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海の子ども文学賞部門選評
 大賞の「猫なで風がふくから」は、母の再婚相手に半ば心を開きつつ、それをなお、生ぬるい晩春の風のせいにする少女の心理のひだを表わして巧みである。「猫なで風」という造語がよく利いている。文化人類学者らしき義父が研究する編物の模様も、船乗りたちの海への祈りの感情を伝えて興味深い。「三色パレットの海」は、日・朝・ギリシア三国の文化が混在する町の特色を捉えようとした着想が新鮮。ただし、「海」があまりに抽象的で、観念的操作に終わった点が惜しい。
 「海の子ども文学賞」と名称を変えたためか、高学年向きの作品が揃ったので、今一作は低学年にもおもしろく読める、SFの「こんにちは、ぼくはウミヒコ」を推した。
 
 最終候補作の作者が全員女性であったことにはいささか驚いたが、作品本位の選考結果なのだから仕方がない。候補の十篇はいずれも個性的で、例年以上の水準にあったが、細部をみると一長一短があって、大賞がすんなり決定という運びにはならなかった。私の”ベスト4”は他の委員のみなさんと共通していたが、順位には多少のずれがあり、これまでの応募作品にない視野のひろがりと明確なテーマ性を打ち出している「三色パレットの海」を大賞候補に考えていた。大賞受賞作の文章感覚の良さは高く買えるが、父親像に若干の疑念があり、双手は挙げられなかった。この二作と同日には語れないが、「こんにちは、ぼくはウミヒコ」は低学年児も楽しめる童話。商業出版の可能性があるように思う。
 
 「猫なで風がふくから」(可瑚真弓)には、わたしの心、完膚なきまでになでられてしまいました。複雑で微妙な九歳の少女の胸の底深くで揺れるものを、確かな文章で切り取って、みごとです。
 「三色パレットの海」(片山ひとみ)と「こんにちは、ぼくはウミヒコ」(高見ゆかり)は、写実的物語とSFというふうに性質は違うけれど、気持の良い作品と読みました。後者は、インターネット時代である今の子どもたちの趣味にぴったり、喜ばれるでしょう。
 惜しくも選に漏れましたが、「オカリナの風」(姫榊怜紗)には、妖しい美しさが光っており、才能ある人と思いました。「海のきれはし」(巣山ひろみ)と「ゆうかの海」(深山さくら)には、努力の跡が。
 
 二百三十二編から選ばれた十編だけあって、どの作品も面白く読むことができた。しかし、あえてレベルの差をつけるとなると、受賞した三編と「大鯛」の四編が残った。他の委員の評価とほぼ同じであった。選考会では、「三色パレットの海」と「大鯛」のどちらを佳作に選ぶか議論になった。優劣つけがたいできばえだと思う。小説は、想像力、構想力、表現力の三つの要素から構成される。それは、子供向けの話しでも同じである。「猫なで風がふくから」は、表現力が他を抜きんでていた。「こんにちは、ぼくはウミヒコ」は、想像力が優れている。「三色パレットの海」は、構想力に感心した。それにしても、海の話だからといって、「ウミ」、「カイ」、「ミサキ」など、あからさまに海に関連させた名前をつけるのはやめてほしい。
第一回  
【小説部門】  
大賞 『ラ・プンタ』松本十九(千葉県)
優秀賞 『迎え火』大浜のり子(北海道)
  『海の幸』有馬すえみつ(東京都)
次点 『帆翔 アホウドリ』三上悦雄(茨城県)
  『ワイヤーフレームの船』鈴木大介(静岡県)
【ノンフィクション部門】  
大賞 『島へ』片平恵美(埼玉県)
優秀賞 『浜田国太郎と船員最初の労働争議』
  井出 孝(茨城県)
  『叫べ!咸臨丸』合田一道(北海道)
次点 『キャプテン・コミネ』岩本洋光(東京都)
【童話部門】  
大賞 『こだぬきダン海へ行く』森田 文(埼玉県)
優秀賞 『海ぼうず』斉藤ヒサ(秋田県)
  『うみは うみいろ』川北亮司(埼玉県)
次点 『くじらのオーさん』村上ときみ(東京都)
  『うみにふるゆき』みやかぜひかる(山口県)
第二回  
【小説・ノンフィクション部門】  
大賞 (小説)『長い一日』大岩尚志(新潟県)
佳作 (ノンフィクション)『海人万華鏡(うみびとカレイドスコープ)』
  あん・まくどなるど(宮城県)
  (ノンフィクション)『照洋丸新聞』佐伯友子(神奈川県)
  (小説)『底荷』斉藤洋大(愛知県)
【童話部門】  
大賞 『太良(たあら)の海の青い風』本明 紅(沖縄県)
佳作 『海王丸の航海』吉村健二(埼玉県)
  『おじいちゃんの海』野口麻衣子(京都府)
  『二階は海のそこ』くぼひでき(広島県)
【特別賞】(第二回より創設)  
作家 白石一郎
第三回  
【小説・ノンフィクション部門】  
大賞 該当作品なし
佳作 (小説)『地球自転の音』芳安健五(広島県)
  (小説)『春の曳き船』北崎白彦(大阪府)
  (小説)『海賊・マラッカの風の中で』大橋 郁(東京都)
【童話部門】  
大賞 『ちびひれギン』竹内賢寿(愛知県)
佳作 『黒牛のいる海』矢野えつこ(京都府)
  『ギョロ目のいた夏』林田隆一郎(兵庫県)
  『うみのそらと、ちいさなつばさ』麻田茂都(山梨県)
【特別賞】  
作家 阿川弘之
第四回  
【小説・ノンフィクション部門】  
大賞 (小説)『寛政猿兵衛師(かんせいさるべいじ)』安土 肇(静岡県)
佳作 (ノンフィクション)『海難秘話もう一つのタイタニック』大内建二(宮城県)
  (ノンフィクション)『グラムパスの虹』指宿 典(鹿児島県)
  (ノンフィクション)『海流のボニート』瀬戸山玄(神奈川県)
【童話部門】  
大賞 『白いサメ』真久田正(沖縄県)
佳作 『満月の浜』伊藤 檀(東京都)
  『ぼくらの海』佐藤かづえ(兵庫県)
  『海のそこの電話局』大庭 桂(福井県)
【特別賞】  
作家 吉村 昭
第五回  
【小説・ノンフィクション部門】  
大賞 (ノンフィクション)『帆船の森にたどりつくまで』稔 航一郎(東京都)
佳作 (小説)『オールマン』佐藤 敏(福岡県)
  (小説)『子捨て村』清原つる代(沖縄県)
  (小説)『北緯三十度線』永 和久(宮崎県)
【童話部門】  
大賞 該当作品なし
佳作 『しらすのまさご』赤城佐保(熊本県)
  『たこのおくさん』わたなべりょうこ(東京都)
  『海の音色』谷咲水鳥(北海道)
【特別賞】  
作家 北 杜夫
第6回海洋文学大賞選考委員(順不同)
委員長 曽野 綾子(作家、日本財団会長)
海洋文学賞部門  
  北方 謙_(作家)
  谷  恒生(作家)
  半藤 一利(作家)
  十川 信介(学習院大学文学部教授)
海の子ども文学賞部門  
  十川 信介(前掲)
  木暮 正夫(児童文学者)
  上 笙一郎(児童文化評論家)
  木村龍治(東京大学海洋研究所教授)
第6回海洋文学大賞
主催  日本財団、財団法人日本海事広報協会
後援  国土交通省、NHK
 社団法人 日本民間放送連盟 社団法人 日本児童文学者協会
 国民の祝日「海の日」海事関係団体連絡会







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