第2章
電話の向こうに見える子どもたち
・電話の向こうに見える子どもたち
・子どもの声
「電話の向こうに見える子どもたち」では、無言電話を含む約1000枚余の記録用紙に基づいて内容を検討しました。希薄な人と人とのつながりからくる「友だち、異性、家族、先生」などとの人間関係、おとなが正面から語ることを避けてきた「性について」、そして、さまざまな電話の向こうに見える「子どもたちの心」について検討しています。
「子どもの声」では、年齢層別に「子どもたちの心の揺れ」をまとめてみました。本文中に引用されている声はプライバシー保護のため、編集してあります。
子ども専用電話「チャイルドラインおかやま」を2001年度に期間限定で3回(5月、12月、3月)実施し、合計252時間にかかってきた電話は1173件にも及びました。この結果から、子どもたちのコミュニケーションツールとして日常的な開設が求められていることを感じました。また「いつでもかけてきていいよ」と子どもたちに呼びかけて実施した点からも早いうちに常設したいと準備を進め、2002年5月6日から、毎週月・土曜日の午後3時〜9時までの開設に踏みきりました。
5月から12月までにかかってきた電話は997件です。「何でも聴くよ!」と呼びかけているのですが、その内容は、期間限定時より少し変化し、楽しいものが少なくなり、厳しい子どもたちの現実が迫ってくるようになりました。
秘密を守ってくれますか?
「絶対、秘密は守ってくれますか?」と訊ね、話し終わると、「今までのこと内緒ね!」と念押しをして終わった中学生と思える女の子からの電話。匿名性と秘密を守ることを子どもたちに約束したチャイルドラインに、子どもたちは疑心暗鬼で電話をかけてきます。無言電話が多いのも、「おとなを簡単には信用しないぞ」という気持ちの表れのように感じられます。
今日あったこと、今あったことをすぐに聴いてほしい
常設になって、子どもたちは今日あったこと、今あったことをすぐ「話したい」、「聴いてほしい」、「受け止めてほしい」と強く思っていることが感じられます。電話のかかってくる時間帯は、午後3時から4時にかけてが多く、夕方6時以降は減り、8時30分からまた増えてくる傾向にあります。下校時に携帯電話や公衆電話からかけていると感じとれる電話が増えてきました。
下校時、友だち間で諍いが発生し、一方的に責めを負わされ、悔しくて仕方がない気持を、近くの友だちの家から泣きながら訴えてきた小学低学年の女の子がいました。しばらくその子の悔しい気持ちに付き合っているうちに気持が晴れ、「聴いてもらったので、スッキリした」という言葉で電話が切られました。
辛い気持ち、悔しい気持ち、嬉しい気持ちを、「そうか、そうか」と共感を持って聴いてくれる人を求めている姿が見えます。
長期休暇中はホッとできる
電話の内容を分類すると一番多いのが「学校生活」です。子どもたちの生活の大部分は学校生活で占められていますから、全国各地で行われているチャイルドラインの通話内容も「学校生活」に関しての割合が一番高くなっています。しかし、61%という比率はとても高く、「高校中退率」「不登校」「校内暴力」発生率が全国上位にランクされている岡山県の状況と無関係ではないように思われます。
7月、8月の夏休み中は件数が極端に減り、全くかかってこなかった日も5日ありました。友だち関係を気遣わなくていい長期休暇中は子どもたちが少しホッとできる期間であることがわかります。
ありのままを受けとめて!
「学校生活」に関しての内容は、「友だちとの関係」が突出して多く、「嫌なことをされるけれども、嫌と言ったら友だち関係が壊れるようで言えない。その気持ちを聴いてほしい」と、言いたいことを抑え、我慢して過ごしていることを話してくれます。
「友だちとの関係」は「いじめ」に関連するものが多いのですが、先生に助けを求めても、信用されなかったり、喧嘩両成敗的な対処をされたりと、一向に改善されない状態に失望し、傷ついている様子が見えます。「先生に相談すると、もっといじめられる」と、状態が拡大するのを恐れ、我慢している様子が見えます。
また、一番頼りたい親にも本当のことを言えないと思っている様子が見えます子どもたちからは「親に心配をかけたくないので言えない」という言葉がよく出てきます。「ひどいいじめを受けていることを話したら、お母さんが泣いた」と電話をしてきた小学生の女の子がいました。助けを求めても、受けとめられない親を前にして、この子は深い絶望感を抱いていました。また、両親が離婚し、どちらにつくかは「本人次第」と言われ、迷っているという小学生の男の子からの電話もありました。この子も深い絶望感と孤独を感じていました。
おとなへの気遣いや、不信感から弱音を吐きだすことができないで抱え込み、頑張る、本音を押さえ込んでいる子どもたちがいます。子どもたちの寂寥感が伝わってきます。
わかりたい授業
常設になって、昨年の期間限定時には、主訴ではなかった「学業」について子どもたちが悩んでいる姿が見え始めたのも特徴です。具体的には「算数・数学がわからない」、「授業についていけない」、「わかるようになりたい」というものでしたが、授業についていけないことや、学年全体の雰囲気が受験に向けて一色になったときに疎外感を抱き、やる気を失っていく様子が見えます。特に高校受験を前にした中学生から多いのが特徴です。また、私立、公立共に中・高一貫校が増えてきている中で、小学生の進路に関しての心の揺れも少数ですが見え始めました。
「性」に強い関心がある
思春期の男の子の大きな関心は自分の体の変化です。友だち同士ではなかなか言えない、先輩にも聞けない、相手の見えない「電話」でなら相談できるようです。体の成長と性徴への戸惑いや悩みが多く寄せられています。
しかし、人には聞けない情報は、マスメディアを通じて簡単に得ることができる現在です。アダルトビデオや雑誌をモデルにしているように思える作り話らしいものもあります。「性」について真正面から取り組んだり、人権についての教育が弱い中で、野放し状態の「性情報」をそのまま受け入れてしまう子どもの状態が見えます。
しかし、そうした作り話をしてでも、人とコミュニケーションをとりたがっている姿も見えます。また、件数は少ないですが、セクシャルハラスメント、妊娠についての相談や、性虐待をうかがわせる電話もかかってくるようになりました。
もう爆発しそう!
少子化が進み、親の目がどこまでも行き届く中で、子どもたちは親の期待に沿いたい、「いい子」でいないと庇護されないのではないかという不安を持って暮らしている様子が見えます。学校でも家庭でも親の期待に応えようと精一杯がんばり、周りを気遣い、言いたいことを抑えて、気持ちを閉じ込め生活している子どもたちの心は、何かきっかけがあればキレて、爆発しても不思議ではない状態だと思えます。
12月に入って、中学生か高校生と思われる複数の女の子から頻繁に「からかい」の電話がかかるようになりました。おとなが一瞬戸惑う様子を楽しんでいるような雰囲気です。また、「誰も助けてくれない」、「一人ぼっちで寂しい」という気持ちを切々と訴え、頻繁に電話をかけてくる女の子もいます。
高校生らしい男の子の「怒鳴り声」の電話も時々かかってきます。何に対して怒っているのか掴めない点も多いのですが、叫ばずにはいられない鬱積したものがあるようです。
コミュニケーションがとれない
学校生活でも、家庭生活でも争いやトラブルを避け、言いたいことを抑えている子どもたちは、おしゃべりはできるけれども、違った意見を交わしあい、互いの意見を認め合いながら人間関係をつくっていくことが苦手のようです。過度の気遣いから、友だちのちょっとした言葉や、態度に過敏に反応する姿も見えます。「〜ではないかと思う」「〜かもしれない」といった表現で伝えてくれます。相手に確かめてみれば、誤解が解けたり、解決の方向を見つけられるかもしれないのに、「嫌われるかもしれない」「仲間はずれにされるかもしれない」という不安から、確かめることをしないまま抱え込み、悩んでいる姿が見えます。
わかってくれる人がいた。少し元気が出た。
ゆっくり、言いたいことを全て聴いてくれ、心の揺れに付き合ってくれたという安心感や満足感が得られると、子どもたちは悩んでいることの解決策が見つからなくても、自分で進んでいこうとします。そういう力を持っていることがわかります。最初から解決策を持っていてそれを確かめたくて、また、ちょっと背中を押してもらいたくて、電話をかけてきているのではないかと思えるようなこともよくあります。ゆったりと、ありのままを認めてくれる人を強く求めていることが感じられます。
おとなもパワーをもらっている
子どもたちの声を通して、現在の充足した「豊かな」社会は、必ずしも子どもたちが人として豊かに育っていけるようにはつくられていないということがわかります。こうした社会の中でも、子どもたちは健気に、生きていく努力をしています。電話の向こうに見えてくる子どもたちの健気さやたくましさに、私たちおとなは、自分自身を振り返る必要性を迫られたり、新しい気づきをさせてもらうことも多くあります。子どもたちと気持ちが通じた時には、彼等から元気をもらい、互いにエンパワメントされていることを感じています。
2003年に入り、「スローライフの勧め」、「ナンバーワンよりオンリーワン」といった言葉が話題になっていますが、子どももおとなも、互いに豊かに育ちあうための社会をどうつくっていくのか、子どもたちからのメッセージを社会に返しながら、社会全体で考え合う必要があることを感じます。
マックスバリュー一宮店でカード配布(2002.8.30)
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