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「海と船の企画展」図録:上田毅八郎さんが描く帆船と近代客船

 事業名 海事博物館ネットワークの構築
 団体名 日本海事広報協会 注目度注目度5


21 ウィリアム・ミッチェル
WILLIAM MITCHELL(オーストラリア)
1892年建造・2,035総トン
 移民、羊毛の輸送船として活躍した。
(1987年6月24日作画)
 
22 ポナペ
PONAPE(ドイツ)
1865年建造・2,850トン
 ドイツ・ハンブルクのレイツ社が第一次世界大戦前から1920年代までに多数の大型帆船を所有し、そのすべての船名にPの頭文字をつけたところから、Pラインと呼んだ。この船もそのうちの一隻である。
(1987年5月作画)
 
23 パサット
PASSAT(ドイツ)
1911年建造・3,181総トン
 ドイツから、フィンランドへ売られたが、1951年にベルギーで解体寸前、西ドイツへ買い戻されて練習船になった。のちに西ドイツのリューベック市の博物館で係留練習船として使われた。Pラインのひとつである。
(1977年3月23日作画)
 
24 日本丸1世
NIPPON MARU I(日本)
1930年建造・2,245総トン
 日本丸は姉妹船海王丸とともに、公立商船学校航海科生徒のために設立された文部省航海練習所の練習船として、1930年に建造された。当時、全国には11の公立商船学校があったが、練習船をもつのは僅かに3校で、他は細々と一般会社の帆船を借りて練習をしていた。東京高等商船学校には大成丸、神戸高等商船学校には進徳丸があったが、太平洋戦争中、船員の育成が急務であったため、日本丸・海王丸とあわせて4隻を統合管理するために運輸省航海訓練所が設立された。
 戦時中、進徳丸は米軍機の空襲にあい撃沈され、また大成丸は戦後間もなく神戸港内で触雷沈没され、無傷で生き延びたのは海王丸と日本丸だった。
 1952年夏、日本丸が一足先に戦前の姿に戻り、翌年冬には戦没者の遺骨収集のため久方振りに南洋群島を訪れ、夏にはハワイへ戦後最初の遠洋航海を行った。
(1984年6月作画)







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