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第11章
ある日のSST風景
 以下は、更生保護施設での筆者のSST指導の実践を紹介するものです。
 SSTの様子をイメージして頂けるように、実際のSSTの会合時の様子をテープにとり、それをもとにシナリオ風に書いてみました。登場する人物の名前は前田以外はすべて仮名で、本人が特定されるような部分は変えてあります。
 
登場する人たち:
SST指導者 前田(女性)
更生保護施設職員 佐々木(男性) コリーダーとして参加
野口(寮生・40代)
工藤(寮生・60代)
田村(寮生・50代)
島村(寮生・50代)新入寮生
小林(寮生・30代)新入寮生
田中(寮生・40代)
川村(寮生・30代)
場所:施設の食堂。事前に寮生によって、テーブルは片付けられ、椅子のみで白板を前に半円形に並べられている。
時間:日曜日の朝9時から10時まで。
 
佐々木補導員「皆さん、おはようございます。今日は新しく小林さんと島村さんが参加されています。後から、自己紹介していただきます。では、前田先生にバトンタッチをします」
前田「皆さん、おはようございます。私は毎月1回ですが、こちらの寮に伺って、SSTをお手伝いしております。今日も、皆さんにお会いできてとても嬉しいです。今朝、始めての方が二人いらっしゃいますが、それぞれ個別にSSTのことは説明を聞いておられますよね?(小林さんと島村さんうなずく)社会の中では、いろいろな人と接していきますが、自信を持って生活していけるように、この場所で、コミュニケーションの取り方を練習しておく、そういう時間です。
 じゃあ、お互いに知り合えるように簡単な自己紹介から始めましょうか。ご自分の言いたいことだけを言う、言いたくないことは、一切言わなくてよい、というのがルールです。あのポスターにも書いてありますが・・・」(リーダー、壁のポスターを指差す)
全員(<SST参加のルール>と書かれたポスターの方を見る)
前田「エーと、今日の自己紹介は、もうすぐにクリスマスやお正月なので、クリスマスといえば、とか、お正月といえば、にひとこと加えて、自分の名前をいいましょうか」(佐々木補導員、席から立ちあがり、白板に{クリスマスといえば}{お正月といえば}と書く)
前田「まず、私からいいます。クリスマスといえば、そうですね。私は大学に勤めていますが、キリスト教系の大学なので、クリスマスの季節には大学全体が綺麗に飾られ、とても華やかな気分になります。前田ケイといいます。どうぞ、よろしくお願いします」(佐々木補導員、拍手する、他の人も佐々木氏に続いて拍手)
前田「では、お隣りの野口さん、どうぞ」
野口「そうですねえ。クリスマスはやっぱり、サンタクロースとか、贈り物とか。楽しみの一つですよね。一年間の」
前田「信じてました?子どもの時、サンタクロースを」
野口「あ、信じてました」(笑い)
佐々木「お名前を」
野口「ああ、野口です」(一同拍手)
田村「えーと、田村です。クリスマスというとやっぱり、ツリーですかね。とりあえず、よろしくお願いします」(一同拍手)
島村「エー、島村です。クリスマスっていうと、何ですね。いつも、家族と一緒に過ごしてましたが。去年、はじめて家族以外と過ごす事になりまして。まあ、一応、就職のほうもできて、あのー、前の関係で使ってもらえるようになりましたので、後は妻と子の住むところを大至急探すって事ですね。以上です」(一同拍手)
小林「クリスマスというと、ここ3年ばかり、淋しいクリスマスを送っていたので。でも、年内に出られたので、今年は家でゆっくりできるので、まあ、楽しく過ごしたいと思います。先週出てきましたが、月曜から就職なので、これからは、間違いを起こさないように生活していきたいと思います」(一同拍手)
田中「エー、クリスマスは、あまり、小さい頃から、まあ、そういう思い出っていうのはあまり無いんですけれど。楽しいクリスマスになればいいかなって。田中です」(一同拍手)
川村「エーと、お正月のことなんですが、実家が秋田なんで、昔は秋田に帰って正月を過ごしていました。雪が多いので、正月というと雪でしたが、最近は雪のない正月で、淋しいです」
(以下、まだ和やかな自己紹介が続くが中略。寮生は互いに人の話を聞いている)
 
前田「皆さんのクリスマスやお正月の思い出を話して頂いてありがとうございました。地方出身の方々がいろいろいらっしゃるので、個人的にもめずらしいお雑煮のことなど、もっと聞いてみたいなあ、と私は思いました。
 では、これから、人の話を聞き、それをグループに紹介する、という練習に入りたいと思います。皆さんがそれぞれ、二人ずつ組になって、さっきの話の続きを相手に話したり、聞き手は相手に質問して話を発展させたりしましょう。その後、自分が聞いた話をグループ全体に、紹介していただきます。では」(とリーダーは席から立ち上がり、それぞれの人たちに近寄って「あなたとあなた」と手で示しながら、二人組を作るように伝える)
前田「ちょっと、お互いに話しやすいように向き合ってみましょう。それで、二人でもっと、お正月の事など、話してみましょうか。では、どうぞ!」(一同、それぞれ話し出す)(4、5分経った頃に)
前田「はい、楽しそうにお話しが弾んでいましたね。ちょっと、ひとりずつ、相手から聞いた話を一つだけ、全員に紹介していただけますか?」(全員、椅子を動かし、リーダーの方を向き、一つの輪になる)
川村「田中さんの話ですが、ミニスキーの話しが印象に残りました。多分、皆さんは知らないと思いますが・・・」
佐々木「知ってます」(笑い)
川村「長靴にただ、こう、つけて・・・あの」
島村「青と赤の2種類しかない」
前田「あ、そうなの?みなさん、よく知ってるんですね」(笑い)
小林「私の相手の話しは食い物ですね。広島の雑煮に牡蛎が入るそうで、初めて知ったんですよ」
前田「ええ」(うなずく)
小林「ちょっと、興味あって、食べてみたいですね」
前田「ほんと、そうですね」
小林「でも、あんまり、おいしくないみたいで・・・」(一同、笑い)
(リラックスした雰囲気で相手の話をグループに紹介することが続く。中略)
 
前田「皆さんの楽しそうな顔、ビデオに撮りたかったです。いいお話でしたね。さて、話しがお正月のことになりましたが、どうでしょうか、お正月というと。お正月といえば、家族と会うとか、勤め先の人と会って新年の挨拶をするとか、ちょっと、いろいろな人に会う、特別の季節だと思います。自分がこういう人にこんな話をうまくできたらなあ、という願いはありませんか?」
小林「やっぱり、私の場合、親が怒っているんですよ。この前、住民票を移しに市役所が家に近かったから、顔出しに行ったんですけど、やっぱり、怒ったまんまで。もうお前とは親でも子でもない位のことは言われて。まあ、時間はかかるんでしょうけれど、いずれは和解して。切り出し方っていうのは、いきなり、申し訳ありません、すいませんって、言ったってやっぱり向こうにしてみれば、こう、言葉で言ってるだけで。」
島村「理解してもらおうとか、認めてもらうというのは一番むずかしい。初めは知ってもらうって事しかできないと思うんですよね。期待しないほうがいい。それを期待していくと逆の面が出ちゃう。立ち直れない・・・」
小林「逆の面って?」
島村「期待しないこと、理解してもらえないってこと」
小林「期待しないって?」
島村「期待は持たない。この後、どうなるのかは、もう自分次第だし、自分が10年、20年経ったときに、まあ、そんなことがあったね、とすめばいい」
小林「長いですね」
前田「他の人の考えも聞いてみましょうか?」(と、ほかの人達のほうを見る)
工藤「私の場合は、まあ、怒ってくれる人がいないんで。直接には、関係ないって言えばないんですけれど」
前田「小林さんは、親御さんにどう言えばいいのかって、悩んでおられますが、何か、工藤さん、小林さんに助言がありますか?」
工藤「それは、難しい問題だと思いますけどね。そのまま話して、すぐ、うち解けてくれればいいですけどね。やはり、時間が必要でしょうね」
前田(川村さんがリーダーの方を見ているのに、気づいて)「はい、川村さん、どうぞ」
川村「あんまりうまく、言えないかもしれないけれど。人間には感情の起伏というのがありますし。やっぱり、誠意というのは、時期があると思います。だから、もう本当に一生懸命に、毎回、毎回、例えば、思い出してもらう、年賀状を出すとか、あの、例えば、贈り物をするとか、変な意味でなく」
前田「はい、自分の気持ちをね」
川村「少しずつ、少しずつ、相手の気持ちをほぐしていく、そういうやり方も一つの方法じゃないか、と思います。ま、私の場合も、親父を説得するために、ここに入ってですね、自分の誠意を持って付きあっていくっていう感じです」
前田「はい、わかりました。ちょっと、小林さんにお聞きしたいんですが、小林さんはご家族のなかで、一番、会いたい人は誰?」
小林「母親かな」
前田「お母さんね。そしたらね。お母さんの気持ち、考えてみましょう。すごく、複雑じゃないかなって、思うのね。気持ちは一つじゃないんじゃないか。皆さんで、考えてみましょう。小林さん、お母さんはおいくつ?」
小林「60?ううんと、60いくつかなあ、真ん中くらい。申し訳ありません」
前田「いいわ、60の真ん中くらい。あなたがこれからは迷惑かけないって、お母さんに言った時、お母さんはなんて言われたの?」
小林「とりあえずお前とは親子の縁を切る」
前田「親でも子でもない。あなたを拒否しているお母さんね。ちょっと、野口さん、協力してください。ここに立ってください。野口さんにお母さんの否定している気持ちを代表してもらいます。<知らないよ>とあなたに背を向けている。」(野口さんが部屋の真ん中で、小林さんに背を向けて立つ)
前田「その他、お母さんにはどんな気持ちがあるでしょうね。気がつく人がいたら、おっしゃって下さい」
工藤「やっぱり、親から見れば、子供は所帯持ったって、子供は子供ですからね」
前田「すると?」
工藤「やっぱり、ありますよ。その、なんと言うか」
前田「可愛いとか、忘れてないとか?」
工藤「そうです。そういう気持ちありますよ」
前田「じゃあ、工藤さんお願いします。ちょっと、この<知らないよ>という気持ちの後ろに隠れて立ってくれますか」(工藤さんが席を立ってきて、野口さんの後ろに背をかがめて立つ)
前田「ほかに、どんな気持ちがありますでしょうか?」(みな、首をかしげている)
前田「私は、ちょっと、考えてみると、世間様の手前、すぐには受け入れてはいけないんじゃないか、と身を引いている気持ちがあるかな、と。もう少し、待ってよ、人の手前。という気持ちはどうでしょうか」(田中さんがうなずいている)
前田「田中さん、ちょっと、協力してください。この気持ちは可愛いという気持ちにくっついているので、ここに立ってください」(田中さんは身をかがめている工藤さんの横に立つ)
佐々木「やっぱり、まだ、子供は若いから、親は心配かなあ」
前田「ええ、まだ、若い小林さんの将来が心配でたまらない気持ちがお母さんにある、ということですね」(佐々木さんは田中さんの隣に立つ)
前田「60台の半ば、65歳というと世間じゃ、老人に数えられる年ですね。自分は年をとってきているのに、これから、息子はどうするのか、心配だなあと」
川村「自分の生活だけで精一杯、息子のことも養ってあげたいけど、自分の体もそう若くはないし、自分のことだけで手一杯って、気持ち」
前田「うん、うん、そう言う気持ちもあるかも。ちょっと、川村さん、こちらにきて」(川村さんは佐々木さんの隣に並ぶ)
前田「そのほかに、泣きたい気持ちありませんか?口では強いこと、言ってるけど、泣きたい気持ち。どう、ありませんか?」(と小林さんに聞く)
小林「そうだといいですね」
前田「見て下さい。小林さん、お母さんの気持ち、複雑ですね。こんなにたくさん(と、立っている5人を見渡し)気持ちは一つではないわね。口でいうことは一つでも」
小林(みんなを見渡して)「そうですね」(と、うなずく)
前田「小林さんは、お母さんに話をするとき、どの気持ちに光をあてて、話をしたでしょうか。たとえば、この心配の気持ちを考えると、お母さんの身体のこととか、仕事の様子なども聞いてみるとか、出来たでしょうね」
小林「そうですね。親の心配をするよりも自分のことを言うので精いっぱいでしたからね。気遣いできなかったですね」
前田「ええ、ええ、いいのよ。時間がかかりますからね。皆さん、どうもありがとうございました。ちょっと、お席にもどって下さい」(一同、席に戻る)
 
(前田は、小林さんの隣に座って話し掛ける)
前田「小林さんが、お母さんを気遣うとするとどんなことが言えるでしょうか?」
小林「うう〜ん。三年近くも家を空けていて。血圧が高いんですよ。言われて気づいた部分もあるんですが、身体のことね。ううん、むずかしいですね」
前田「ちょっと、私と椅子代わってくれます?私が小林さんの代わりに言ってみますから。お母さんのこと、なんと呼んでいらっしゃるの?おふくろ?」
小林(うなずく)
前田(モデリングをみせる)「おふくろ、前から、血圧のこと、オレ気にしていたけど、最近血圧どうお?」
小林(じっと、見ている)
前田「こんなでいい?」
小林(うなずく)
前田「では、椅子代わりましょう」(前田は前の席にもどる)
前田「今度は、私、あなたのお母さんになります。私に気遣って話してください」
小林(ロールプレイで)「おふくろ、最近、血圧はどう?」
前田「あ、相変わらず薬はのんでるよ」
小林「オレが迷惑かけたからね。これからは真面目にやるよ」
前田「お前のことを考えただけでも血圧がもっとあがるんだよ」
小林「とにかく、これからを見てほしいんだ」
前田(立ちあがって、みんなを見渡し)「立派でしたね。小林さん、ちゃんと、お母さんの顔をしっかり見て言ってくれました。すばらしかったです」
小林「恥ずかしいですね」
前田「とっても良かったですよ。ほかの人にも良かったところ、言ってもらいましょう」
島村「真剣でした」(と、前田のほうを見て言う)
前田「どこで、その真剣さが伝わりましたか?」
(佐々木補導員は、白板に小林さんの良かったところを発言に従って書いていく)
島村「これからを見てくれ、とはっきり言っていました」
前田「その通りでしたね。それを小林さんに伝えてくれますか?」
島村(小林さんに向かって)「自分の気持ちをしっかり、言葉にしていたのでよかった」
前田「ほかにどこがよかったでしょう?」
工藤「最近、血圧がどうと身体のことを気遣っていったのよかった」(と小林さんに伝える)
前田「田中さん、小林さんは、お母さんがおまえのことを考えると血圧があがるよ、といっても、すぐ、怒ったり、喧嘩したりしなかったのはよかったですよね。どうですか?」
田中「そうですね。いやみに聞こえても我慢して、これからの自分を見てほしいと真剣だったのがよかったです」(と小林さんに伝える)
前田「ほんと。小林さん、とてもいい練習をしてくださったので、皆さんの参考にもなったと思います。小林さん、ちょっと、あの白板にあなたのよかったところがたくさん書いてありますね。(小林さんは白板のほうを見て、書かれたことを読んでいる)小林さん、お正月に帰られるので、実行する機会があるでしょうね」
小林「やってみます」
前田「ぜひね。では、ありがとうございました。(全員大きな拍手)では、次の人の練習に移りましょう」
(この後、別の人も勤め先での正月の挨拶の練習をするなど、個人練習がつづく、中略)
 
前田「それでは、時間が来てしまいました。皆さんに一言感想を言っていただいて終わりにしましょう。私から言います。今日は全員の方が積極的に意見を言ってくださって本当に嬉しかったです。小林さんの練習はとても大事な課題で、これからもどうやって、身近な人達との関係をもう一度作り直すか、みんなで真剣に考え続けたいと思いました」
野口「今日は、本当によかったです。たくさん話ができて」
川村「勉強になりました。みなさんの考えも聞けて」
島村「つい、つい、自分の意見をたくさん言って、すみませんでした」
(と、小林さんのほうを向いていう)
小林「とんでもないです」
工藤「今、私の場合は親、兄弟はいませんが、普通、家のことあまり、思い出さないけれど、こういう話がでて、ふるさとを思い出しました。ありがとうございました」
田村「初め緊張していましたが、ええ、楽しかったです」
小林「とにかく、SSTというのに初めて出席して、どういうことをやるのか、私も緊張していましたが、ええ、気持ちも軽くなって、やっぱり、コミュニケーションというのがとても大切だなって、じみじみ思います」
田中「今日はとっても良かったです。切実な話ができて、いい練習でした」
佐々木「皆さん、すばらしい仲間だなあ、と感動しました」
前田「皆さん、本当にありがとうございました。これで、今日のSSTを終わります」







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