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城内カウンセリング研究会
TEL 090−9949−6816
代表 蔭山昌弘
NO.2002.1.15
 
窓によせて
 不登校でもがき続けていた女子高校生が、ぽつりと言った。
 「先生、私、まるで、底なし沼の中に沈んでいきそう。こわい。苦しくって、苦しくって、懸命にもがく。でも、もがけばもがくほど、どんどん沈んでいくみたい。どうしたらいいのか、わからない・・・」
 苦しみに寄り添わなければ、彼女はどんどん沈んでいってしまう。そう思って、ぼくも一緒に沼に入っていく。ただし、相手は底なし沼だから、ぼくも一緒に沈んでしまってはなんにもならない。そこで、ぼくの体を近くの木に縛りつけて、命綱を自分の体に巻き付けて、彼女を受け止める。そんな思いで面接をする。
 彼女と一緒に沈み込んでいくぼく自身を、もう一人のぼくがじっと見つめている。沈んでいくぼくは、受容・共感。じっと見つめるぼくは、理性。
 受容・共感は、カウンセリングの体験を通して得られた、人間への愛しさ。理性は、カウンセリングの学習を通して得られた、精神分析的なものの見方。
 しかし、彼女の体重があまりにも重くて、ずずずっと、一緒に沈み込んでいきそうになるときがある。そんなとき、きまって、カウンセリングを一緒に勉強する仲間たちが、ぼくの命綱をたぐりよせてくれる。だから、安心して底なし沼に入っていける。
 城内カウンセリング研究会の仲間たちに支えられながら、一緒に学習しあいながら、これからも自分を磨く努力を続けたいと思う。
 今年度は、子育て支援と、不登校児の自立支援を柱に講座を組んできました。この会に参加してくださっている皆さんと一緒に、さらに学習と実践を深めていけたらと思います。
代表 蔭山昌弘
 
親の会に参加して
I.さん
 
 我が家は、私と夫、高2の息子、中2の娘の4人家族です。息子が不登校になったのは、中2の12月頃からです。
 それから今日まで、いろいろと、まあいろいろとありましたし、今でもいろいろありますし、これからもいろいろあるでしょうね。
 夫とは、壮絶な夫婦げんかを繰り返してきました。離婚騒ぎも一度や二度ではありません。でもね、私達、そんなに悪い夫婦ではないと思います。子供が不登校になったら、どこの家でもこれくらいの事はおこるんじゃないでしょうか。夫婦の危機をむかえるほど、子供のことを心配しているなんて、実はとってもいい父親と母親だと思いませんか。
 城内カウンセリング研究会の“語りましょうの会”が始まったのは昨年の9月、息子が中央高校通信過程の前期の試験が差し迫って親子でイライラが募っていた頃でした。
 不登校していた子が、中学を卒業する時、勉強が遅れていたとしても、まあ、ある程度の進路は形付けていくはずです。でも、その後がスムーズに行く事はなかなか難しいと思います。
 「義務教育を終えたら、行政は面倒を見てくれません」
 昨年のセミナーの三好先生のお言葉ですが、これ、実感です。そういう時、母親を支えてくれる力って本当に必要です。
 私にとってこの“語りましょうの会”はすごくタイムリーに始めていただいたと思います。そして、今まで、継続してくださった事、城内カウンセリング研究会の方達に感謝しています。これから、お子さんの卒業をむかえるお母様方も、そうでない方もどうぞ足を運んでみてください。一緒に語りましょう。
 
言葉
見城 康子
 
 その日は朝から快晴で、絶好の引越し日和だった。長女が一人暮らしを始めるため、荷物を積家族全員で送っていくつもりなのだ。
 しかし俺は行かないと言い続けていた次男は、案の定起きてこない。
 まただ。今まで何度こんなことが繰り返されたことだろう。夫が無理矢理起こしたので事態はもっとひどくなった。朝食も摂らずに部屋にこもってしまった次男。しかたなく長男に「悪いけど一緒に残ってくれる?」とたのむと、長男は何も言わずに二階に上がってしまった。
 部屋のドアは開いていた。ベッドに座った肩が震えていた。この子も今までいろんな事を感じていたのかと胸が熱くなった。が、へそ曲がりの私の口から出てきた言葉は「そんなに東京に行きたかったんだ」だった。「弟があんなだから・・・」と思いがけず素直な答えが返ってきたとき、どうしてあんな言葉をいってしまったのかと後悔した。
 弟が登校拒否を始めてから私の目はそっちを向いてしまい、元気に学校に行きさえすれば良いことになってしまっていた。高校生になってもゲームばかり。情けないと思っていた。しかし改めて見る彼の肩は大きくてやさしかった。思わずその肩に手を置いた私は、「兄ちゃんは良い子だね」とまたも変な言葉を発していた。
 
 
「2000年から2002年にかけて」
中村 繁美
 
 知り合いのおばあさんが1月になってから、占いに行ったと言う。その家の誰かの金運について見てもらったらしい。その話をしたら、友人が、まだOLだった頃、占い師が会社に来たという話を始めた。彼女の前に並んだ同僚は「夫に経済的にゆとりのある生活が保証される」と言われたそうだ。友人には一言、「あなたは自分で自分を幸せにしなさい」と言った。さすがに、その違いに驚いたし、がっかりもしたが、そうか私は自分で自分を幸せにするタイプなのだと悟ったらしい。それだけが理由ではないだろうが彼女は、若い頃すでに経済的に自立している。前向きな受け止め方がその後の生活に反映していると思う。
 その話を聞きながら、「経済的な問題が夫婦の間に持ち上がった時、それは多くの場合女性の社会的な自立に繋がる」、と書かれた文章を私は思い出した。その友人は私より一回り若く、すでに自分の行き方を選んでいて素晴らしい。私はといえば、文章の中の状況で、思いがけず自分の保険証を持てた、おくてのタイプと自認している。
 自分を含め、女性の40代は、激動と言える時期だ。子ども達が次々と受験し、進学し、両親は高齢化し、入退院し、慶弔事はある。私たちは主役ではなくサポーターとして、万事を任され、振り回される。身体的には更年期の波に襲われる場合もある。
 振り返って見て、この時期の過ごし方が、その後の生き方を方向付けると大げさでなく、思う。女だから、母だから、妻だからと、色々な枠を女性は持っている。自分で選んでいるようでもあり、持たされているようでもある。その複雑な感覚の中で、自分はどのように生きたいのかな、と、わがままかなと思うくらいに自分の望みに注目したい。
 2000年の不登校の理解と自立への支援セミナーで、八木恵美子さんと信田さよ子さんに出会ったことは私の中で女性について考え直す機会だった。母がいきいきと、生きていないで子どもにそれを求めるのは無理よと、それは、お二人の共通のメッセージであった。
 2001年、長い間、言葉にしてなかった違和感、感情や想いを当てはめる言葉に出会い、おくてながら勉強した年だった。2002年はどのような年になるのか、城内カウンセリング研究会という勉強の場があることに感謝している。
 
メンタルフレンドという言葉にひかれて
松田 由紀子
 
 私は家庭教師先のお母さんの紹介で「城内カウンセリング研究会」に通わせていただく事になりました。
 ここでは、「分かりそうで分かりにくい」大人と子どもの心理、子どもの行動の裏にある心、などを自分のまわりの子どもや、自分の幼いころを思い浮かべながら聞かせていただきました。
 この場で学んだことは、私にとって大きな糧となりました。その中でも、本当の意味での「素直」ということ、精神的にも物理的にも子どもの目線の高さで会話をすることの大切さ、注意を人格の全否定と捉えてしまう子どもがいるということは、とても強く心に残りました。これから教師として子どもに「向かい合う」時は一人一人を良く見て、そしてこれらのことを胸に刻んで接していきたいです。
22歳
 
 
不安を受け止めよう
小堀 秀夫
 
 私は何時の頃からか、お正月になるとなんとなく不安になる。毎年、年末まで公私共にメチャクチャに忙しく、年が明けると休みになり、ぽかんと平穏な日々に入り、その落差からそうなるかもしれない。たまたま朝日新聞を読んでいたら「孤独のレッスン」という特集記事が目に止まった。それは東京都品川区にある香蘭女学校の授業の話で、中学3年のクラスでは、国語の授業で「僕は12歳」を読んでいく。それは1975年に団地で身を投げ、自ら命を絶った中学1年生、岡真史君の遺稿集である。その本を読み終わる頃に、真史君の父親で作家の高史明さんを招いて学校で話を聞くという。その中から私の心に残った個所をいくつか抜書きしてみる。
(1)高史明さんは反省をこう語ることもある。「息子が中学生になったとき私は『これからは他人に迷惑をかけないように』と教えました。しかしあれは間違いでした。むしろ『これまでにどれほど多くの人たちのおかげで育ってきたか、もう一度思い返して欲しい』というべきだったのです」
(2)講演の終了後の質疑応答で、生徒「寝る前にこのまま死んじゃったらと考えると、すごく怖いんです」高さん「クラブ活動で体を酷使して考えないことも解決法かもしれない。でも、それをしっかり受け止め、人生の先輩である思想化が同解決したか、深めていくこともたいせつではないでしょうか」
(3)この講演を企画した先生の一人、田村幸一教諭は「学校ではとかく、元気に、希望を持ってと教えます。でも、友情や親切を教えるにしても、その背後にある悲しみや孤独を教えなければ底が浅くなる。不安であることはなんでもない日常のことかのだという風にしたいのです」と話した。
 この記事を読んで、悩みをあまり突き詰めて考えるのも問題だが、自分を見つめてみるためには、悩みや不安に上手につきあっていくのも必要かもしれない。
 
歳の瀬寸話
上田 浩子
 
1) 民話について書かれた本を読んで初めて知った事
 『一寸法師』の話は、人の自立のつらさとその達成の喜びを切々と語っている、と知ってびっくり。
 大人になるという、大きな企てには、最愛の人々(おじいさん、おばあさん)から放逐されることを覚悟し、愛してくれた家族を拒むことによって、自分を内側から見出し、新たに知った愛する人(お姫様)との交わりを通して、危険や、死の恐怖にも、立ち向かい、自信に満ちた一人前の人間になる事が出来た、との事、新鮮な感動でした。
2) ある会での講師談
 「1つの国や人、文化宗教等その権威があまりにも絶対視されていってしまうと、周囲は生きにくくなっていく。抵抗する手段も無い場合はテロを以って意志を示すような事にも−。」
 これを聞いて思ったこと「人事ではない。お母さんだって家族にテロを起こされないように。一人一人がかけがえのない大切な存在であり続ける愛のにわを。」
3) ある高校教師の言葉。
 「子供達を動かすのに、命令、指示を与えない事を方針としています。今の子供は傷つきやすくそれだけに心豊か。良い物を引き出し、育てていくのには大人の工夫が大切。」
 −そうか、もっと早く聞きたかった。







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