2002/11/25 毎日新聞朝刊
[論点]米国の対イラク攻撃、どう対処するか─インド洋の活動継続を
外交評論課・岡本行夫
◇日本に求められるのは、自分の生命と財産を守る普通の行動をとることだ。
米国という国の美徳であった「寛容さ」が最近、少なくなりつつある。先週も多くの有識者が参加した米国での会議に出てそう思った。批判を許さない雰囲気がある。自らをスーパーパワー(超大国)を超えたハイパーパワー(極超大国)と規定し、正義の鉄槌(てっつい)を世界の邪悪に打ち下ろす。何が邪悪なのかを決める際に、ブッシュ大統領流の「米国の味方でない者は全(すべ)て米国の敵」という白黒二元論が見え隠れする。
米国人が置かれている緊迫した精神状況は理解してやらなければいけない。自分たちだけがテロの標的になっているという悲壮な孤立感。そこへ標的になっていない国の人々があれこれ注文をつけても、米国は苛立(いらだ)つだけなのだ。
しかし、本当は一歩退いて考えてほしい。イラク攻撃を始めれば、夥(おびただ)しい数の市民が巻き込まれる。戦いに勝っても、そのあと米国に向けられるアラブ民衆の憎しみとどう向きあうのか。フセイン体制を破壊だけして引き揚げた場合は、シーア派とクルド人の側からスンニ派に凄惨(せいさん)な復讐(ふくしゅう)が始まらないか。しからば米国はイラク安定化まで長期にわたって占領を続ける覚悟と国民合意があるのか。
日本はどうすればよいか。イラクの大量破壊兵器保有が明らかになった場合は、日本も国連のイラクに対する制裁行動に毅然(きぜん)と参加すべきだ。しかし、そこから先は簡単ではない。現在、インド洋では米軍を後方支援するために海上自衛隊の2隻の給油艦と3隻の護衛艦が活動している。このことは米国の政府と国民から深く感謝されているが、日本は米国のためにやっているのではない。世界の文明秩序を破壊しようとするテロリストたちへの対抗措置としての行動である。しかし、海上自衛隊の派遣は、あくまでも9・11テロに関連してのものだから、イラク攻撃を支援することは法律上できない。どうすべきか。結論を言えば、日本はイラク攻撃には参加せずとも、テロとの戦いを継続するということだろう。
米国のイラク攻撃があろうとなかろうと、アルカイダ掃討のオペレーションが続いている限りは、日本はインド洋での活動を続けるということだ。国際社会が連帯するテロとの戦いの中で、米国がイラク正面を、ヨーロッパと日本が引き続きアルカイダ封じ込めにそれぞれあたるという格好になるわけだ。
日本にとって別に難しい課題がある。イラン・イラク戦争の際も、湾岸戦争の際も、ペルシャ湾内を航行する各国のタンカーは欧米の海軍に警護された。「日本も自国のタンカーぐらい警護しろ」と米国から要請されたが、断った。海上警備は自衛隊法上は可能であっても国内政治的にまずかったからだ。今度も日本はペルシャ湾内でのタンカー保護を米国に委ねることになるだろうか。多分そうだろう。
日本がこれから求められるのはアメリカと共に闘うことではない。憲法を破ることでもない。自分自身の生命と財産を守るための普通の行動をとることである。
◇岡本行夫(おかもと ゆきお)
1945年生まれ。
一橋大学経済学部卒業。
外務省に入省後、北米局安全保障課長、北米第一課長を歴任し、91年、外務省退官。現在、岡本アソシエイツ代表。首相補佐官(外交担当)。
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