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表紙説明
名詩の周辺
磯浜望洋楼に登る(三島中洲)
茨城・大洗町
 作者、三島中洲は幕末から明治大正時代の漢学者。備中(岡山県)の生まれで、江戸の昌平黌に学ぶ。のち、備中松山藩に帰り、藩学有終館の学頭となりました。その後、藩主を助けて藩のために活躍しますが、明治維新後は、政府の徴に応じて司法判事となり、累進して六等判事にまで昇ります。
 明治十年、滔々たる欧化の波の押し寄せる中にあって、漢学の将来に危惧を感じ、退官して家塾を麹町一番町に開設し、庭に二本の松があったことから「二松学舎」と名づけて後進の教育に当たりました。今の二松学舎大学の前身です。当時、慶應義塾、同志社と並んで三大塾と呼ばれました。
 この詩は、明治六年、作者が磯浜の望洋楼に登り、太平洋を望んだ詩です。磯浜とは現在の大洗町のことで(昭和二十九年、旧磯浜町と大貫町が合体して大洗町となる)、ここの大洗磯前神社に詣で、夜、磯浜の酒楼に上がり、眺望の佳なるを喜び、「望洋」の二字を大書したと伝えられています。
(大洗磯前神社及び大洗岬=JR常磐線水戸駅より大洗鹿島線に乗りかえ、大洗駅下車。大洗駅からはバス大洗神社下車、徒歩約1分)
 
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水六訓
一、 あらゆる生物に生命力を与えるは水なり。
   
一、 常に自己の進路を求めてやまざるは水なり。
   
一、 如何なる障害をも克服する勇猛心と、よく方円の器に従う和合性とを兼ね備えるは水なり。
   
一、 自ら清く他の汚れを洗い清濁併せ容るの糧あるは水なり。
   
一、 動力となり光となり、生産と生活に無限の奉仕を行い何等報いを求めざるは水なり。
   
一、 大洋を充し、発しては蒸気となり、雲となり、雨となり、雪と変じ、霰と化してもその性を失わざるは水なり。
 
水を心とすることが平和と健康と長寿の妙薬であります。
 
笹川良一
OPINION
明日への提言
財団創立三十五周年の芸術の秋、財団関連の三つの大イベントが無事終了しました
河田神泉
 十月十日のタイ・チャリティー公演派遣団出発から十一月十日の武道館大会終了までの一カ月間に、十月十三日(日)バンコク市で開かれた「日タイ伝統文化チャリティー公演」、十一月三日(日)鳥取市で開かれた第十七回国民文化祭・とっとり二〇〇二「全国吟詠剣詩舞道祭」、そして十一月十日(日)の武道館大会こと、財団創立三十五周年記念・第三十五回全国吟剣詩舞道大会と、今年秋の三大行事を大盛況のうちに無事終了することができました。これひとえに出演者、役員並びに関係皆さまのご支援、ご協力による賜ものと存じ、心から厚く御礼申し上げます。
 また、それぞれのイベントに笹川鎮江会長のご出席はいただけませんでしたが、国民文化祭並びに武道館大会ともに企画構成番組の冒頭にテレビ映像で会長のご出演をいただきました。タイ公演では会長の吟詠テープで「静御前」「兜」の剣詩舞が披露されました。会長の吟詠の素晴らしさ、きれいなテレビ映像が企面番組にバランスよく取り入れられたことの演出の良さに感嘆の声が発せられていました。
 笹川鎮江会長が今日の吟剣詩舞道界にとって、まだまだ、おられなくてはならないお方ということを痛切に感じさせられるそれぞれの大会でございました。
 会長のご病気も復調の兆しが見えてきたようにうかがっております。関係者一同、一日も早いお仕事ご復帰を願ってやみません。







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