2002/12/30 毎日新聞朝刊
[民主帝国アメリカン・パワー]第1部 イラクとの戦い 米国民は議論不足
◇9代の政権を取材、ヘレン・トーマスさんに聞く
◇イラク攻撃、非論理的−−違う「敵」作り上げては殺す
ブッシュ米政権が想定する対イラク軍事行動はさまざまな波紋を広げている。対アフガニスタン攻撃に続き、再び垂れこめる戦雲の下で、米国民やメディアは何を考えているのか。ホワイトハウス詰め記者として、9代の政権を取材してきた女性ジャーナリスト、ヘレン・トーマスさん(82)に聞いた。
(ワシントン國枝すみれ、写真は加古信志)
――対イラク戦争は回避できますか。
戦争のにおいを感じる。イラクをにらんだペルシャ湾への軍隊や戦闘機の派遣は口先だけの脅しではない。イラクが大量破壊兵器の開発問題で、どう対応しようと関係ない。米国はすでに戦争することを決めている。ひどいことだ。
――イラク攻撃は正当性がありますか。
湾岸戦争後の過去11年間、イラクは完全に封じ込められてきた。米国はイラクの動きはすべて把握している。大量破壊兵器をめぐる議論はひどいものだ。世界で8カ国が核兵器を保有しているが、これらの国は「脅威」とされず、いつか持つかもしれないという程度の国が「最大の脅威」になってしまった。全く論理的じゃない。
――米国社会のムードをどう説明しますか。
米国民はイラクのフセイン大統領が敵だと思い込まされ、戦争は不可避だと受け止めている。なぜ今戦争する必要があるのか? 米国民はその疑問を持つべきだ。
私は多くの戦争を見てきた。敵として戦った相手は、すべてかつては米国の友だった。米国は違う敵を作り上げては罪のない市民を殺してきた。しかし、戦った相手は本当の敵だったのか? 米国民はこういう議論をすることを嫌がる。
――対イラク戦をめぐるメディアの状況は。
ホワイトハウスでの記者会見制度は重要だが、メディアは今、政府に強く影響されている。ジャーナリストが悲しいほど単純になっている。
――対イラク戦は米国にとって何のための戦いでしょうか。
英国の歴史家は「永久の友好国などない。永久の権益があるのみだ」と語った。米国にも見事に当てはまる。米国の永久の権益とは油、権力などだ。
でも、米国は世界のいじめっ子になってはいけない。私が愛する米国は、そんな国ではないはずだ。
◇ヘレン・トーマスさん
ケネディ政権以後、ホワイトハウス詰めの記者を務め、記者会見では大統領が敬意を表して最初に指名することで知られる。00年に57年間勤務したUPI通信社が買収された後で退社、コラムニストに転身した
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