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入会地及びコモンズによる森林管理について。
 
生源寺委員:余り抽象的な話ばかりしてもしようがないのですけれども、コモンズという概念がございますね。共有地、日本流で言いますと入会地でいいと思うのですけれども、要するにみんなで共同で管理して、むちゃな使い方をしない。こういうものがずっとあって、近代化された面がある。今、日本の場合に農業用水が依然として多少コモンズ的な要素はあるというふうに思っていますけれども、NPOという動き、また一生懸命やっておられる皆さん方の心というか、これは一種のコモンズを再生するというような感じだと思うのですね。昔のコモンズは、私はその時代に生きていたわけではありませんので物の本で読んだりして知るしかできないのですけれども、強制的な、あるいはそこに生まれついた人が当然加入のコモンズだったと思うのですけれども、今はむしろボランタリーといいますか、自発的に参加なりするみずから組織する。そのことによって生物多様性ですとか森や山を守っていく。だから、前近代の中で生まれたコモンズがポストモダンといいますか、近代を超えたところでもう一回何か別の形で生まれているというようなところがあると思うのですね。これは都会になくなったものをどこかで、代償というと変ですけれども、求めているようなところが本能的にやはりあるのだろうと思いますね。
 
水野委員:私も実は前々から考えていたことがありまして、いわゆる近代は私有概念が中心ですが、ほかには所有権を共有するという共有概念というのがあるわけですが、過去の入会とは何かというと、いわゆる総有というのでしょうか、所有権は所有権で別個に認めていても、そこで使える権利というのは皆平等で、ある一定の権利を持ってその環境利用ができるという、そういう側面での森林とかそういうものの見直しというのが、確かにもう一回あってもいいのではないかなと思います。それは、小野町長さんから、どうも部落有林を持っているところは随分集落の結びつきというのはしっかりしているというお話をうかがって、そんな気がいたしました。
 
森委員長:部落有財産、共有森林の確保については、かつての林業基本法に基づいて入会林野近代化事業というものが昭和41年からやられているわけですから、4分の1世紀以上たっているわけです。これは共有財産を個人分割というか、解体という方向をとっているわけですが、それと森林管理、あるいは奥地集落の保存という問題とは関連しますね。
 
水野委員:入会制度という言葉自体は、どうやら鎌倉時代あたりから出てきたようですが、そのルーツは、歴史的には律令制までさかのぼるらしいのです。この入会というものを、私も別の仕事でいろいろ勉強させていただいたことがありまして、いわゆる村中入会とか、数村持地入会とか、いろいろな形でそれぞれ地域に応じて発展してきた権利なのですけれども、基本的にはこの特質というのは、他人の土地に対する収益権を総有していくという考え方で、これは持ち分権がないし、また、分割請求もできないというのが一番の特徴的かと思います。これ自体が近代法の中で、いわゆる個人主義的な所有形態が原則となって、いわゆる団体主義的な「総有」というのが風化していった過程というのが今までのお話の中でも出ていた入会の解体であったかと思います。
 特に今、森先生が御指摘いただいたように、昭和41年の入会林野の近代化法をきっかけに、いわゆる権利関係を近代化するような形で動き出したことが大きかったのではないか。ただ、これは日本だけではなくて、世界でもこういう例があるわけでして、一番端的な例は、ネパールにあるヒマラヤのふもとの森林というのは、いわゆる入会地だったようなのですけれども、1957年にネパール政府がすべて国有化するところから大規模な森林伐採の始まり、土砂の流出なり、国土の荒廃が始まったということが知られています。また、東南アジアや中南米諸国のいわゆる熱帯雨林の消滅というのも、やはり長い間、地域の住民たちが入会的に利用していた森林だったわけでして、それを、国や地方政府が所有権とか管理権を急に主張したり、形式的な土地所有者から国がまとめて借り上げて、立木権を業者にまた売却するというような資源利用の結果が、今日の地球環境問題のルーツになっていることはよく知られていることころです。
 こうやって考えてみますと、入会というのは、時間と空間を超えてどうも長い間世界で行われていた、いわゆるユーバーサルな資源管理の一つの仕組みだったのではないかと思えてくるのです。ちなみに我が国で見ますと、小国町のリフレはたしか五味沢集落だったと思うのですけれども、背中合わせの新潟県に三面集落というのがありまして、そこのゼンマイの採取というのは1970年頃まで非常に入会権がしっかりと張りついていた。かなり有名な事例ですし、それと、小国町でも、この前、町長さんがお話しいただいたような観光ワラビ園という形で、古くの入会地を活用しているというものも見られます。
 福島県の只見地方に木材の加工協同組合である。たもかくという株式会社があります。ここではいわゆる山林オーナー制度という形で、土地と山林をセットで売っているわけでして、緑のオーナー制度とどう違うかというと、所有権がついているのです。300坪50万円ですが、所有権は20万円分ぐらいで、残りの30万円というのは、今後20年間の管理料といいますか、下草刈りとか、そのための費用として充当し、実際買った人には、いつそこの入会地に入っても自由であるというような権利を逆に与えています。つまり契約行為によって入会の再構築みたいなことをしながら森林を守る一方、そこでいろいろな交流活動を派生させている事例でして、私は、これは非常におもしろいなと思いました。入会というのも一度は消滅したような形になっていますけれども、契約という形式でもう一度、入会的な資源管理の仕組みを見直してみる価値もあるのではないかという気がしております。
 
岡委員:国の政策としては、入会の解体ということでずっと来たのですが、果たしてそれでいいのだろうかと。まさにコモンズという概念を入れると、新しい入会があっていいのではないか。土地台帳上は市町村有林になっていても、実は実質的には共有林で、統計上は出てこないのですけれども、実際はそのような森林がかなりあるのではないかと思います。市町村有林ですから、当然その森林の取り扱いは市町村が一存でできるはずですけれども、伐ることも市町村の一存ではできない。地元集落の意見を聞かないと伐れない。伐った後、何を植えるかも、全部地元集落に聞かないといけない。伐採収入の何割かは、慣行的に地元集落に支払わなければいけない。ですから、市町村有林といっても、しかも、直轄林ではあるのですけれども、実質は共有林です。こういうものが全国にかなりあるようです。
 
森委員長:対象地を通じて、昭和の初めまで部落有財産統一事業というのが、内務官僚と農林官僚の対立の中で進められたわけです。内務官僚は、新しい公有財産として、地元の集落の、当時は部落有財産と言ったわけですが、部落の権利関係はないのだという理解ですが、これに対して農商務省は、そうではないと。こういう長い対立があって・・・。
 
岡委員:山というのは、本当に所有の実態にまで入り込んでいくと、実はよくわからないところが出てきまして、吉中さんも御存じの林業公社というのが分収造林をやっていまして、全国で42万haの植栽地を公社が持っているのですが、その中の慣行共有が約6万haあります。又、財産区という名前で持っているのは、もとは共有だったと思います、部落有財産だったと思いますが、それが約2万ha。それから、生産森林組合が約4万haあるのですが、これは前身をたどると、部落有財産の解体によって生まれたのが大部分です。解体して、生産森林組合にし、これとの分収造林契約をしたものが約4万haあります。42万haの全国の林業公社が契約している面積のなかにも、実態は共有林と言ってもいいような山が相当な面積あるのです。そろそろ伐期が近くなってきております。慣行共有林の分収造林は、代表者と契約をするのが例です。代表者と契約しているのですが、代表者自身が30年とか40年もたつと、どこへ行ってしまったかわからないケースもある。又、代表者は必ず共有権者の同意をとって契約をしている筈であり、当然その書類があるはずなのですが、共有権者が30年とか40年たつと所在がわからなかったりしている例がかなりあるようです。分収造林地を伐るときにどうすればよいのか難しい問題もあるようです。裁判所に分収収益を供託するしかないのではとも思うのですが。森林の所有の実態というのは、一番末端まで下りていくと、はっきりしているようで、していないものもあるようです。だれが一体実質的に支配しているのか。
 
森委員長:先ほど水野委員からお話があったけれども、まさに日本のみならず世界的な認識と言ったらいいのでしょうか、公私共利、山川藪沢の利は公私これをともにするという、大宝律令以来の哲学があるのですね。それが、私有財産に法律的になったのは、明治初期の官民有区分以降、地租改正以降で、これもずっともめるわけだけれども、公私共利です、やはり。だから、この国土保全も公私ともに責任を持たなければいけない。
 
小田切委員:共有林と直接支払いとの橋渡しのような話ですけれど、先ほど御報告させていただいたのは、山口県の集落データベースを私どもでつくって、それで分析しているのですが、あえてきょうは落としているのですが、直接支払いの集落協定ができた率と相関関係といいましょうか、それが一番高いのは、実は共有林のあるなしなのです。それで、あった場合に、どのぐらいの面積があるのかという、これが一番実はきいてきまして、それでかなりの部分が説明できてしまうのです。私が先ほど挙げた集落の規模などというのは、むしろそれから比べると説明力が低い方で、先ほど集落の基礎体力という言葉を使っておりますが、そこの部分を共有林のあるなしが規定している部分がかなり多そうです。
 
小田切委員:そもそも私どもも統計分析をしてびっくりするのは、山間地域の農家の所得依存度を見ると、農業所得依存度は平地よりかなり低いのです。山村に行けば行くほど農業での所得依存度が低くて、もう農業には頼っていないというのが現状での実態です。これは、林業所得を入れても全く同じ傾向が出てきて、先生がおっしゃるようにやはり年金所得に依存して、極端に言えば生活上は農業がなくてもいいのだと。ただ、景観維持とか、あるいは生活空間維持のために農業がなくては、つまり耕作放棄の中ではとても生きていかれない。これは、我々都市住民もそうなのですけれど、周りに荒地があると大騒ぎするのが都市住民の特徴ですよね。不純異性交友が出るとか大騒ぎをしてしまうわけですが、それと同じように環境維持、生活環境維持ということで、農業や林業が必要だという、そういうレベルにまで至っているということだと思います。
 
○「水源税」及び「環境税」の導入について
 
水源税だとか環境税というような形で国民に具体的に税負担、金銭負担を求めるという動きについて。
 
生源寺委員:私自身は役に立つというふうに思っています。ただそれは、もちろんそれをどう使うかというような話もあるのですけれども、結構難しい問題ですよね。しかも、例えば反対もあるわけですね。それに向き合って説得なり説明する中でやはり深まっていくところがあると思うのですね。反対があるのは当然ですよ。お金の問題ですから。環境税に関しても、産業界も本音を言えばみんな嫌だということはあるわけですけれども、そこに向き合ってきちんと説明をしていくというプロセスで、私はどちらも鍛えられるという感じがしていて、第三者的な言い方で恐縮ですけれども、役に立つという印象は持っています。
 今の農業あるいは林業もそうかと思いますけれども、もっと向き合って説明なり、あるいは反発が来てもそこですぐ退却するのではなくて、きちんと説明をすることによって随分相互の本当の意味での理解につながることが多いと思いますけれどもね。
 
赤川地域振興課長:水源税に関しましては、これは少なくとも20数年来、国レベルで言いますと議論があって、実現はされていないところですけれども、一つ水源税というのは発想として特定財源、つまり特定の財源を特定の用途に充てるという制度ですから、これは税務当局からはかなり異論があって、彼らの観点からすると基本的に税収というのは何にでも使えるものとして徴収して、あとは財政でその配分をしていくということでありますから、この水源税、特定財源的な発想というものは基本的には余り歓迎ではないわけです。







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