吟詠・発声の要点 ◎第十五回
原案 少壮吟士の皆さん
監修 舩川利夫
2.各論
(3)発声法 その6
吟詠らしい声の研究(二)
「毎月、舩川先生の発声の要点を楽しみにしていますが、本だけだとよくわからない点があります・・・」(練馬区Fさんからの葉書)同様趣旨の投書を多く頂きます。学ぶはマネぶというように、特に発声練習などは指導者が直接声を出して聞かせることが上達の最短距離なのです。いずれは音響機器、ディスクなどを利用し、一度に多数の人を対象とした講座が現実となる日が来るでしょうが、現状では文章表現だけで理解していただかなくてはなりません。これを有効活用するコツは、書いてあることをヒントに自分であれこれと声を出して試してみる、できればそれを録音するか誰かに聴いてもらい、どうやったときに目指す声に近くなったかを確かめてみることです。
強い声を出す準備
漢詩その他の詩歌にしても、一番の聞かせどころは殆どの場合、強くしかも高い音域で、いわば”張って”吟じる。強い声を出すには、これまでに記したようにそれに適した身体の準備が必要となる。先ず深く安定した呼気(吐く息)を確保するために十分な吸気をしなくてはならない。腹式呼吸をもう一度思い出していただきたい。詩文の吟じ始めに肩で息を吸い込む人はご注意。肩、喉のまわり、胸の上部の筋肉に力が入って、自分では張りのある声を出したつもりでも、意気込みばかりが先行して実際には響かない声となるし、張った声を必要な長さだけ伸ばすといった呼気の持続的な制御が効きにくい。腹を膨らませ、結果として横隔膜を下げて息を吸い、呼気の強弱と持続は腹筋で調節する。
息を吸うときの喉は割りとよく開いているから共鳴させるのに適している。声を出す前に一度喉を絞めずそのままに保ち、腹筋で少し勢いをつけてポンと出す。強い声を出すには呼気の量を一気に増やすのだが、声帯は急に強い圧力を受けると正常な振動ができず、割れた声、またはノド声(*参照)、あるいは異常な震え声(ビブラートがついた声)となってしまう。声帯は厚みのある筋肉からできている突起物で、それを収縮させたり、緩めたりする筋肉が五種類あるというから、訓練によって多少は呼気の風圧に耐える度合いは強くなるかもしれないが、いずれにしても限界がある。従って必要以上に大量の呼気を喉にぶつけるのは害が大きい。ということは、強い声は呼気の圧力だけでなく共鳴、響きを効かせて音量を上げることを第一に考えなくてはならない。
一口に張りのある声と言っても、その音域の高低、母音の種類などによって、響かせる身体の場所などが少しずつ違ってくる。母音の種類による響かせ方の違いについては「発音」の項で記すこととし、ここでは高音・低音それぞれの響かせ方を考えてみよう。
高くて張りのある声
一般的に言えることは音域が上がるにつれて、響きの中心は胸声から頭声へ、さらに頭声の中でも口腔から鼻腔、そして眉間へと次第に上がっていく。洋楽では「上へ抜く」といった表現をすることが多い。吟詠の場合、女性ならば頭声が主の声(実際には胸声を伴うが)でも、特に繊細な感じを出すときなどはいい。しかし男性吟者が頭声だけを主に吟じると、弱々しく女性的な吟となってしまう。男女とも高くて強い声を出すには、頭声プラス「上からの圧縮」と「腰を中心とした筋肉の支え」という、ちょっと複雑な感覚をつかみ取っていただかなければならない。
上からの圧縮というのは、声をそのまま上へ抜いてしまうのではなく、上あごの奥のほう(軟口蓋(なんこうがい)といわれる場所)へぶつける。さらに高い音は鼻の奥へ、もっと高いときは眉間に声を当てるという感じ。その場所で声を一時押さえ込み、響きを確認するといえば近いだろうか。ある少壮吟士はこれを「ちょっと気取る感じ」と表現しているが、これなどは吟者が落ち着いて自分の声の響きを確かめているようで、雰囲気が出ている。この“押さえ込み”の作業は、それ単独では効果が上がらない。プラス「腰を中心とした筋の支え」との連携が必要になる。というのは“ぶつける”とか“当てる”ときには、どうしても意識が上体へ行きがちになる。そこで意識の重心を、逆に腰から下で支えなければならないし、その上、呼気の強弱は、いつも腹筋で調節しなければならないからだ。ただしこのとき、吟詠家がよく言う「臍下丹田に力」を入れすぎると、かえって声は響かなくなるので注意していただきたい。
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ノド声について=声帯を中心とした喉の響きに頼った声。喉の開閉だけで節をまわしたとき、極端に絞った声を出したとき、低い音声を無理に出そうとしたとき、音を伸ばしすぎて呼気が不足したとき・・・など、いずれも口や鼻の共鳴がほとんど働いていない声のことを言う。 |
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