2003/04/18 読売新聞朝刊
[イラク後の世界](6)「反戦」仏独に敗北感 脱一極、見えぬ具体像(連載)
パリの政界にはいま、敗北感と不安感が漂う。開戦前、査察によるイラクの大量破壊兵器の廃棄を説き、米英による武力行使を「国際社会の承認しない戦争」と糾弾してきたフランスの首脳陣は、バグダッドで引き倒された独裁者の像に歓声をあげる民衆の姿を見て言葉を失っている。
ドイツもまたフランスと協調し、最大の同盟国、米国に対して、かつてない抵抗外交を展開した。ブッシュ米政権に「古い欧州」とさげすまれようとも、その抵抗が欧州各国世論の大きな反響を呼び、国内での支持を高めた。戦争が事実上終結した今、その分だけ、いかに米英と手を結び直すかに苦慮している。
米欧同盟を分裂させてまで開戦に反対した両国は、何を得て、何を失ったのか。
「フランスの大統領が米英指導者と並び、イラク国民と解放の自由を喜び合えないなんて無念だ」
マドラン元仏蔵相は、同盟国とたもとを分かった自国外交の結末をこう批判した。
大陸欧州でしばしば聞かれた「戦争の長期化」や「ベトナム戦争の二の舞い」という予測もはずれた。
十二年前、イラク軍をクウェートから掃討した湾岸戦争で、仏軍は多国籍軍の主軸を担った。当時の仏外相、デュマ氏によると、軍事貢献への謝意としてファハド・サウジアラビア国王が一油田の採掘権を仏政府に全面譲渡した。デュマ氏は、「傍観者で終わった今回、わが国が何を求められようか」と話す。
仏独首脳が「国連をイラク再建の主役に」と主張した時、米国だけでなく、戦争の前線地域となったクウェートなど湾岸アラブ産油国にもうつろに響いたことだろう。イスラム世界には、あがなわれるのは血を流した者だけ、という冷徹な教えもある。
イラク戦後の厳しい局面に立たされる仏独両国は、ギリシャ・アテネで開かれた欧州連合(EU)非公式首脳会議で、国連の役割などについて柔軟な対応を示唆し始めた。新たな現実主義外交の模索が始まっている。それでも、米国との傷ついた同盟関係、国連安保理の政治的な修復作業の道のりは、イラク復興と同じように険しい。
そもそもシラク仏政権がブッシュ米政権に不満を高めたのは、地球温暖化防止の京都議定書からの離脱などの米国の行動を「自国の優先順位だけを尊重する一国主義」「世界の指導国にふさわしくない“ごう慢”」と反発したことに始まる。9・11同時テロで一時的な米欧連帯を回復したものの、イラク危機が水面下のミゾの深さを露呈させた。
反米英連合を形成した仏独とロシアの三か国に共通の政治メッセージがあるとすれば、それは、シラク政権が唱えてきた「多国間の話し合い、米国一極構造の対論となる多極の世界観」だ。しかし、そこには米国の軍事・政治力に代わって何が世界の安全保障の柱となり、国際テロや地域紛争にも対応する基軸機構が何になるのか、具体像が見えにくい。
バラデュール元仏首相は、「国連と安保理以外に、多極構造を反映する世界的機構があるのか」と指摘し、米国の国連軽視傾向に反発する。だが、その国連は、冷戦後、新時代にふさわしい構造改革が叫ばれながら、何も手をつけずにきた。その結果、直面したのが今度の安保理分裂という事態ではなかったか。
来年二十五か国に拡大する欧州連合(EU)も、繁栄した経済共同体となるだけで満足するのか、あるいは、政治・軍事・経済力を同時に備えた国家連合体に脱皮できるのか、岐路に立っていることが明らかになった。
仏独とベルギー、ルクセンブルクの四か国は今月末、軍事、防衛問題に関する首脳会議を開く。軍事政策を共有する一つの中核国家群をEU内に創設しようとする新たな動きだ。特にフランスは、加盟国の外交・軍事政策がばらばらでは、米国に対抗できる欧州建設という国家戦略が、永遠に実現しないと痛感した。
だが、仏国際関係研究所ハンス・スターク主任研究員は「チェコなど東欧のEU加盟予定国は、仏独主導を拒絶し、米国重視の姿勢だ」という。それは、EUが二重構造へ向かう兆しかもしれない。
フィッシャー独外相は「二つの世界大戦をくぐった欧州には戦後再建の知恵と経験がある」といい、イラク復興への貢献で、対米和解の糸口をさぐる意向を見せる。しかし、米国が仏独に懲罰的な対応に出たり、極端にイスラエル寄りのまま中東和平工作を進めたりすれば、米欧間の亀裂は逆に広がる恐れもある。
主要国首脳会議G8サミットが六月、フランスの水の名所エビアンで開催される。仏政府内には「事前に新興経済国ブラジルやインドなども加えた拡大サミットを開催できないか」という案があるという。将来、安保理改革が行われる場合、メンバー候補とされる国々だ。現行の国連安保理など、既存の枠組みが“制度疲労”を見せ始めた中で、各国の利害を調整する新たな枠組みを模索する動きであるならば、いまほど歓迎されるタイミングはない。
(パリ・池村俊郎)
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