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(3)海難インシデント情報に基づく未然事故のモデリング((独)海上技術安全研究所)
 船舶運航を取り巻く状況の変化は、船員の勤務状況の過密化や取り巻く情報の多様化、大量化をもたらしてきた。国際的な動向として、運航管理会社に労務管理等、安全の確保が要求されるようになり、運航者側では、学習、情報取得、注意配分等における努力が要求されるようになった。
 そのため、運航過程におけるインシデントの例として、実際に運航者が「ヒヤリ」としたり、「ハット」と思った状況について情報を収集し、その共有化を図ることとした。
 調査研究の手順としては、一次アンケートの項目の選定及び回答の回収・分析、二次アンケートの項目の選定及び回収・分析となっている。
 そうした中で、ヒヤリハットを感じさせる原因として、航行上の航法が、海上交通法規にも大別されているように、大別して時刻、視界の良否、水域、船舶の種類、船型(大きさ)、速力などに応じて決められることがわかった。
 操船者のヒューマンファクターを考えるうえにおいて、次の3点を前提条件とした。「知識・技能」に関しては、海上資格を取得した海技従事者として、免状に応じた操船に必要な程度の知識や技能を持っていること。「注意力」としては、問題が発生した時によく注意義務違反等として問われるような内容の注意力を持っていること。「協調」としては、個人が持つこのような知識、技能や注意力を有効に機能させたり、高めていくために必要な個人の間の心情、動作のあり方、つまりチームワークを持っていること。
 事故に至った場合と、ヒヤリハットの場合の比較研究の結果、ヒヤリハットでは、事故に至った場合よりも他船の異常な動作に関する事例がより多くの割合で報告されているが、これは、操船者の状況の認識、報告への動機付けというものに関して発生しているといえる。
 また、海上技術安全研究所では、航行上のインシデントを対象としたアンケート調査を継続的に実施しており、今回の分析は収集データの一分析例である。
 
(4)米国における現状(USCG、NTSB(H14.12.16〜21訪米調査報告書から))
(1)国際海事情報安全システム(IMISS:International Maritime Information Safety System)
 
 米国沿岸警備隊(USCG)は、米国運輸省海事局(MARAM)と共同プロジェクトで、国際海事情報安全システム(IMISS)を計画し、インシデント情報を収集、整理、分析し、安全情報の提供を試みようとしている。IMISSは、米国国籍の商船と米国領海内を航行する外国籍船を主たる対象とするが、その他についても情報として受け付けることとしている。
 しかしながら、予算の面で議会の承認を得られず、計画立案から4年、2000年の運用開始予定から2年有余経た2000年12月に至っても、未だ運用が開始されるまでには至っておらず、また、懲戒権を有するUSCGが関与していることもあって、業界からの抵抗もあり、見通しが立っていないのが現状である。
 
(2)国家運輸安全委員会海事局(NTSB)
 国家運輸安全委員会海事局(NTSB)は、海難事故を取り扱っているスタッフが総勢17名(全員ワシントンで勤務)であり、予算も限られていることから、稀有ではあるが企業から依頼された場合は行うものの、一般的にインシデント情報の取扱いまでは手が回らないのが現状である。
 
5.4 インシデント等の危険情報の報告、活用の問題点及び検討すべき事項
(1)インシデント情報の報告を阻む要因
我が国海事関係者では、海運会社にしても、船長や水先人にしても、インシデントに関する危険情報を社外秘、門外不出とし、同一社内や仲間同志ですら部門外の組織や個人に対しては大部分を秘密にしているケースが多いと言われている。
 このようなインシデント情報の報告を阻む要因としては、以下のことが考えられる。
 
(1) 我が国の刑法及びその運用においては、英米法や欧州大陸法体系の国とは異なり、「認識なき過失」も処罰の対象とされてきているため、例え処罰のおそれの低いエラーでもその開示に対しては極めて強い警戒感・心理的抵抗がある。
(2) 民事訴訟の分野でも我が国では、やむを得ない事故・災害であっても「賠償による被害者救済」の観点から無理やり犯人探しをするべきであると提起している判例もあり、当事者への責任追及に対する恐怖感情は先進国の中でも特に強い。
(3) 我が国では、一般社会も事故発生時に生じる被害者・遺族の加害者に対する処罰要求感情を是認し、とりわけマスメディアが「犯人探し」中心のエキセントリックな報道姿勢に終始し、助長する傾向が強いため、些細なエラーに対しても社会的な責任追及に対する恐怖感情が強い。
(4) 我が国では欧米以上に「ミスを犯すことは恥であり、それを外部にさらすことなど思いもよらない。」という「恥の文化」意識が強い。
(5) このため、我が国では他の分野(例えば航空)でインシデント情報を自発的に報告してもらい参加会員会社間で情報を共有するシステムは存在しても、これを完全に一般公開するところまでは至っていない。
(6) 海運界では歴史的に「船長の責任」が強調され、「海難発生時には船と運命を共にする」ことすら是認されてきたが、特に我が国船舶職員の間にはプロフェショナルとしての自負と共に、「船長の無謬性」を期待する伝統がある。
(7) 前述のとおり、我が国海上交通においては、大手内航・外航船社の大型船から、外国籍船、一杯船主、漁船、プレジャーボートに至るまで、極めて多種多様な運航主体が同一海面上を航行しており、これらのグループ間では運航面で利害を異にすることが多い。
(8) ISMコードの制定により、我が国法曹界においては今後船主責任が拡大されていく可能性があるとの指摘がある。
(9) 近年、我が国では、刑事事件の取扱いにおいて、「被害者の人権」問題がクローズアップされ、被害者及びその遺族のためにも加害者に対する刑事責任の追及を徹底すべきであるとの風潮が強まり、従来以上に厳しい追及が行われるようになっている。(例えば、H9.6.8三重県志摩半島上空で発生した日本航空ダグラスMD−11型機乱降下事故における機長の起訴)
 
(2)今後の検討事項
 海難に至らないインシデント等の危険情報の自発的報告→他者への提供→有効活用(一般公開等)を制度化し、実効あるものとするためには、一般に、免責性、匿名性の保証、報告ルートの明確化、報告による安全推進への貢献の確証、報告の簡易性、システム全体のマネジメントサイクルヘの信頼性の確保等数多くの要件をクリアーすることが必要と言われている。
 このような状況下において、一部の海事関係者で、危険情報の一般公開化に向けての努力が始まったところではあるが、単に提供した情報を共有するメリットを強調する程度では実現を見る可能性は低く、これら我が国固有の問題も含め障害要因の実態を解明し、一層の慎重な配慮と整備すべき環境(官民の役割分担を含む。)を検討する必要性が指摘されている。
 
 このため、平成15年度においては、各海事関係者が、心理的障害や法的、経済的デメリット等を伴うことなくインシデント等の危険情報を共有化し有効活用していくための環境整備上必要な次の事項について、検討を行い、最終報告書をとりまとめることとする。
 
(1) インシデント等の危険情報を収集するに当たり、我が国の特殊事情も踏まえつつ、情報提供者に対する経済的・社会的責任追及を防ぎつつ収集する効果的な手段の検討
(2) 英国におけるインシデント等の危険情報の報告、収集、分析、蓄積、活用の実情調査(調査団派遣)
(3) インシデント等の危険情報の外部提供・一般公開を促進するための官民の役割分担についての検討(官によるインシデント報告制度の信頼性・中立性の確保、民による匿名性、機動性の確保等)
(4) インシデント等の危険情報を提供してもらうための報告項目の検討(各種安全対策への活用を考慮した情報等)
(5) インシデント等の危険情報を各運航グループ(商船、漁船、プレジャーボート等)が相互提供していくための課題についての検討
(6) 共有化されたインシデント等の危険情報の活用方策についての検討(各運航グループ内及び同グループ外)
(7) インシデント等の危険情報の共有・有効活用システムの実現に向けた戦略プログラムの策定







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