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(6)公聴会
 公聴会(Public Hearing)は事故調査手続の一環であり、現場調査と並ぶ重要な手続である。NTSBの公聴会の開催は、そのことが公共の利益のために必要であると認められる場合に命ぜられ、その目的は、現場調査で発見された事実を補足し、あるいは事実や証拠の正確性を確保するなど十分かつ安全な事実の記録ができるようにすることによって、委員会が事故の推定原因(Probable Cause)又は寄与原因(Contributing Cause)を決定し、事故の事実、状況及び環境を報告し、また事故を防止して輸送の安全を増進する方法を確保することができるようにすることにあるが、公聴会は、事実の解明手続きであるので、社会に事実関係を認識させ、海運の安全に対する信頼感を高める効果も持っている。
 公聴会の開催は、重大事故の場合に、NTSBの合議又は委員長(緊急の場合)により最終決定され、概ね事故後60日以内に、事故現場に近い都市において公開形式で開催されるが、その頻度は、年間1回ぐらいである。
 公聴会の開催決定に基づいて、ボードメンバーのうちから議長を務める者1名が選任され、同人が任命したNTSBの職員とで特別の「審問委員会」(Board of Inquiry)が組織される。
 審問委員会の委員長は、公聴会の開会・継続・休会、公聴会の当事者の指名・取消、手続上の要求の処理、公聴会の実施に通常必要又は付随するその他の行為、証言及び証拠の受理・排除等についての権限を有しており、調査の進行に関し実質的権限を有する。
 一方、審問委員会の委員長は、公聴会への参加が公益のために必要であると認められ、かつ、その特別の知識が関連証拠の改善に寄与するであろう人、行政機関、会社及び協会等を証人として指名しなければならないが、一般的にはUSCGその他運輸省の関連部局、関係運送会社、船舶等又はその部品のメーカーなどが被指名者(Designated Parties)となる。
 公聴会で証言するために出席する当事者は、弁護士を同行し、代表させ又は助言を受けることができるとともに、審問委員会で証人を尋問することも、また、推定原因(Probable Cause)の認定を含めた事実認定(Factual information)及び安全勧告(Safety Recommendation)を提示することもできる。
 
(7)海難調査報告書
 事実調査又はそれに続く公聴会が終了した段階で、「海難調査報告書」(Report of Marine Accident Investigation)が作成される。
 まず、主任調査官、海上安全局長、各調査グループの担当調査官などによって事故の事実関係が確定され、次いで、そこで纏められた事実報告書を基に事故原因の分析評価が行われる。そして、事故の原因、分析、結論、結論の理由、推定原因及び事故再発防止策などについて徹底的に議論された後、主任調査官の手で報告書の草案が起案され、引き続いて最終報告書(Final Report)が標準的フォーマットに従って作成されるのが通例である。
 このようにして、NTSB幹部と主任調査官らにより練り上げられた最終報告書の草案は、次いでワシントンD.C.のNTSB本部において開催されるボードメンバー全員が参加した公開討議に付され、報告書案を纏めた主任調査官とボードメンバーとの間で厳しい討議を重ね、必要な修正を加え、全メンバーの了解が得られたところで最終報告書が採択され、またその中で確定された安全勧告(Safety Recommendation)や安全の実施手順は関係の政府機関、民間団体などに送付される。
 なお、全メンバーの意見が一致しないときは、補足意見として報告書に付記されることがある。
 ところで、NTSBの海難調査報告書は、事故の原因を解明し、事故の再発防止という理念の下に作成されるものであり、決して事故の当事者、関係者の刑事上ないし民事上の責任を決定する目的のものではないことから、そうした法的手続の証拠にはならないとされているが、実際には、他の様々な目的に利用され得るし、また事実しばしば利用されている。たとえば、事故に非行の証拠があれば、USCGは、船員の免状の停止・取消又は民事罰の賦課手続において、その事故調査の証拠を使用することもあり、また、連邦検事が、刑事事件においてその調査機関が発見収集した情報を証拠提出することもある。更に、弁護士は、海難調査機関により得られた証拠を民事訴訟の場で開示手続きの根拠として使用することもある。
 このことに関して、NTSBは、事故の分析は法律によって保護されているが、事実に関する情報は委員会のみの所有ではないとしている。
 
(8)勧告
 勧告は、海難事故の推定原因(Probable Cause)、寄与原因(Contributing Cause)と結論に関連して出されるが、明確かつ実行可能なもので、勧告(Recommendation)に従うことによって被勧告者に安全改善策を講じる利益が保証されるものとされている。
 ただし、勧告は、これを出す前に関係者に対して根回しするようなことはしない。
 それは、勧告を出す前に事実関係は全てのパーティーズで共有し、意見の相違点や推定原因、勧告事項の実行可能性等について徹底的に議論され、結論を得たうえで勧告が出されるようになっているが、関係者はその過程で調査結果や推定原因、勧告等を提案する機会を与えられていて、事前に事実関係や勧告を認識、容認することができることによる。
 また、勧告は、事故を起こした会社の系列会社ではあるが調査対象とはなっていない会社や事故を起こした船舶と同種の船舶の業界等に対しても、事故を起こす蓋然性があり、それに対する改善措置を取り得るなど、勧告の必然性、有益性、実効性があると認められるときには、これを行う。
 また、勧告が出された後も、その実行可能性についてパーティーズと情報交換が行われ、新しい情報があった場合は、再検討される余地が残されている。
 勧告は、行政指導であり法的強制力はなく、仮に、被勧告者が勧告に従わない場合があっても、NTSBは、法的措置を講じることはないが、類似の海難事故が発生したときは、前件も含めて調査を行うことになる。
 NTSBの勧告の実施率は、90%といわれているが、例年危険性の高いものとして、Most Wanted Listという、数百件の勧告を記載したリストを発表している。これは、全てのモードを対象にしているが、この中には未だ実施されていない勧告も含まれている。
 なお、同一事件において、NTSBの報告書がUSCGの報告書と相違する点は、USCGに対する勧告の点であるという。
 
(9)USCGの懲戒処分に対する再審理
 USCGの行政法判事の命令を確認したUSCG長官の決定については、NTSBに対し再審理(Review)の上訴(Appeal)を請求できる。上訴の通知を受理したUSCG長官は、直ちに命令の根拠になった審問(Hearing)の記録をNTSBに送達する。
 上訴において審理される争点は、重要な事実の認定に誤りがないか、必要な法的結論に準拠先例がないか又は先例からの離反がないか、法律や政策の重要な問題に係わっているか、手続き上誤謬がないかに限られ、船長や航海士に対する免許の取消や停止に関する妥当性が審理されるのみで、事故の原因分析は対象外とされている。
 再審理の上訴を請求されたNTSBは、行政法判事の下で準司法手続きによる審理を実施する。そして、USCG長官の決定に破棄事由となる過誤が認められない場合は、USCG長官の決定が確認され、また、決定に破棄事由となる過誤が認められた場合は、決定の全部を取り消すか、USCG長官に差し戻す。
 この行政法判事の決定に不服の場合は、Board Member全員による再審理が行われ、決定が下される。また、このBoardの決定に対しては、更に連邦控訴裁判所への道があるが、海上部門では皆無に近いという。
 
(10)調査官の研修
 調査官の研修教育は、NTSB独自の訓練機関である事故調査学校における教育、海難調査の指導者によるOn the Job Training及び政府機関や民間企業の専門家による訓練等によって行われている。なお、質問のテクニックは、インタビューの専門家と行うセッションが必要であることから、研修課程には、インタビューのエクスパートによる教科も含まれている。
 
(11)研究
 NTSBでも飲酒や疲労、居眠りといった特異な事象を取り上げて研究しており、機関誌「We are All Safer」等で適宜公表している。
 
(12)海上インシデントに関する現状
 NTSBでは、予算や人員の制限があるうえ、海上インシデントの報告がないことから、調査の対象とはしていないが、事故が発生した場合、調査の一環として事故の前兆となるインシデントを調べることはある。また、企業から依頼を受けて調査したこともある。
 将来、海上インシデントの調査システムを構築するのであれば、法律執行機関が絡んでいない、行政執行権限のないところが主体になって作るべきであると思われるうえ、現在、NASAのような、インシデントの自動・匿名報告システムの開発を検討しているところであるという。







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