2003/06/12 毎日新聞朝刊
[記者の目]イラク戦争の「正当性」(北米総局)
河野俊史
◇情報操作の疑惑に答えよ−−米には証明の義務ある
イラク戦争をどう評価するか、この欄でもさまざまな議論が交わされている。市民を恐怖政治と抑圧から解放したという見方も一面の真実には違いない。しかし、武力行使に向けたブッシュ米政権の動きをワシントンで取材してきて、この戦争の「正当性」を、私は今なお納得できずにいる。
米国ではこのところ、イラクの脅威をあおって軍事行動を正当化するために、ブッシュ政権が大量破壊兵器やテロ組織「アルカイダ」とのつながりに関する情報を意図的に操作・誇張していたのではないかという疑惑が噴き出している。
米議会やメディアは、連日のように「新事実」を掘り起こしている。「昨年9月に作成された米国防情報局(DIA)の内部報告書は、イラクの化学兵器について存在を特定する信頼できる情報はないと結論付けていたのに大統領は国連やホワイトハウスの演説で大量破壊兵器の存在を断定した」「チェイニー副大統領が頻繁に米中央情報局(CIA)本部に足を運び、圧力をかけた」「米国で拘束中のアルカイダ幹部はフセイン政権とのつながりを否定していたのに、黙殺された」――といった具合で、政権側は火消しに躍起になっている。
戦争には情報操作やプロパガンダ(政治的宣伝)が付き物だ。湾岸戦争(91年)の際、看護師を装った駐米クウェート大使の娘が米議会で「イラク軍兵士が赤ん坊を病院の保育器から引きずり出して殺した」と証言、残虐行為を印象付けようとした「保育器スキャンダル」は有名だ。これは広告会社が仕掛けたといわれるが、今回の一連の疑惑が事実なら、米政府自らがイラク攻撃の口実作りのために国際社会や国民を欺いたことになる。バグダッド陥落から2カ月余りたった今も大量破壊兵器開発の「証拠」が発見されない中で、ブッシュ政権の信用性を傷つけ、武力行使の意図に疑念を抱かせかねない。
ホワイトハウスの外交・安全保障政策を取り仕切るライス大統領補佐官と会見する機会があった。印象的だったのは、補佐官が「邪悪な政権」(バッド・レジーム)という言葉を連発し「存在自体が脅威だ」と重ねて強調したことだ。「民衆の犠牲の上に巨大な富を蓄えた」「スターリンやヒトラーの全体主義体制以来の残忍さだった」とフセイン政権を非難し「それが消滅した今、世界ははるかに良くなった」と総括した。
言葉の端々に浮かぶのは圧政からの「解放」としてのイラク戦争の位置付けである。しかし、今回、国際社会が問題にしたのは大量破壊兵器がテロリストに渡る脅威であり、だからこそイラクに査察受け入れを迫る国連安保理決議1441が全会一致で採択(昨年11月8日)されたのだ。恐怖政治や抑圧はそれ自体、重大な懸念には違いないが、「テロとの戦争」の文脈では論理のすり替えと言われても仕方がない。
同時多発テロ(01年9月)の前から、共和党強硬派やネオコンサーバティブ(新保守主義)人脈の間にイラク攻撃の構想があったのは周知の事実だ。「9・11」後、大統領の恐怖心と復しゅう心が、その構想と深く結びついたことは想像に難くない。アルカイダ掃討という目的が明白なアフガニスタンでの軍事行動と異なり、イラク攻撃が「テロとの戦争」に便乗した恣意(しい)的なものとの疑念が消えないのはこのためだ。ベトナム戦争以来の広がりといわれた反戦運動も、多くの米国民がその危うさを感じ取ったからに他ならない。
21世紀を迎え、国際社会は協調時代の新しい秩序作りを目指し、米国には超大国としての中心的な役割が期待されていた。「9・11」はそれをゆがんだ姿に変え、イラク戦争を経て、米国のユニラテラリズム(単独行動主義)は加速の一途だ。そこに現れたのは、米国の都合次第で核の先制攻撃さえ起こりかねない不安定な世界である。だが、一連の情報操作疑惑は、強引な戦争路線の「ほころび」をうかがわせる。
大統領は先日、生物兵器移動実験室の可能性があるとされる2台のトレーラーを指して「すでに大量破壊兵器を発見した」と強弁した。生物・化学兵器の関連物質も確認されない時点での発言に、ワシントン・ポスト紙も「米国の信用性を疑わせる」と社説で厳しく批判。さすがにブッシュ政権は軌道を修正し、捜索を継続する考えを強調した。
疑念をぬぐい去るためにも米政府は情報操作疑惑に正面から答え、国連査察チームを復帰させて大量破壊兵器開発の「証拠」の捜索に全力を尽くすべきだ。イラク攻撃の「正当性」の証明は、まだ終わっていない。
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■写真説明
5日、米下院司法委員会で、資料を示して情報操作の疑惑を否定するアシュクロフト司法長官=AP
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