必要な量が十分確保できる。
(5)散布実験に対しては、二週間程度の短期間で十分な量が確保できるように、初期濃度を今回の2倍程度に設定するのが必要である。
なお本研究は、次のとおり研究体制を組織して行った。
氏名 |
所属 |
松田 治 |
広島大学大学院生物圏科学研究科 教授 |
山本 民次 |
広島大学大学院生物圏科学研究科 助教授 |
皆川 和明 |
財団法人 広島県環境保健協会 環境科学センター |
有吉 英治 |
財団法人 広島県環境保健協会 環境科学センター |
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瀬戸内海の閉鎖性水域では、富栄養化の影響を受けて、プランクトンが異常増殖する現象、つまり赤潮の発生、これにより生じる漁業被害、夏季を中心とした海水の上下混合阻害に伴う貧酸素水塊の発生及び底質悪化による無生物域の出現、などの現象がみられ、これらの改善は重要な課題となっている。
これまで、ヘドロ化した底質の改善は、主として覆砂や浚渫などの土木的手法が行われてきた。しかし、これらの事例では、例えば覆砂事業を行うと、底生動物相として汚濁に強いゴカイ類等の環形動物から、汚濁に弱い節足動物の侵入による環境修復効果が見られるものの、時間経過とともに覆砂上に再びヘドロが堆積し、覆砂以前の状態に戻り、一時的に改善が見られても永続的でない場合が多い。
そこで、自然のシステムが有する浄化能を最大限発揮させることにより、自然にやさしい生態工学的手法による底質改善技術を確立することを目的とする。
海底の弱光下においても光合成能(酸素供給能)の高い底生微細藻を選別抽出し、大量培養する。これをヘドロ化した海域の底質に移入して、底質表層の環境を好気的に変えることにより、蓄積された有機物と新規に藻類によって生産された有機物を利用分解する様々な底生生物の生息が可能になることが期待できる。
すなわち、底質環境を好気的に変えることの目標数値として、水生生物保護のための基準である「水産用水基準(2000年版)」(社団法人 日本水産資源保護協会)があり、そのなかで海域底質の有機汚濁に関する基準として次の2項目が示されている。
COD |
:20mg/g以下 |
硫化物量 |
:0.2mg/g以下 |
したがって、当面は有機汚濁の見られる底質環境を水産用水基準のレベルに近づけることを数値目標とする。
なお最終目標は、藻類や汚泥中の有機物を利用した生物が、生態系内の食物連鎖を通じて次第に高次生産に利用され、生物生産につながるようにすることとする。
今年度は、初年度(2001年7月)に海田湾より採取・分離した底生微細藻Nitzschia sp.によるリン酸塩の取り込み特性を実験的に明らかにし、得られたパラメータを用いて底泥に蓄積されたリンの除去能について評価した。また、浮遊性ケイ藻類の培養についてはこれまでに多くの技術的蓄積があるが、底生微細藻の大量培養についてはほとんど例が無い。このため、現場海域への投入による底質浄化のためのステップとし、底生微細藻の大量培養技術の確立を行うことで、来年度(最終年度)につなげることとした。
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