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2003/03/26 産経新聞朝刊
【正論】イラク戦争 対案なき反対は政治ではない
帝京大学教授 志方俊之
◆ルビコンを渡った日本
 「戦争は悪、平和は善」、「正当化される戦争などはない」と徹底して平和主義(pacifism)の国策をとってきた日本。しかし、今回わが国が米英主導の対イラク戦争を「やむを得ない戦争もある」と理解し支持したことは、実は国策の大転換なのだ。
 諸外国はこの変化を敏感に感じとって、日本もルビコン河を渡る決心をし、やっと「普通の国」になり始めたと驚いたのだった。
 何が日本を変えつつあるのかと、急遽取材のため訪日した何人かのジャーナリストが小声で筆者に漏らした。「不思議なことに、当の日本人は政治家も官僚も一般の国民も、自分達がいまルビコンの河を渡ったのだという事実を全く意識していないことに驚いた」と。
 それは、対イラク戦争を支持するか否かを問う国会の論議の空疎さを見れば分かる。野党は、査察の継続を主張し、政府の態度を非難している。
 野党は、約三十万の米英両軍が圧力を加えて漸く大量破壊兵器を小出しにしてきたフセイン政権が、査察をあと六カ月継続すれば完全に廃棄させ得るという根拠と対案を示すべきだ。
 例えば、仏・露・独三国へ合同議員団を送り、それらの国々も軍隊を派遣してイラクに圧力を加えることを説得。その上で六カ月の査察を延長し、その結果を見てから「力の行使」の是非を決心するという案もある。
 あるいは、すでに現地に入って圧力を加えている米英両軍に、これから六カ月間の駐留費のかなりの部分を日本が負担するから、査察を継続させるべきだという緊急出費のための法案を国会に提出して小泉政権に迫るのも一案だ。
◆追従しないための対案は
 また野党は今回の政府の決断を米国への「追従」だと非難している。どうすれば米国に追従しないで済むのか、野党は一度でも対案を国民に示したことがあるか。
 経済と安全保障の両面で日米両国は不可分に結びついている。とくに安全保障の面では相互主義と言いながら、リスクを伴う部分は大きく米国の軍事力に依存している。
 リスクを分担しないわが国が、どうすれば米国に追従しなくて済むのか対案を示すべきだ。わが国が米国の力を借りずに他国からの核兵器や弾道ミサイルによる恫喝に屈しないためにはどうすればよいのか。恫喝だけでは済まず、実際に弾道ミサイルが発射された場合は、それが東京や大阪に着弾するのを待ってから反撃するのか。何十万の日本人が死んだら反撃するのか、反撃するなら必要な武器を自衛隊に装備するのか。
 また、年間約八億トンの資源をわが国へ運び込むため七つの海に延びているわが国のシーレーンを海上自衛隊だけで護るのか、どの国の海軍に協力してもらうのか、対案を示さなくてはならない。どんな防衛力を持てば核抑止を担保し、安全保障で米国に追従しなくて済むか、国民に対案を示さなければならない。対案を提示しない反対は政治ではない。
 その意味で、わが国の野党には政治をする意思も能力もないと言わざるを得ない。安保問題での野党の奮起を促したい。
◆政府は国民に本音で語れ
 一方、国民に対する政府の説明も開戦の段階になるまで行われず「説明責任」を果たしたとは言えない。わが国は一貫して国連第一主義で外交を行ってきた。その国連が湾岸戦争直後にイラクに対して要求した大量破壊兵器の廃棄を、十二年間も履行していないことを延々と容認することこそが、国連の安全保障機能を損なうことを国民に語ったことがあるか。
 そして国連安保理の決議に従わないイラクから大量破壊兵器が何らかの方法でテロ・グループに渡った場合には、取り返しのつかない危険が世界中に拡散することを真剣に訴えてきたのか。
 その上でわが国の原油輸入の中東への依存度が世界一高いことや、北朝鮮の軍事的脅威から国民を守るために、わが国の防衛体制が法律の不備や装備の制約から米国の協力なしに成り立たないことを付け加えて説明すべきだ。
 政府は、今回の判断を米国追従ではなく自主的な判断に基づくものだと説明している。しかし、国民に本音で語り掛けなければ、「米国に追従することを自主的に決めた」に過ぎないと国民が取ってもしかたあるまい。
(しかた としゆき)
◇志方俊之(しかた としゆき)
1936年生まれ。
防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。
陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。
 
 
 
 
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