日本財団 図書館


2003/03/21 産経新聞朝刊
【イラク戦争】虚構だった国連協調体制
京都大教授・中西輝政氏
◆安保への影響力 急速に喪失
 米英軍によるイラク攻撃は、一昨年九月十一日の米中枢同時テロに端を発した「テロと大量破壊兵器の脅威」を排除する流れの延長線上にある出来事にとどまらず、二十一世紀の国際社会の潮流を指し示す歴史的な転換点となった。
 今回の国連安全保障理事会の混乱は、冷戦終結後に構築されるかにみえた「国連中心の国際協調体制」が、虚構であったことを明確に示した。これは単に安保理常任理事国の拒否権や、国力を無視した一国一票の多数決制など国連の制度上の問題にとどまらない。「国家は善くも悪くも国益に従って動く」という国際秩序・外交の本質を無視した国連の存在そのものの矛盾を露呈させた。
 また、国連は前身の国際連盟発足当初から、ある種のイデオロギーを背負わされた組織で、特に過度な理想主義に引きずられ数々の重大な判断ミスを犯してきた。満州事変をめぐる日本たたきや、ドイツに対する過酷な賠償もそうだ。国際社会が大国を追いつめた帰結が第二次世界大戦だったことを忘れてはならない。
 戦後、国際連合となり、本質的な欠陥が表面化しなかったのは、単に東西冷戦時代に突入し安保理が機能しなかったからだ。今後、国連は安全保障上の影響力を急速に失うだろう。同時に北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)などの国際枠組みも大きな変化を迫られると思われる。
 かわりに増えるのが、国益や責任能力が一致する国家間の同盟関係だ。これが国連に代わってネットワークを形成し、新しい国際秩序を形成していくと思われる。その傾向は国際貿易秩序の変化をみても明らかだ。冷戦時の関税貿易一般協定(GATT)は世界貿易機関(WTO)に発展・解消したが、包括的、非効率で機能せず、現実には利害が一致する二国間の自由貿易協定が急増している。
 ただ、私は国連を否定するわけではない。開発援助や環境、保健衛生、人道上の問題などでは大きな成果を上げてきた。「世界で一番大きくて立派な非政府組織(NGO)」としての役割は今後も期待される。
 一方、イラク攻撃をめぐる国際的な攻防は、もう一つ重大なエポックを作った。単に「平和」だけを唱えることは、時には「正義」に反すると痛感される場合が多くなるということだ。大戦争が起こりにくくなった二十一世紀は「平和」よりも「正義」の実現が重視されるようになるだろう。
 日本人は、国際社会のダイナミックな変化に目を開かねばならない。国連に歩調を合わせることを「国際化」と考えていたなら、直ちに改めねばならない。極東地域には北朝鮮というイラク以上の脅威が存在する。弾道ミサイル「ノドン」の照準を日本に向け、核開発を続けていることが何を意味するのか言うまでもないだろう。そういう意味で、小泉純一郎首相の二十日の演説は「日米同盟の重要性」「イラク攻撃の正当性」「北朝鮮の脅威」と重要な論点を網羅した立派な内容だった。過去にここまで国家的な立場でモノを言った首相は、吉田茂、岸信介、中曽根康弘の三人しかいないのではないか。
 だが、はっきり言ったことで生じた責任は重い。北の脅威から実際に国民の生命と財産を守ることができるよう、有事法制の整備と、集団的自衛権の行使に向けた憲法解釈変更を一刻も早く実現させることを期待したい。(談)
◇中西輝政(なかにし てるまさ)
1947年生まれ。
京都大学法学部卒業。英ケンブリッジ大学大学院修了。
三重大学助教授、静岡県立大学教授を経て、京都大学教授。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION