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◎オロチョン族の樺樹皮器物の装飾芸術◎
 オロチョン族では、樺樹皮製の器物(具)の中心は盒、碗、籠、水桶などである。樺樹皮器物はかれらの狩猟生活において広く用いられ、鑑賞されている(註(8))。かつてこうした精巧な樺樹皮器物は、オロチョン族の乙女が嫁ぐときの主要な嫁入り道具でもあり、このためかれらは愛情を象徴する「南綽(ナンチュオ)羅花」を樺樹皮器物に描いた。(「南綽」はオロチョン語で、大興安嶺の灌木の一種ツツジ科の植物のことで、小さな花を開き、花の色は紫紅色である〈「羅花」は漢語で、花を並べる、の意〉。毎年四月から五月、雪をおして開花し、色鮮やかに山を染める紫紅色のツツジは壮観である。この大興安嶺の迎春花が開花すると、白樺がつぎつぎと若葉を芽吹く。オロチョンの人びとはそれを愛情の象徴とする。このほかに、オロチョンの女性の長衣の前身ごろのところにもよく南綽羅花で飾る)
 オロチョン族の樺樹皮器物の装飾文様は、エベンキ族の三通りの方法(彫刻して描く、点を刺す、凹凸に刻む)のほかに、図案を切って張って補う装飾方法もある。これはまず薄い樺樹皮で図案を切り取って、樺樹皮器物の器壁や蓋に張り、糸で縫い合わせてつくり、浅い浮き彫りの感じにできあがる。
 オロチョン族の樺樹皮の装飾文様の方法を、狩猟エベンキ人の装飾法と比較するならば、文様を彫刻して描く装飾法は、オロチョン族には多くみられないことに気づく。凹凸に刻む装飾法と、図案を切って張って補う装飾法も比較的少なく、点を刺す装飾法がかれらの中心的装飾法となっている。これがオロチョンの人たちの樺樹皮器物の装飾の民族的特色である。
 
伝統の服を着たオロチョン族の女性と牛
 
大興安嶺の山岳地帯の迎春花―南綽羅花
 
南綽羅花の十字の花形を中心に、周囲を花弁で縁取った樺樹皮の器蓋
 
嫁入りを待つオロチョンの乙女がうれしそうに嫁入り道具の樺樹皮器物を広げてみせる
 
 オロチョン族の樺樹皮器物の装飾図案は、骨組構造の形式の変化が比較的多い。われわれが収集した資料からみると、樺樹皮器物の蓋に装飾した骨組には三十種近くある。たとえば、円のなかに円、円のなかに点、円のなかに田の字の格子、円のなかに×印、円のなかに三角形、円のなかに二つないし三つの同心円、円のなかに方形、円のなかを「人」字に似た形に分割、円のなかを「+」字に分割、楕円形のなかに円、楕円形のなかを縦線で均等対称に分割、楕円形のなかを縦に三つ対称に分割、楕円形のなかに三つの円が並列、などである。以上の装飾の構造からみると、オロチョン族はすでに装飾芸術の基本法則をよくつかんでおり、かつかなりの程度に精通している。
 オロチョン族は樺樹皮器物の器壁の装飾には、多層の二方連続文様の組み合わせ形式を用いるのを好む。この組み合わせの運用形式には、さらに三通りの異なる形式がある。一つは二方連続を重ねて組み合わせるもので、この形式は装飾文様が器体全体に広がり繁茂の感じを与える。二つは二方連続文様がすき間をあけて多層に組み合わさるもので、この組み合わせ形式は鮮明なリズム感をもたらす。三つは二方連続のすき間に装飾するものがあり、すき間の空白部分に単独の文様を飾る形式の組み合わせは、単独文様を際立たせ、軽重のはっきりした明瞭な感じをもたらす。
 オロチョン族が多層の二方連続の組み合わせ装飾を好んで用いるのは、樺樹皮器物の器体が比較的に長いためであり、もし一本だけ横列に二方連続文様を用いて装飾するならば、明らかに力に欠けてひ弱く、視覚の審美的要求を満足させない。さらにはかれらの民俗文化の装飾芸術への要求水準が高いためで、とくに樺樹皮器物は、まさに実用的価値から鑑賞的価値への過渡期に位置する。樺樹皮器物は婚姻習俗における嫁入り道具となっているため、おのずと審美的価値や観念形態の要求がいっそう高くなっている。これらの要因のいずれもが、かれらの装飾芸術の隆盛・発展に、積極的な働きを促している。
 オロチョン族の樺樹皮器物の装飾文様には、動物、植物、幾何形、象徴的なものや参考的な文様がある。動物文様はあまりみられず、われわれの調査では少量の鳥文や鹿文を収集しただけであり、しかも鹿の文様も多くは雲巻文ないし変形幾何文で表現し、写実的な動物文様となるとさらにみることが少ない。
 植物文様はオロチョン族では比較的多く運用されており、樹幹文、樹形文、花朶(カダ)文、半分の花朶文、木の葉文、若芽文などがある。植物文の造形からみると、多くは荒々しく奔放な対称や輻射の変形雲巻文の形式を中心に、オロチョン族特有の装飾の風格を形成している。この風格の形成は、審美的要求にもとづくほかに、多くは半ば製作技術と関係がある。オロチョンの人びとの点を刺す装飾法では、繊細でさまざまな形の具象文様を描き出すのはむずかしく、荒々しく奔放な変形文様しか描けない。これがやがてオロチョンの人びと特有の装飾芸術の風格を形成していったのである。
 幾何形文様はオロチョン族の樺樹皮器物に比較的広く運用されており、半円形文、山形文、波線文、直線文、菱形文、格子文、折れ線文、鋸歯文、三角形文、円形文、⊥形文などがある。これらの幾何形文は多くは二方連続文様の組み合わせや文様の形式に適合した表現の円形を主とし、しかも多くは植物文様と組み合わせて用い、各種各様の優美な図案形式を生んでいる。象徴的文様の中心は、愛情を象徴する南綽羅花である。
 オロチョン族が樺樹皮に色彩を施すのは、狩猟エベンキ人と一定の違いがある。一般的にいうと、多くの樺樹皮器物は色彩を施さず、樺樹皮器物固有の淡い黄土色の表面に、点を刺す装飾法でつくる凹凸形の図案のくい違う影で、浅い浮き彫りの効果を表現する。オロチョンの人たちは歴史の発展にともない、内陸部の各民族の経済・文化と不断に交流する過程で、数少ない色彩を施した装飾芸術を出現させた。一般的にいうと、二通りの色彩を施す方法がある。一つは複合して用いる装飾のなかで、いくつかの単独の文様にだけ色彩を施し、単独文様の働きを際立たせるものである。二つは全体に色彩を施す方法で、紅、緑、黒、の三色を主とし、器物の表面の文様を際立たせ、けんらん多彩にみせる。







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