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2003/03/27 毎日新聞朝刊
[社説]中東の民主化 押しつけられる米国の価値
<イラク戦争と世界>
 米英軍のイラクに対する武力攻撃に対して、アラブ諸国では民衆の抗議行動が繰り広げられている。一方で、アラブの指導者たちは、事態の成り行きにじっと息を凝らしている。ブッシュ政権がイラク戦略の延長に中東全体の民主化を視野に置いているからだ。
 ブッシュ大統領が中東地域民主化を鮮明に打ち出したのは先月26日に行われた保守系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」での講演だった。
 フセイン独裁政権を倒し、民主化されたイラクは、中東地域の国々にとって劇的な自由の実例になる、との認識に立ち、「イラク解放」の先を見据えた構想を示した。日本とドイツを例に挙げ、米軍占領の後には(民主的な)議会と憲法が残ったとして、イラクもこの例にかなうはずだとも述べた。
 米国流の民主主義的価値観への絶対的な自信の表れであり、この価値観を民主化されたイラクから中東全域に押し広げようとする意気込みである。
 確かに中東地域を見渡すと、民意を反映した議会を持たず王族支配を続ける国家や、大統領独裁に近い国家が多い。しかし、だからといって米国の価値観の押し付けが通用するはずがない。一つ間違えば、イスラム社会全体との対決という事態を招きかねない。ただでさえ中東諸国ではブッシュ政権のあまりにもイスラエル寄りの姿勢に不信感が強まっている。
 中東民主化構想にはブッシュ政権に強い影響力を持つネオ・コンサーバティブ(ネオコン、新保守主義)の考え方が色濃く反映されている。ネオコンを貫いているのはイスラエル支持だ。イスラム社会から見れば、中東の民主化とは、つまるところ親米・親イスラエルの秩序づくりではないかという疑念も起きよう。
 イラク開戦で一層盛んになった中東各地での抗議デモは、ブッシュ政権の十字軍的な傲慢(ごうまん)さに向けられている。一方で、これらの国々の政府の多くは、親米政策を掲げ、米国からの経済支援を政権維持のテコにしている。民衆の反米デモが反政府デモに転化する危険性を秘めているのだ。
 民主的な政権交代を実行しているトルコが、のどから手が出るほど欲しい米国からの巨額の支援を放棄してでも米地上軍を拒否したことは示唆に富む。政府が米地上軍受け入れを強行した場合、政権基盤が揺らいだかもしれない。
 中東各国の指導者たちは、米政権の民主化構想に刺激され、何らかの国内改革に着手する必要性に迫られている。しかし、改革の中身と進展次第では、自らの政権維持構造を崩しかねないという深刻なジレンマに陥るだろう。
 中東地域での改革定着には、米国だけでなく国際社会がアラブの人々の心をつかむ努力を続ける必要がある。パレスチナ問題解決への明確な道筋も急がれる。イラク戦争によってこうした展望が閉ざされることがあってはなるまい。
 
 
 
 
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