2003/04/12 読売新聞朝刊
[イラク後の世界](2)「新保守」強まる力 復興成功が本当の勝利(連載)
十日午後(日本時間同日夜)、上空からテレビ電波を発信できる特殊仕様の米軍機から、ブッシュ米大統領とブレア英首相の演説が、イラク全土に放送された。
「あなたたちの国はもうすぐ自由になる」
アラビア語字幕付きの二分半の録画映像で、大統領は「自由」という言葉を七回も繰り返した。
大統領はイラク戦争突入にあたり、大量破壊兵器の武装解除に加え、フセイン独裁政権からのイラク国民解放を大義に掲げた。
ブッシュ政権は本来、米国が「世界の警察官」として海外の紛争に武力介入することを好まない「孤立主義」の傾向が強い。タカ派のチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官も、民主党のクリントン政権が「人権擁護」を大義名分に、コソボ紛争に介入したことを批判してきた。
そのブッシュ政権が皮肉にも「自由」を掲げてイラク戦争に踏み切った。きっかけは9・11の同時テロだった。
米本土が直接、テロ組織に攻撃されたことに、チェイニー氏らは「米国の威信が衰えた」と危機感を抱き、「大量破壊兵器を開発するテロ国家を許さない」という決意を世界に示そうとしている。
一方で、ブッシュ政権の内外には、自由や民主主義など米国的価値を世界に広めるためには軍事行動も辞さないという「新保守主義者」=ミニ時典2面=が数多くいる。源流は、七〇年代後半に民主党の対ソ連政策に不満を抱いて、同党から共和党に転向した反共理想主義者たちだ。代表格のウォルフォウィッツ国防副長官は、九〇年代からフセイン打倒を唱え、イラクに親米政権を樹立し、中東諸国を民主化してアラブ・イスラエル紛争を解決しようと主張している。
ウォルフォウィッツ氏らの思想とチェイニー氏らの危機感が同調し、米国のイラク戦争を主導した。軍事作戦は成功し、当然のことながら今、ブッシュ政権内で彼らの発言力が強まっている。
孤立主義者も新保守主義者も、国連などによる制約を嫌う「一国主義」では共通する。彼らは何よりも「確固とした国益」(ライス大統領補佐官)を重視した対外政策を主張し、あいまいさのつきまとう国際協調主義は取らない。そこに、独仏など欧州同盟国とのきしみも生まれている。イラク戦争の終結後も、この問題にどう対応するかが、米外交と国際社会の課題となり続けることは間違いない。
ブッシュ大統領にとって、今後の中東政策を考えた場合、解放されたイラク市民の「歓喜」を、米国に対する「信頼」に結びつけることも極めて重要になる。しかし、ウォルフォウィッツ氏ら新保守主義者が、イラク復興であまりに米国主導色を突出させれば、アラブの民衆や国際社会との摩擦を生む危険がある。
「亡命イラク人ばかり重用するとイラク市民はもちろん、アラブや欧州の理解だって得られないぞ」
パウエル国務長官は三日、欧州訪問の帰途、ホワイトハウスの担当者を電話でどなりつけた。パウエル氏がイラク復興を成功させようと欧州との亀裂修復に飛び回っている留守中に、ラムズフェルド国防長官らが、自ら押し立てる亡命イラク人を中心にしたイラク暫定統治に向けて、根回しに動いたと知ったからだ。
アラブ民衆の反発を危惧(きぐ)する国際協調派のパウエル氏は、米国色の強い亡命イラク人だけでなく、イラク国内の地域指導者などを幅広く参加させるべきだとして、同国防長官らの構想に批判的だ。共和党内にも「戦後構想に関するブッシュ政権の説明は不十分だ」(ルーガー上院外交委員長)と国防総省主導への批判がくすぶっている。
米国にとって、イラク戦争は「勝敗」を賭けた戦いではなく、戦後の外交までにらんで「いかに勝つか」が問われている戦争だ。米ギャラップ社の世論調査でも、88%の米国民が、戦争に勝利することより、戦後のイラク再建の方が難しいと自覚している。
九日、バグダッドで引き倒されるフセイン像に星条旗をかけた米海兵隊員の母親(ミャンマー難民)は、「息子を誇りに思う。私たちはアメリカに自由を求めた。今は息子が(イラクに)自由をもたらした」と誇らしげに語った。だが、像の顔に星条旗がかけられたとき、テレビ中継を見ていた国防総省の記者室では「やりすぎだ」とため息が漏れ、アラビア語テレビの解説者は怒りをあらわにした。
新保守主義派の台頭に伴って、国民的人気が高いパウエル氏が政権内で孤立すれば、共和党穏健派や民主党からのブッシュ政権批判が勢いを増し、フセイン打倒で高まっている大統領の求心力に陰りが生じかねない。
父親のブッシュ元大統領は、湾岸戦争に勝利したものの、自らが提唱した「冷戦後の新世界秩序」を構築できず、経済不安と保守派の離反に足元をすくわれ、翌年の大統領選で敗北した。
来年秋の大統領選挙で再選を目指すブッシュ大統領は、父親がやり残したフセイン打倒を成し遂げた。しかし、大統領が本当の「勝利」を手にするのは、イラク復興を成功させ、米国に対するアラブ諸国と国際社会の信頼を勝ち得た時かもしれない。
(ワシントン 柴田岳)
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