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夏季解剖セミナーに参加して
医療法人愛全病院理学療法士 西村由香
 私は今年で8年目になる理学療法士です。数年前から札幌医科大学で理学療法士や作業療法士、看護師などの医療専門職を対象に行われている夏季解剖セミナーに参加してきました。この夏季解剖セミナーは、朝9時から夜10時まで1週間行われていますが、年々参加者が増えて、今年は900名を超えたそうです。解剖台は15台くらい準備していただきますが、どのテーブルでも熱心にご遺体に迫っている姿が印象的です。全国でも札幌医科大学だけだと伺っています。大学の授業で解剖学実習を行いましたが、理学療法士として患者さんと関わるようになってからも、このように解剖の機会を得ることができとても感謝しております。
 私が理学療法士になってからも解剖の機会を得ようと思ったのは、例えば五十肩や肩関節周囲炎、肩腱板断裂術後で手が上がらない、手が後ろにまわらないなど正常に肩を動かせなくて日常生活に制限がある患者さんに対し、何が制限を与えているかについてなどを考えるためでした。そのため、患者さんに行うようにご遺体の肩を動かすことで、各筋の選択的な運動制限を確認することや、ほかの運動制限因子の考察などを行うことができました。解剖の進入方法を考えることで、神経・筋の位置関係や関節の構造などについてもさらに知識を深めることができ、貴重な機会であったと思います。またセミナー期間中は、仕事を終えて解剖に行き、翌朝仕事に戻るという繰り返しで、解剖で確認したことは直ぐにイメージしながら治療をすすめることができ、より自身の知識と技術を有機的に高めていけたと思います。
 私は今年、現職場に勤務を変えました。障害者や高齢者が多く、なかには膝が伸びなくて立てない、股関節がかたく独りでは座れないようなことから、生活の活動度はどんどん下がり、体力や筋力も衰え、寝たきりへすすみやすい悪循環に陥っている患者さんもいます。今年の解剖セミナーでは、下肢に拘縮があったご遺体を解剖させてもらいました。今、私の環境で抱えている問題を考えると、このことから学ぶべきことが多くありました。今回得られたことを、一つでも多く患者さんに提供できればと取り組んでいます。
 最後に、献体してくださった方々に深く感謝申し上げます。
 
『無題』
日体柔整専門学校 村上奈美
 行きの電車の中で、赤本に目を通してみたものの、標本室の芸術仕様には歯が立たないというよりも、通用しなかった。一つ一つの標本をじっくり観察していくうちに、一般臨床医学や外科学、病理学で必死になって覚えた疾患名や症状が結構面白い様に出てきた。特に後期末試験後で日が浅かったせいか、教科書のカラーページやスライドが頭にやきついていた。
 一番興味深かったのは肺の標本だった。丁寧に手間ひまかけて作られた作品である事は一目瞭然であったし、じっくり見れば見る程発狂しそうになる枝分かれの細かさと数の多さには、つい見入ってしまうし、不思議と飽きなかった。
 暗くて冷たい階段を登り、レトロな廊下を通るとメインの人体解剖教室に到着した。一体は内臓観察用でもう一体は筋、神経、血管の位置や走行を観察するためのものであった。思っていたよりもホルマリンの臭いが気にならなかったのが第一印象だった。それに素人的にはなくなられたばかりのプルンプルンとした生々しい御遺体を想像していたのに、実物はこげ茶色をした硬い、スジに沿って椅麗にはがれる角煮の様だった。まずは前腕から順に加藤先生が筋や腱の走行を説明してくれた。まさに机の上だけでは味わえないなと思ったのは、腱を引っぱると手指が屈曲する様子を実際に目の前にした時だった。先生は訓練がなされていないと動き方に不満気だったが、十分分かり易かった。少しは赤本効果もあったのか、大きな筋肉は大体見当がついたが、動脈、静脈、神経の区別はどうしてもできなかった。試験のためだけならきっとこんな区別も必要ないのだろうが、今日は解剖学実習、実際がものをいう。経験というものの大切さ、興味深さを引き起こされた。できることならば、もう少し時間が欲しかった。
 
あとがき
 この冊子も第二十四集となりほぼ四半世紀を迎え、一新いたしました。
 人の人生には大きく飛躍するときがあります。
 医学部、歯学部の学生たちには大学に入学すると二つの大きな転換期があるといいます。その一つが解剖学実習であり、もう一つがベッドサイドティーチングすなわち患者さんと接するようになったときです。ともに初めて体験する重大な局面であり、精神的に大きく飛躍することになります。
 この文集はその転換期の一つである解剖学実習を終了した学生たちの感想が綴られております。彼らが人体に関する知識の理解だけでなく、人生観が大きく飛躍し、しっかりした理念を抱くようになることを窺い知ることができます。医学生、歯学生の考え方の変化を読み取って頂けるとありがたいと思います。
 また、最近の医療はチームワークによって成り立っており、そのチームの一員でもある医学・歯学以外の医療系学校の学生たちの解剖見学の感想文も載せております。彼らもまた解剖見学を通して大きく飛躍していることが窺えます。
 献体登録を済ませた方々の中には一抹の不安を抱かせるかもしれませんが、解剖学を学ぶ学生たちの真剣な態度と人としての精神的飛躍を見て頂きたいと思います。
 この冊子が献体運動への理解を深めることに役立つことを祈っております。
平成十四年十一月二十九日
(財)日本篤志献体協会
篤志解剖全国連合会
学生感想文集編集委員一同







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