日本財団 図書館


'03剣詩舞の研究(一)
幼少年の部
石川健次郎
剣舞「泉岳寺」
詩舞「富嶽」
 新世紀を迎えて、剣詩舞コンクールの課題曲研究も三回目になりました。
伝統芸能の世界では、新しい時代に対応する心構えとして『伝承と創造』と云う事が叫ばれて居ります。平たく云えば、伝統は守りながらも現代の人達に解かるような想像(創造)力を働かせなさい・・・と云うことです。
 色色難しい点もありますが頑張ってみましょう。
 
剣舞「泉岳寺(せんがくじ)」の研究
坂井虎山(さかいこざん)作
 
 
詩文解釈
 この詩は、元禄十五年十二月の義士討ち入り事件から約百三十年後に、当時(天保年間)江戸滞在中の儒者坂井虎山(一七九八〜一八五〇)が泉岳寺に詣でて詠んだものである。
 詩文の内容は『世の中で、突然山が崩れて消え去ったり、広々とした海がひっくり返って空から海水が降ってくるような天変地異が起こったとしても、赤穂藩の忠臣四十七士の魂がこの世から消滅することはないだろう。泉岳寺の義士の墓前一帯の草や苔がしっとりと湿っているのも、それは墓參の人達が流した涙のためであろう』と云うもの。
 詩文では討ち入りの事件そのものには一切ふれてないが、この壮挙を周知のこととして、前半は力強い口調で事件を暗示し、後半は義士に対する作者の心情を述べたものである。
 
構成振付のポイント
 この作品を詩文の字面(じづら)だけで舞踊構成すると、剣舞としては迫力を欠いたものになるだろう。從って詩心表現の意を体して、特に前半などは意訳とも云うべきか、当時としては元禄大平の世に大挙した仇討ちなどは有り得ぬことであった四十七士の討ち入りを刀法に組み込んで構成しよう。
 幼・少年の場合なら、例えば鉢巻たすき掛けの演者が前奏で走り込み、扇を陣太鼓に見立てて打ち入りの合図をして扇を投げ捨て、抜刀して多勢の敵を相手にした刀技を繰り返す。承句後半では主君の敵(かたき)、吉良上野介を打ち取り首(投げ捨てた扇を拾って首に見立て)を高くかざした型で終る。
 
陣太鼓を打つ大石良雄(錦絵)
 
 後半の詩文表現も、年少者には大変むずかしいので、やや具体的ではあるが、転句からは基本的には作者自身の立場を借りて、演者にふさわしい泉岳寺參りの情景を思い浮かべて見る。当然前段の鉢巻たすきはとり、供花や手桶を扇で見立てて、墓參の仕ぐさを中心にした上で次第に感情が高まり、涙にむせんだ様子を一連の流れの中で表現して退場する。
 
泉岳寺墓參の人達
 
衣装・持ち道具
 前半・後半に共通させるため、黒またはグレー系の紋付と似合った袴を着用し、前半は鉢巻とたすきを使いたい。女性も感覚的には男性に準ずる。扇は見立ての内容が種々異なるから、とりの子色などの無地が無難であろう。
 
詩舞「富嶽(ふがく)」の研究
乃木希典(のぎまれすけ)作
 
 
詩文解釈
 作者の乃木希典(一八四九〜一九一二)は明治時代の陸軍将官として、日露戦争では旅順総攻撃を指揮した。「山川草木転た荒涼」の『金州城下の作』などは特に有名だが、この富嶽の場合には日本人としての高い精神性が感じられる。
 さて詩文の意味は『富士山は千年の昔から気高くそびえ立っているが、特に山の峰から昇る朝日は赤々と日本国中を照らし出す。この美しい様子はこまごまと説明するまでもないが、富士山を産した日本国土は霊地であり、秀でた人物に富んだ我が国こそ、神国たるゆえんである』と云うもの。
 この詩の結句には、作者乃木希典の国体観念を思わせる部分があって、戦後五十余年を過ぎた現代で「神州日本」と云った思想を幼・少年に理解させることは難しいと思うから、構成段階で振付に工夫を凝らすとよい。
 
構成振付のポイント
 この作品はいずれにしても富士山の雄大な美観と、それを中心にした見る人の心の高鳴り(たかなり)を舞踊化すればよいと思う。ただ本文の歌詩だけでは情報が足りないように思うので、次に示すような富士山を詠んだ著名な和歌などからヒントを掴むと良い。『天地(あめつち)の分かれし時ゆ神(かむ)さびて、高く貴き富士の高嶺(たかね)を』(一部省略)万葉集・山部赤人。では太古の昔、天と地がやっと二つに分かれて姿を現わしたときから富士山は神々しい・・・といったイメージを前奏から起句にかけて、二枚の白扇で雲や霞のたなびきを見せ、幾重にも渦(うず)まいた雲が散逸すると富士山がポーズを見せる。次の承句は日の出と共に旭光が次第に広がる様子を描けばよいのだが、次に參考の和歌を示そう。『天の原富士の煙の春の色の、霞になびくあけぼのの空』新古今、僧慈円。では近代まで富士は煙を上げていたが、その山の煙が日の出と共に春の色合いをした紅の雲にとけ込んで、山全体があけぼのの光を発していく。このイメージを前句の扇を持ち替えて、ゆるやかに富士山の色彩的な変容を転句まで拡大して振り付けてもよい。
 さて結句の問題解決策としては、昔から高い山を神格化した例を富士山で取上げてみよう。『富士の嶺(ね)を高みかしこみ天雲も、い行(ゆ)きはばかりたなびくものを』万葉集・高橋虫麻呂。は富士山が高く恐れ多いので、空を行く雲も行くことを憚(はばか)って、山の中腹にたなびいている・・・と云ったようなイメージを(注:富士の雲海を眼下に望むさし絵參照)、やや厳(おごそ)かな雰囲気で、例えば能様式の振り付けで品よく表現する。扇は前段の白扇に戻りたい。
 
富嶽図(横山大観画)
 
衣装・持ち道具
 白地、グレー、薄い青など清楚な色紋付か、又は黒紋付に白衿で格調高く袴と調和させる。前段の扇は白無地(白扇)がよいが、銀地でも可。持ち替えの扇は、とりの子地又は金地に、朱の霞模様など詩文にふさわしいものを選ぶ。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION