2003/05/03 読売新聞朝刊
戦争の大義 イラクで大量破壊兵器見つからず 米大統領「国民解放」に(解説)
◆米大統領は「国民解放」強調に転換
ブッシュ政権はイラク問題で、まだ見つからない「大量破壊兵器」に代えて、「国民解放」の意義を前面に出している。
(解説部・波津博明)
ブッシュ氏は一日の演説で、「隠ぺいされた生物・化学兵器の捜索に乗り出し、調査すべき(関連施設)数百か所の存在をすでに知っている」と語った=写真はAP=。大量破壊兵器の所在問題について触れたのはここだけで、他に大量破壊兵器という言葉に言及した部分が二か所あるが、あとは独裁体制打倒の正当性や自由の尊さにあてられた。
ブッシュ氏は三月十七日の最後通告演説では逆に、前半分を大量破壊兵器廃棄の問題に費やし、「(イラクの武装解除に)国連安保理が責任を果たさなかった。だから我々が立ち上がる」と訴えた。「イラクの解放」は、演説半ばにわずかに触れただけだった。
独裁打倒は、とくに米国内では、それだけで十分に戦争を正当化すると受けとめる人が多い。フセイン像の倒壊シーンをはじめ、米メディア報道は「イラク解放」の意義を強く印象付け、それが七割を超える大統領支持率にも反映している。しかし大量破壊兵器の存否は依然、戦争の正当性を左右しかねない問題だ。
英紙フィナンシャル・タイムズは「イラクが大量破壊兵器を持っていなかった、あるいは使用しなかったことで我々はほっとしたが、このことは平和への脅威が実際どの程度のものだったのか、疑いを生じさせる」と疑問を提起する。
かりに大量破壊兵器がこのまま見つからないと、イラクの大量破壊兵器廃棄に対して仏露は弱腰だとした、開戦前の米国の批判も“空振り”だったという印象になり、仏露に対する立場も弱まる。また、イラク攻撃は「自衛のための先制攻撃」というブッシュ・ドクトリン適用の最初のケースだったが、大量破壊兵器の有無は、「自衛」論の根拠にかかわる。
ただ、「発見」も別の問題を生みそうだ。米英は兵器捜索を米英だけで行い、国連の関与を拒んでいるため、今後「発見」を発表しても信ぴょう性に疑問が生じるからだ。国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長は先月二十二日、国連査察の再開を訴えると同時に、「米英が何を発見しても、せめて独立した国連査察官を米英チームに参加させないと、世界に信用されない」と語った。米国内でも、ニューヨーク・タイムズ紙は「ブリクス氏は米政権に調子を合わせて踊りはしない。だからこそ彼の言葉は貴重なのだ」として、査察への国連関与を訴えた。
米国にしてみれば、イラクが大量破壊兵器廃棄を完全に証明しなかったこと自体が安保理決議違反であり、それが武力行使を正当化するともいえる。ただ、それでは、イラク戦争を「解放」ではなく「侵略」ととらえているアラブ諸国民などは納得しないだろう。
ブッシュ政権は中東和平の行程表を公表したばかりだ。これからパレスチナ問題に取り組もうという時に、アラブ世論をこれ以上敵に回すのは得策ではない。国連査察の再開、あるいは米英調査団への国連関与など、国際世論を納得させる何らかの措置が必要だろう。
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