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2003/03/26 産経新聞朝刊
【斎藤勉の眼】イラク戦争 アルバニアの心意気 米支持にみる小国の誇り
 
 「欧州で最貧の独裁国家」「中国・毛沢東主義をいただく半鎖国的な社会主義国」・・・
 冷戦時代は国際社会から屈辱的なレッテルをはられ続け、冷戦後は旧ユーゴスラビア・コソボ自治州一円で大量の同胞が「民族浄化」の標的となったアルバニア。過去半世紀余りの歴史だけでも民衆に二重、三重、四重・・・の辛酸と試練が降りかかったこの小国が今、米英軍の対イラク攻撃支援・支持の急先鋒(せんぽう)に立つ心意気を見せている。
 「アルバニアは新しい民主国家として、イラクから大量破壊兵器を除去し、長期間にわたって苦しんでいるイラクの人々に自由をもたらす意思を持つ連合に参加する米英、他の諸国に賛同することを誇りに思う」
 二十日の開戦と同時に、アルバニアのナノ首相は「テロとの闘いに関する声明」を発表してこう胸を張った。
 コソボ自治州のルゴバ大統領もブッシュ米大統領への書簡で「コソボの人々は圧政、抑圧、恐怖に対する戦争の重要性を十分に理解している。四年前の米国とその他の同盟国による介入のおかげで、われわれは今日、自由な国となり世界の自由諸国の共同体への統合の道を歩んでいる」と謝意を表明。「米国の対テロ戦争は世界平和のための戦争だ」と殊更に強調した。
 米国務省は世界で「四十五カ国以上」が対イラク攻撃支援を表明したと発表したが、足並み乱れる欧州でこれほどあけすけな表現で熱い支持の思いを語った国・民族はなかろう。
 特筆されるのは、ナノ首相もルゴバ大統領もサダム・フセイン政権の暴政下で虐げられてきたイラク国民に衷心からの連帯のエールを送っている点だ。北イラクのクルド人は一九八〇年代に民族浄化の地獄を経験した。アルバニア民族は北大西洋条約機構(NATO)軍による九九年春の旧ユーゴスラビアへの空爆でさらなる民族浄化の悲劇から救出、解放された経緯がある。
 今回のイラク戦争の本質と正当性を心の髄から理解でき得るのは、現実の民族抹殺も同然の体験を共有している当事者の人たちだけなのかもしれない。事実、アルバニア政府は開戦の一週間も前、約七十人規模の「特殊部隊」の戦闘参加を明言し、戦場で血を流す決意を表明したほどだ。
 冷戦終結に伴いアルバニアも民主化への道程を歩み出した。しかし、南部を中心に九六年末からのねずみ講式投資組織が相次いで破(は)綻(たん)、巨額の被害が出て住民が武装蜂起したためイタリア主導の多国籍防護軍が展開するなど大混乱に陥った。
 騒乱がおさまった現在、アルバニアはNATOと欧州連合(EU)への一刻も早い加盟を希求し、米政府はアルバニアの官僚たちに民主主義マインドをはぐくむ研修を施し続けている。共産主義路線上の対立から六一年、フルシチョフのクレムリンと断交してソ連圏内で孤立したあと中国型共産主義に転換、対外的には実質的な閉鎖政策をとって長く「欧州の谷間」(在京外交筋)に落ち込んでいたアルバニアは今、すっかり「親米」となり、「閉鎖的な最貧国」のイメージ脱却に躍起なのだ。
 四国の一・五倍ほどのアルバニアはいまなお、一人当たりの国民総所得が日本の約二十八分の一しかない。イラク戦争の熱烈支持の裏側には、米国からの大規模な経済支援目当てのもくろみもあろう。第一次大戦以後、アルバニアを占領、さらには併合して因縁浅からぬイタリアが終始、米国支持に回った事情もあろう。
 しかし、アルバニアはイラクばかりでなく、アフガニスタンの首都カブールの「国際治安支援部隊」(ISAF)にも兵員を送っている。冷戦時代、歴史の陰で身を潜めていたような小国が「自由諸国の一員になった誇り」(ナノ首相)に燃えて、捨て身で「平和のための戦争」に立ち向かおうとしている。そんな姿を見るにつけ、日本はじめ世界の「無為の反戦・平和運動」の空虚さに腹立たしさを覚えるのは私だけだろうか。
(編集特別委員)
 
 
 
 
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