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2003/03/11 産経新聞朝刊
【正論】力なき正義は単なる感傷にすぎない
作家 三浦朱門
◆米追随論には疑問も
 最初に断っておくが、私は諸外国の中で、米国に一番好意を持っている。またイラクが国際平和の面で、大量破壊兵器の問題を除いても、困った国であると認め、また日本の一部の絶対平和主義は、世界の荒波を知らない、愚かな思想だと思っている。
 しかもなお、米国がイラクに武力で臨むのは、彼の勝手だが、それに対して日本が百パーセント追随するのは、どうかと思うのである。
 イラクに対する米国に追随して、その武力行為を積極的に認めよという論拠は、北朝鮮問題は日本独力で解決不能で、それには米国の協力がなければ解決不能だ、という思いがあろう。たとえば北朝鮮がミサイルその他で日本を恫喝しようとしても、それを抑止しうるのは米国の軍事力である。拉致問題だって、家族は協力を求めて渡米した。
 朝鮮半島問題で米国に依存する以上、イラクについて反対することは、米国の対日感情を悪くするだろうし、また中東の石油に依存することの大きい日本としては、米国がイラクを制圧した後の石油の配分について、不利な状態になるのは都合が悪い。
 しかしこういう米国追随論は、罪もない子供が戦争にまきこまれて殺されるのがイヤだから戦争反対という平和主義と対となる論理であろう。国際問題については北朝鮮の拉致問題一つとっても、日本が自力では解決することができず、米国の政策の範囲内でしか行動できないのなら、日本はいっそ米国の一州になったほうがよい。
◆米はイラク主で北は従
 そもそも産油国のイラクは米国にとって重大問題であっても、経済的に何の意味もない北朝鮮は、米国にとって放置しておいても、あまり問題にならない地域である。しかし日本にとって、北朝鮮の兵器の性能がそれほど強力ではなくとも、彼が食糧その他を脅し取ろうと日本海で花火をあげるのは、重大問題である。一方、イラクの大量破壊兵器は、差し当たって日本には脅威ではない。従って米国の武力行使を支持して、中東の産油諸国の悪意を買うよりも、石油の安定供給を保証されたほうがよい。
 米国にとってイラクが主で北朝鮮が従なら、日本はその反対である。そういう日米の国際問題に関する温度差を、米国は問題にすまい。それは日本に力がないからである。対米にかかわらず、日本が諸外国に何らかの説得力を持つためには、それなりの力がなければならない。日本の外務副大臣がイラクを説得に行ったところで、それに対する対価、力なり利益なり、を持ってゆかなければ、汚い言葉を使わせてもらうなら、へのつっぱりにもならない。
 たとえば日本は対外戦争のための武力を持たない。それはそれでよい。しかし十分な防衛力もない。もし日本がアジア大陸からのミサイルを破壊しうる迎撃ミサイルを開発すれば、日本などおどしさえすれば、アメリカ頼りの武力しかないのだから、何を言ってきても問題にするにたりない、といったなめた態度を近隣諸国が持つことはなくなるであろう。
 米国という同盟国も、日本がミサイル攻撃に対する抑止力をもてば、米国の防衛は勿論、東アジアの平和にも積極的に利用できる、という形で日本の存在を認めるだろう。現在の国際環境では、力のない言説は所詮、空理空論に終わる運命にある。
◆武力そのものが抑止力
 武力は行使しなくても抑止力がある。米国がソ連をはじめとする社会主義国家に勝ったのは、武力を行使したからではない。武力を向上させ、敵を圧倒したからである。イラクに対しても、米国の武力は示威行動としてある程度の効果を発揮した。フセインもしぶしぶながら限定的ではあっても、ミサイルなどの解体に手をつけはじめたではないか。また米国の真意は、武力の行使ではなく、示威的効果をねらっているのだという可能性もゼロではない。
 平和にせよ戦いにせよ、正義を口にするなら、それを貫徹する力もなく、そのために血を流す覚悟もなければ、それは単なる感傷にすぎない。米国のイラクへの武力行使についても、米国に依存せざるをえない諸国を除いては、あまり評判はよくない。
 日本もこの際、イラクや北朝鮮についての態度を明らかにすべきで、同盟国に対しても、言うべきことを言い、その主張を貫くためにも、力を養い犠牲を払う覚悟をすべきである。大体、憲法に定めた国民の生命、自由の権利も、国家にそれを保証する力がなくて、誰が守ってくれるというのだろう。
(みうら しゅもん)
◇三浦朱門(みうら しゅもん)
1926年生まれ。
東京大学文学部卒業。
作家。
 
 
 
 
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