2003/05/07 読売新聞夕刊
[「イラク戦争後の世界」座談会](下)日本の役割
山崎正和 五百旗頭真 池内恵
「イラク戦争後の世界を考える」をテーマとした、山崎正和氏(劇作家・東亜大学長)、五百旗頭(いおきべ)真氏(神戸大教授)、池内恵氏(アジア経済研究所研究員)による鼎談(ていだん)は、対米支持のスタンスを打ち出した日本の針路や、戦後復興における役割をめぐって、さらに展開した。
――今回のイラク戦争で日本の取った行動をどう評価するか。
五百旗頭: 日本が米国支持を打ち出したのは賢明だった。この点、よりハッキリしていたのが米国とともに戦った英国のブレア首相だ。
世論が戦争に反対する中で米国を支持するのはつらい。だが、米国とともに動くことで、圧倒的な力をもつ米国を内側からコントロールしようとするのが英国外交の伝統だ。
イラク戦争はいささか強引だった。確かに米国は間違うこともある。しかし、開かれた国だけに多様性があり、自ら反省する力もある。米国の行動が世界秩序にプラスだと見る英国の路線は大局的には間違っていない。
◆内側から米に影響を/五百旗頭氏
――欧州では仏独露が米国批判にまわったが。
五百旗頭: ヨーロッパに「米国は野蛮」との意識が出てきたのは、今のヨーロッパに重大な安全保障問題がなくなったからだろう。だが、世界中が安全になったわけではない。米国を支持した国に日英豪やオランダ、スペインを含めて海洋国が多かったのは興味深い。米国を綱の切れた猛獣にせず、世界によいことをさせるために、内側から影響力をもとうとするのは正しいことだ。
◆国際平和貢献が国是/山崎氏
山崎: 選択の背景について小泉首相からもう少し説明があってもよかったが、私も日本外交は正しい道を進んだと思う。今後は「国際平和貢献が国是だ」ということをはっきりさせ、復興支援を行うための基盤を作ることが必要だ。日本は具体的な制度と法を用意して、汗を流す姿勢を見せてこそ、初めてアメリカをけん制する力を持てる。
◆復興ノウハウ生かせ/池内氏
池内: これまで不平不満を全く言えなかったイラク人が、今では自由にものを言い始めている。シーア派とスンニ派の対立、クルド人問題を重視し、国内の分裂を懸念する声もある。しかし、現代のイラクには宗派の違いを超えた国民としての一体性がある。
日本も敗戦後、混乱を経て、安定した。この歴史的経験やノウハウをイラク復興のために注意深く生かすべきだ。日本はそもそも「情報をうまく使う」ことで生きていくしかない国だ。復興への関与は、世界についての情報を集積する機会にもなる。
――日本では、アメリカ一極化への反発から反米論や防衛強化論も出ているが。
山崎: 感情的な愛国心が叫ばれるのは、過去二、三十年間続いた「エコノミック・アニマル」としての栄光が失われたというあせりだろう。しかし、世界がグローバル化している時に、ナショナリズムの道を歩いても、国際的に影響力を失うだけで日本のためになることは何ひとつない。
いまさまざまな生活文化、大衆文化、映画や美術の分野でも、日本は世界的に成功している。現代の日本人が個人として、自然に表現したものが評価されていることに、もっと自信を持つべきだ。
五百旗頭: 敗戦と廃虚を経験した日本には「安全と繁栄」という明確な目標があった。見事に成功し完全に目標を達成した後、新たな目標を設定できず、惰性で政策運営を進めた結果、バブルになり、「空白の十年」を迎えた。
これから目標とすべきは「民活」と「国際的役割の拡大」。個人の自由を尊重する秩序という目標は日米で共通している。「またアメリカ追随か」と心の乱れから金縛りになってはいけない。例えば、カンボジアの和平交渉では、現地の事情に通じた外務省の専門官たちのプランにもとづいて和平を実現に導くなど、日本がよくやっているところもある。こうした事実をマスコミはもっと評価すべきだ。
池内: 国連が機能不全に陥っている現代、現実に問われるべきは「アメリカが完全に正しいかどうか」といった問題ではなく、例えば平和のために具体的に何ができるかということだ。稚拙な国防強硬論や空想的平和論ではなく、正確な情報と判断基準に裏付けられた言論をどう興していくかが問われている。
◇山崎正和(やまざき まさかず)
1934年生まれ。
京都大学大学院修了。文学博士。
大阪大学教授を経て、東亜大学学長。
劇作家、評論家。
◇五百旗頭 真(いおきべ まこと)
1943年生まれ。
京都大学大学院修了。
広島大学政経学部助教授、米ハーバード大学客員研究員を経て、神戸大学法学部教授。
◇池内恵(いけうち さとし)
1973年生まれ。
東京大学文学部卒業。東京大学大学院修了。
アジア経済研究所研究員。
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