2003/01/08 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い/7 「札束」使い国連外交
◇経済援助で途上国に圧力
「対イラク戦争は避けられないと思いますか?」
司会者の問いに、約30人の出席者のうち20人近くが手を挙げた。昨年12月中旬、ワシントンの民間研究機関で開かれた安全保障に関する非公開の会議。出席したのは、米国防総省など主要省庁の高官や専門家たちだ。
この会議で、途上国援助を担当する国際開発局(USAID)のナツィオス局長が新たな外交戦略を説明した。
「今後、米国はODA(政府開発援助)を5割増やす。人権など米国的基準を守る国には援助を増やす。さもなければカットする」
比類のない軍事力で世界をにらむ一方、途上国を米国になびかせるため「札束外交」を駆使する。出席者には、この発言が新たな帝国主義戦略の始動と映った。ブッシュ大統領は昨春、ODAを3年間で50億ドル(約6000億円)増額する方針を表明している。
12月9日、ニューヨークの国連本部ビル。安全保障理事会の議場に近い「ブルペン」と呼ばれる記者だまりは、世界のメディアでごった返した。前夜、国連本部に届いたイラクの大量破壊兵器申告書を米国が真っ先に入手し、世界に波紋を広げていた。
非公式協議が続く議場から時折、大使らが姿を見せる。「なぜ、米国だけが先に入手できたのか」。記者団の質問に大使たちは肩をすくめ、無言で立ち去る。その中で、黒いコート姿の外交官が一部記者団に内情を明かした。「ワシントン(米政府)と各国首都のやり取りがあった。議長国のコロンビア(非常任理事国)が最後にOKした」
申告書をいち早く見たい米国が、先行入手に向けて猛烈な外交を始めたのは12月6日だった。パウエル国務長官がコロンビア、ロシア、フランスなどに電話をかけて関係国を説得した。1万2000ページもの申告書のコピーには時間と機密性が必要だ。この難しい作業を「米国が肩代わりした」と米側は主張する。
協議終了後、コロンビアのバルディビエソ大使が記者団の前に立った。「米国の先行入手は援助と関係ないのか」と厳しい質問が飛ぶ。コロンビアは米国から麻薬撲滅対策として02年に3億8000万ドル(約450億円)を受け取り、今年は4億3900万ドルに拡大する見込みだ。同大使は「議長としての責任を果たしたまでだ」と気色ばんだ。
だが、疑問は残った。安保理構成国が米国の先行入手を許したのは、本当にコピー作業上の問題なのか――。
昨年11月初め、非常任理事国モーリシャスのクーンジュル国連大使が本国に一時召還される騒ぎがあった。安保理が同月8日、イラクに大量破壊兵器査察の全面受け入れを求める新決議1441を全会一致で採択する直前の出来事だった。同大使は決議には慎重な姿勢を見せていた。
関係者によると、モーリシャス政府は、米政府から「大使が新決議案に十分な支持を示していない」との抗議を受けていた。大使を召還したモーリシャス政府は同月6日、「我々は最初から米国案に賛成していたのに、国連大使が訓示を守らなかった」とする異例の外相声明を出した。
インド洋に浮かぶ島国・モーリシャス(人口約120万人)は、米国の後押しで安保理入りした。米国には「アフリカの成長と機会に関する法」という援助法があり、モーリシャスは米市場での特恵待遇を得ている。この法による恩恵は「米国の安全保障を損なう国」には与えられない。逆らった国は、法の適用除外を覚悟しなければならない。
国連外交をウオッチするNGO「政策問題研究所(IPS)」のフィリス・ベニス研究員は「モーリシャス政府は援助中止を恐れて、国連大使を召還した。米国は今や援助カットで世界を脅せるようになった」と指摘する。
一方、ブッシュ政権の強気の外交を支える新保守主義(ネオコン)の実力者、フランク・ギャフニー元国防次官補は「国連を動かすには、米国は単独でも行動すると国際社会から見られることが重要だ」と強調する。
あまりにも巨大になった米国。その影が国連の存在感をかすませていく。
(「民主帝国」取材班)=つづく
◇安全保障理事会
国際平和と安全の維持を任務とする国連の主要機関。紛争や侵略に対する行動の勧告、経済制裁の要請などの権限があり、加盟国は安保理の決定に拘束される。米国、英国、フランス、ロシア、中国の常任理事国5カ国と非常任理事国10カ国(任期2年)で構成する。決議採択には計9カ国以上の賛成と、どの常任理事国も反対(拒否権行使)しないことが必要。
■写真説明
国連本部前ではためく星条旗=ニューヨークで、加古信志写す
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