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2003/04/06 読売新聞朝刊
「国連主導派」思惑に差 米主導イラク統治構想、くすぶる火種
 
 米政府が四日、イラク戦争終結前にも米主導の暫定行政機構を発足させる計画を打ち出したことで、戦後のイラク統治は国連主導で行うべきだとする英国を含む欧州諸国との溝が改めて鮮明になってきた。これにロシアや中国の思惑も絡み、戦後イラク問題をめぐって再び外交上のかけひきが活発化しそうだ。<関連記事2面>
◆仏、孤立回避の道模索 EUなどに連携提唱
 【パリ=池村俊郎】イラク戦争に反対してきたフランス政府は、イラクの戦後復興の局面では国連が中心的役割を果たすことを目指している。そのため、ドイツ、ロシアとの三か国提携を強化する一方、英国を中心に欧州連合(EU)各国への連携を呼びかけている。開戦をめぐって分裂したEUが今後、主張を統一できるかどうかは、イラクの戦後統治をめぐる国連の役割に大きく影響しそうだ。
 仏政府は四日、イラク開戦後初めて、仏独露の三か国外相会談を主宰し、開戦時に国連安全保障理事会で米英に抵抗した“三か国同盟”の再結集を図った。
 ドビルパン仏外相は「人道援助で国連が中心的役割を果たすべきだ」とだけ述べ、第二局面というべき戦後統治のあり方については言及しなかった。三か国は、人道援助から戦後再建、統治まで、国連が一貫して中心に立つ点でほぼ一致しているが、現時点でそれ以上踏み込むと、米英主導での暫定統治プランを打ち出す米国と再び正面衝突となりかねないからだ。
 事実、シラク仏大統領は「米英に戦後統治を委ねる安保理決議案は拒絶する」と公言しており、外交対立の再現は十分にありうる。
 現時点での仏政府の関心は、米政府との対決を極力回避して、外交的孤立を防ぐことにある。そのため、国際社会の合意を得やすい人道援助で国連主導を実現し、その後、次の局面に取り組む意向だ。
 ドビルパン外相が「イラクの当面の治安、領土保全は米英軍に第一義の責任がある」と述べ、米英軍による終戦直後の暫定統治ならば、受け入れる趣旨の発言をしているのも、米側への配慮の表れといえる。
 仏報道によると、パウエル米国務長官は仏側に対し、国連の役割については<1>人道援助<2>新たな行政機構の承認――などを指摘したにとどまり、国連の早期介入には冷淡だったという。これに対し、仏首脳は「平和は米国だけでは再建できない」と主張し、本格的な戦後再建で国連が果たす役割に関しては一歩も譲らない構えでいる。
 その点で仏側が重要視しているのが英政府の立場。仏外相は「(国連の役割では)英国とも一致している」と発言し、英国が米国を説得することに期待を寄せている。仏政府にとって戦後統治を国連が主導できるかどうかは、米国の一国主義を阻めるかどうかの新たな外交試練を意味している。
◆独 安易な妥協、世論許さず
 【ベルリン=宮明敬】ブッシュ米政権がイラクで米国主導の暫定統治を開始する意向を明らかにしたことで、戦後のイラク復興への関与と対米関係の修復を目指していたシュレーダー独政権は再び、米国との“対立コース”を歩まざるを得なくなった。
 シュレーダー首相は三日の連邦議会で、イラクの復興および新秩序構築には「国連が中心的役割を果たさなければならない」と語り、復興の四原則として、<1>イラクの領土保全<2>イラク人の自決権の保証<3>石油資源などのイラク人による管理<4>中東和平プロセスの再始動――を挙げていた。
 だが、米政府の暫定統治構想では、国連には副次的役割しか与えられておらず、「イラク人の自決権」「イラク人による資源管理」も名目だけに過ぎない。首相は、国連がイラク暫定統治の主役になれば、治安維持のためにドイツ軍将兵を派遣する意向も示唆していたが、これでは当面、イラクの復興に関与できない。
 しかも、最新の世論調査では、国民の79%が今も、対イラク攻撃を「不当」と見ており、対イラク開戦に際して「米国の側に立つ」と宣言した保守系最大野党・キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル党首が、支持率を約20ポイントも落としたという事実もある。首相としては、不用意に対米融和へとは舵(かじ)をきれない。
 ドイツ外交の重点は当分、今回のイラク危機で無力をさらけ出した「欧州共通の安全保障政策」の再構築と強化に向かわざるを得ない。
◆露 利権独占阻止にらむ
 【モスクワ=五十嵐弘一】ロシアは、米国が戦争終了前から早々とイラクの戦後統治を主導する方針を固めたことに反発を隠さず、イラク問題の取り扱いを国連協議に戻すよう強く主張している。国連の役割が増せば、ロシアが安保理常任理事国の立場を利用し、戦後イラクの行方に影響力を行使できるとの計算があるためだ。だが、国連協議復活には米国との協調が必要。露政府も結局は、米国との対話を重視した外交路線への転換を迫られそうだ。
 セルゲイ・イワノフ露国防相は四日、国連によるイラク問題協議の必要性を改めて主張。協議時期は「早ければ早いほど良い」と述べ、ロシアが戦後のイラクに関与できる展望が開けないまま、情勢が急展開していることに焦りを見せた。
 露政府は、イラク戦争について、武力行使を容認する国連決議なしに行われた「国際法違反」(イーゴリ・イワノフ外相)と批判。イラクの戦後統治形態は、主要国一致による国連安保理決議の形で決定すべきだと主張してきた。
 露企業はこれまで、イラク石油輸出の約40%を扱う一方、フセイン政権から油田開発の利権も得てきた。「フセイン後」のイラクで予想される米英企業による利権独占を阻止し、露企業の関与を実現させたいのが露政府の思惑だ。
 米主導の戦後統治方針決定は、こうした露政府の立場を無視するもので、露政府が苦々しく思っているのは間違いない。しかし「戦後イラク」への関与を実現するには、対米批判を繰り返しているだけでは難しいのが現実でもある。
 イワノフ外相は四日、パウエル米国務長官とブリュッセルで会談した際、両国間対話の重要性を訴えた。対話を通じた米国説得が必要との認識に、露政府が傾き始めたことを示している。
◆英 独仏との修復狙う ブレア首相、米説得へ試される手腕
 【ロンドン=土生修一】イラクの戦後統治についてブレア英政権は、「国際社会の支援の下で、なるべく早期にイラク人による政権を樹立すべきだ」との立場をとっている。米国主導の暫定統治を主張する米国の方針とは異なり、開戦をめぐって対立した独仏露の立場に近い。英国は、「米国と欧州との懸け橋」を外交方針の基調にしているが、武力行使では独仏などの説得に失敗した。今回は、戦後統治をめぐり、米国を説得できるかどうかでブレア外交が試されることになる。
 ブレア英首相は四日の英BBCのアラビア語放送との会見で、「新しいイラクが最終的に、米国人や英国人など、どのような外部の力によっても統治されないことを明確にしておきたい。暫定期間が終了し次第、広範なイラク人の代表によって新政府が運営される」と語り、「イラク人によるイラク再生」を強調した。
 またイラク住民向けに配布する英政府のパンフレットには、「国連とともに復興にあたる」と明記して、国連との協力体制も主張している。
 一連の発言は、米国支配を懸念するイラクを含むアラブ諸国に向けられただけでなく、米国を意識したものともみられる。英外務省のオブライエン閣外相も、「米国がイラクを無期限に統治しようとすれば、英国は支持しない」と述べ、米国を名指しでけん制する発言を行った。
 英国としては、イラクへの武力行使をめぐり生じた独仏との深刻な亀裂を、イラク復興の局面では独仏に配慮して国連の役割を主張することで、修復したい意向だ。七日から始まる米英首脳会談でブレア首相が、どのようにブッシュ米大統領に説得を試みるか、注目される。
◆中 一国主義に揺さぶり
 【北京=竹腰雅彦】イラク問題で一貫して国連中心の国際協調を主張してきた中国は、イラクの戦後処理について、「米国の一国主義にブレーキをかけ、安保理の権威を復活させる好機」(中国筋)ととらえている。同じ安保理常任理事国の露仏と共闘しながら、米主導の流れに揺さぶりを強めるものとみられる。
 中国の李肇星外相とロシアのフェドートフ外務次官は、四日の北京での会談で、イラク問題は国連が中心的な役割を果たして解決すべきだとの認識で一致。戦後復興での米国の単独行動を強くけん制した。
 対米協調を外交の基本とし、米国との直接対決は避けたい中国にとって、米国のパワーをけん制するには国連が「唯一のカード」(外交筋)だ。戦後復興がどんな形で進むにせよ、中国は国連の枠組みの中で積極的参加を模索するものとみられる。
 
 
 
 
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