V 出前授業の意義
1 身近すぎる地域の伝統文化
中学生の感想にある、「初めは、たらいぶねかーと思ったけど、いろいろ知らない事とか学べて良かった。」や「あまり意識していない」「特別な思いはなかった」などに代表されるように、多くの中学生が、身近すぎる「たらい舟」を学習対象として考えていなかったようである。小学校の五島節子氏の授業後の感想では「子どもたちにとっては、当たり前すぎるので、なおさらしっかりと受け止めていかなければならないと思いました。土地の人がたらい舟を廃れさせていくといくということは、漁業も廃れていくということですよね。その土地のひとたちが大事にしていくことが大事で、将来をになう子どもたちが勉強をしていくことはすごく大事だと思いました。」とあり、実際に「たらい舟」を使用している本地域の児童生徒を対象に授業ができたことは意義深かったと考える。小学生、中学生の授業後の感想には「改めて知った」「初めて知った」「ぜんぜん分かっていなかった」等の感想が多く、たらい舟の文化の奥深さに気付いてもらえたと思う。身近な地域の伝統文化に対しては、特別な地域を除いて、本地域の児童生徒のごとくの認識と考えられる。日本の地方の伝統文化については、今回のダグラス・ブルックス氏の指摘のように外国人から評価を受け、時には後継者として継承に関与している場合も珍しくはない。また、身近な文化を理解し、誇りを持つことが国際理解を行う上で重要とされている。
この身近な文化の理解を図るために、他地域の人物による相対化という作業が必要となる。
2 他地域の人物による相対化
環境教育を実際に森の中で実践する川嶋直氏は、「風土」という言葉の解釈について次のように紹介している。「風土というものは、土の人と、風の人によって培われていく。土の人とは、その土地で生まれ、その土地に還っていく人。風の人とは、風のように現れ、風のように去っていく人。風の人がその土地の、他の土地とは違う素晴らしさを語り、土の人がそれを引き取っていく。昔で言えば、薬売りとか旅芸人。ぼくらは、こういう風の人の役割もはたせるのではないかと思い始めている。」すなわち、本実践における筆者が、風の人の役割となり、深浦地区の素晴らしさを語り、児童生徒がそれを受け止めていくことである。
今回の実践を通して、学校現場における身近な地域の伝統文化を学習する上で重要になる点を列挙してみたい。
まず、第一に、博物館をはじめとした校外の人材を有効に活用すること、である。授業後の5年生児童の礼状では「D夫 9月13日にタライ舟の伝統を教えに、歴史博物館の方が来ると先生から聞いていてドキドキしていました。 下略 」「A子 私は、5年生が、新潟県立歴史博物館の田中先生にたらい舟の授業をしていただくと聞いて、びっくりしました。」等、似たような思いで筆者を待ち受けた児童が数名いたようである。島外から訪れた博物館職員が、これまで「普通」と認識していた意識をひっくり返すように働きかけた点が、身近な文化に対する児童生徒の評価の重さを与えたのではないかと考える。
VI おわりに(たらい舟の文化の将来)
ダグラス氏によれば、和船の職人は全国で7名、すべての方が高齢で、弟子は3名(1人はダグラス氏)しかいないという。地域の伝統文化も、過疎化や近代化、中央志向の価値観等により、消滅しつつあるものも多い。しかしながら、時代が変わろうとも、たらい舟のごとく地域の地形条件に最も適合したものは、存在価値を失わない。現に復活しつつあるたらい舟作りへの期待は大きく、購入希望も多いという。たらい舟職人が著しく減少した時期から、半永久的な使用を模索し、たらい舟にFRP加工することが流行した。現存するたらい舟の99%は、それである。たらい舟は、佐渡観光の目玉の一つとなっているが、現実の小木半島の漁師の生活必需品としての姿は、知られていない。
児童生徒にとっては、観光の仮の姿と現実である生活の糧を得るための道具という姿を直視しつつ、それが、あまりにも日常的なものとして評価や学習の対象にならなかったのである。また、大人達も後継者難とたらい舟職人不在により、近い将来の消滅を受け入れざるを得ない現実として観念しているのである。そのような状況のたらい舟の文化や技術を地元民が高く評価しないのも無理はない。
今回の出前授業によって、児童生徒が、少なからず「たらい舟」そのものや「たらい舟」の文化のすばらしさに気付いてくれたものと信じたい。将来を担うこの児童生徒たちが、誇りを持って自分たちの身近な伝統文化を継承してくれることを願うばかりである。
たらい舟復活への道は、厳しいことは事実である。いくらかの需要は見込まれるものの、材料費の高騰もあり、10年ほど前の2〜3倍の価格となり、買い換えを促す状況にはならないのかもしれない。タガの掛け替えも含め、産業として成り立つことは困難といえよう。幸い仕事の第一線から退いた人たちが、復活を願い技術の修得に励んでいることが救いである。文化の伝承が行政の音頭取りから、自主的な活動に変わりつつある。そのような流れに児童生徒も少なからず関わり合えるようになれれば、将来的な展望は明るいものとなろう。
VII 藤見中学校での講演
指導者:ダグラス・ブルックス氏 田中 和徳 アシスタント:藤見中職員
1 講演の概要
(1)「木にたくす心」特別授業について
−米国人和船研究者ダグラス・ブルックス氏と博物館職員による出前授業−
○日時 1月31日(金)13:30から15:20
○新潟市立藤見中学校 武道場(2年生163名)新潟市小金町3−5−1
ダグラス・ブルックスさんからは、佐渡のたらい舟職人がいなくなることを憂えて、最後のたらい舟職人(故藤井孝一さん)から、技術を習得し、それを海外や県立歴史博物館で紹介したり、佐渡の鼓童財団とともに記録に残そうと努力している点を生徒に訴える。
ブルックスさんの取り組みを博物館職員の立場から支えてきた田中は、「復活! たらい舟」のプロジェクトと中心に、たらい舟にかかわる伝統技術について、自主制作ビデオを使いながら(日本財団助成)解説する。
アメリカ人のブルックスさんが、真剣に日本の和船の技術を学び、記録しようと活動することになった理由やそこまで彼を惹きつける日本の木の文化・木を加工する技術の奥深さについて、実物や映像を折り曲げながら紹介する。
(2)特別授業の流れ
1 |
佐渡の話、小木町の自然、たらい舟、たらい舟を使った漁、丸いたらい舟の便利さ、たらい舟の伝説や由来等をビデオ・写真・実物資料を用いて説明する(田中)。 |
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2 |
ダグラスさんがアメリカでしてきたことや、今日本でしていることを語る(ダグラス)。 |
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3 |
ダグラスさんとたらい舟や和船との出会い、日本の伝統技術の現状に対する気持ちや日本で活動をしている理由等を語る(ダグラス)。 |
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4 |
日本の伝統技術について(特に地方の)の危機について補足説明を行う(田中)。 |
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5 |
藤井さんとの出会いや弟子入り時のエピソード、どうやって作り方を修得したか等を語る(ダグラス)。 |
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6 |
藤井さんの製作場面を視聴させる(ビデオ)。 |
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7 |
たらい舟の作り方で難しいところ語る(ダグラス)。 |
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8 |
たらい舟の作り方(タガのこと、木ごろし)について補足する(田中)。 |
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9 |
今日の出前授業の感想を書かせる(荒川)。 |
2 講演後の生徒の感想
<お話を聞く前と後で、あなたの考えはどのように変わりましたか?>
(美術の授業で感想を書いた時と比べて書いて下さい)
○ |
最初は、伝統文化って古いと思ったけど(日本の文化=古い感じ。とか)今日話を聞いて、それはそれで良いところもたくさんあるんだと知りました。あとたらい舟の作り方とかすごくてちょっとびっくりしました。(船って作るのそんなに難しかったの?!)(3姉崎) |
○ |
自分たちが住んでいる地域の文化や伝統などを知ったり、もっと大切にしていかなければならないと思った。いろんなことにどんどん挑戦していこうを思った。(3丸山) |
○ |
日本の文化は別に興味はないと思ったが、ダグラスさんの話を聞いてアメリカやいろんな国から見れば日本の文化はとてもすばらしいと思った。カンナなどを使い、木や竹で作るすばらしさを知りました。ダグラスさんは日本の文化にふれあっていてすばらしいと感じ、ぼくは日本人として尊敬します。(3本間宗) |
○ |
授業の時、たらい舟に乗りたいと思っていて、今日ダグラスさんの話を聞いてますますたらい舟に乗りたくなりました。たらい舟に乗る機会があったらダグラスさんの話を思い出しながら乗りたいです。(3岡村) |
○ |
事前授業で感想を書いたときは、「あまり自分たちに関係ないや」という感じでした。ですが、今日お話を聞いて自分たちが、もっと回りを見て日本のいい伝統を見つけていかないといけないんだな。」と思うようになりました。(3阿部) |
○ |
事前授業では、ただなんとなく文を読んだ感想を書いたけど、今日のブルックスさんと田中さんの話を聞いたら本当に心からたらい舟等の伝統文化はすばらしいと思った。(3佐藤) |
○ |
話を聞く前はたらい舟を作るのは簡単だろうとか、日本の文化なんか気にも留めていなかったけどブルックスさんの話を聞いていると「ああたらい舟って作るの大変なんだな」とか日本の文化を知りたくなった。(3落合) |
○ |
事前授業のときには何で他の国の人なのに他の国のものを学ぶんだろう?と思いました。しかし今日の講演でダグラスさんや荒川Tの話を聴いて「こういうことかぁ」と思う部分がいくつもありました。(3金子) |
○ |
弟子とかいうからもっとかたい人だと思っていた。でも結構面白い人だったし、舟のことを本当に好きなんだなと思った。(3中野) |
講演会全体を通しての感想
○ |
特に興味があったところは「盗み稽古」の話で長年それでよく続くなと思いました。きっとダグラスさんのように熱心な後継者がいるから続いているんだと思います。それが日本人に少ないというのが残念です。
今日に講演を聴いて、日本の文化への見方も変わったし、ダグラスさんのように何かに夢中になれることはすばらしいと思えました。そしてもっと日本の文化を大切にするべきだと思いました。(3姉崎) |
○ |
授業でプリントを通してブルックスさんの事を知った時は、なんでたらい舟に興味をもったのかな??と不思議に思いました。でも講演会を聞いて日本人があまり知らないような事まで知っていたり、普段忘れているような日本の文化まで分かっていたりと本当 にすごいと思ったし、自分の育った文化と全然違う文化の国に来て、新潟の人も忘れているようなたらい舟を作ろうと思ったブルックスさんは(マジすごい!)とてもチャレンジャーだと思いました。(3丸山) |
○ |
「千と千尋・・・」にもたらい舟が使われていたんだなあと改めて思った。ダグラスさんは見ただけで(師匠が作っているのを)作れるなんてすごいと思う。最初に田中さんがいろいろ説明してくれた時の、竹の先が割ってあるのとか、金具(引っかけるやつ)をもってたらい舟に乗るなんてすごいなあと思った。一度たらい舟にのってみたい。(3柴山) |
○ |
ダグラス・ブルックスさんと田中さんの話を聞いて、日本の文化がとてもすばらしいと思いました。わざわざ私たちのために遠い所からたらい舟をもってきて藤見中学校に来て下さってありがとうございました。作り方や日本の文化のすばらしさを教えて下さってありがとうございました。また機会があったら藤見中学校に来て下さい。(3本間宗) |
○ |
最初「千と千尋・・・」のビデオから始まっていろいろなビデオや写真を使って説明して下さったのでとても分かりやすかったです。(3岡村) |
○ |
ダグラスさんは、本当に日本の木について関心をもっていて私自身日本人として伝統文化についてもっと知っていかなければ、日本には伝統文化は消えていくと思いました。
これからも日本の伝統を受け継いで下さい。がんばって下さい。(3高津) |
○ |
教えてもらうのではなく、自分の目で見て感覚で作り方を覚えていくなんてすごいなと思いました。自分なら絶対に途中で投げ出してしまいそうで真似できるものではないな と思いました。あと「自分で何か見つける。」という言葉を聞いて、今度から回りに目を向けていって、その「何か」を見つけられたらいいなと思います。(3阿部) |
○ |
たらい舟は映画で使われていることと、こぎ方にコツがあるところがとても興味深かった。ビデオのメッセージで心で話すっていうのが心にしみた。その言葉と写真(藤井さんと写っている)を見ていると、ブルックスさんは藤井さんの心からいろいろ教わったんだなと思った。外国でもこういう日本の文化が取り上げられているのがなんだかとてもうれしかった。講演会を見て、聴いて本当に良かったと思う。(3落合) |
○ |
事前授業の時はあまり関心がありませんでした。しかし、ダグラスさんや田中さんの話を聴いているうちにどんどん関心が高くなっていきました。私なら他の世界のすばらしいものに興味をもってもそこの人のところには「弟子入り」はしないと思いました。そういう一面とか他の面とかでもダグラスさんはすごい人だと思った。そしてこれからも他の国の人ではあるけれど、そういうのを気にしないで日本の良い物をどんどん作ってほしいです。(3金子) |
○ |
まずたらい舟の大きさにびっくりした。そして「盗み稽古」というのでダグラスさんはたらい舟の作り方を覚えたと聴いてびっくりした。あと田中さんとダグラスさんを結びつけたのは、荒川Tだったこともびっくりした。(3中野) |
<質問・その他>
○ |
ダグラスさんは初めてたらい舟を作ったとき、一つを作るのにどのくらいの時間がかかったのですか?(3柴山) |
○ |
ダグラス・ブルックスさんにとって日本の文化とは何ですか?(3本間宗) |
○ |
美術室に来て下さいましたが、私の使っている「ローズ」の木をにおいをかいで、木の種類について知ろうとしていたのかな?そのことがとても印象的で感動しました。(3高津) |
○ |
ダグラスさんは修行(?)の途中で「やめたい」と思ったことはないのでしょうか。(3阿部) |
<謝辞>
今回の事業に対して助成をいただいた日本財団に深く感謝いたします。特に海洋船舶部長の前田さんからは、「未来を託す子どもたちにも理解できるビデオを制作して欲しい」と事業期間中、励ましをいただきました。また担当いただいた酒井さん、吉田さん、柏田さん、高木さん、そして広報部の宗近さんには、たいへんお世話になりました。
長岡まで来ていただいたダグラス・ブルックスさんには、日本人が見落としがちな日本の伝統文化のすごさを教えていただきました。弟子の樋口隆さん、藤井キヨさん、佐藤利夫さん、高藤一郎平さん、坂口良吉、本間勘次郎さん、羽茂町中川教育長さん、小木町役場の越前さん、そして事業を協力して進めた鼓童文化財団の菅野さん、出前授業を受け入れいただいた深浦小中学校及び藤見中学校の職員の皆様、この事業をきっかけを与えてくれた荒川洋子さんに深く感謝いたします。
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