日本財団 図書館


10. 将来燃料油の燃焼特性計測装置用高精度燃料ポンプの調査研究
(株)ディーゼルユナイテッド
 
1. 調査研究の目的
 船舶による海上輸送は世界交易の90%以上を占め、消費するエネルギも多大なものとなる。ここに経済原則が導入され、残渣油の利用や陸上廃油の舶用燃料への混入などが促進された。この結果、大気汚染や舶用機関のトラブルの増加が助長された。
 特に海上輸送の主力であるディーゼル機関のスカッフィングは、被害が甚大であり運航経済を圧迫する大きな要因となっている。
 燃料の燃焼性に起因するスカッフィングを予測防止するには、燃焼後期の火炎の観察が不可欠となる。しかし既存の燃焼試験装置は、燃料噴射の精度が悪く火炎観察の基準がバラツクので、適正な観察が出来ずにいる。予測に不可欠な燃焼試験の信頼性を向上させるには、燃焼の起点となる燃料噴射の精度を向上させる事が必要である。
 本調査研究は、スカッフィングを引き起こす燃料を使用前に予測する事を前提とし、これに適した燃料ポンプを開発する事を目的に実施する。
 
2. 実施経過
2. 1実施項目
 本調査研究では、以下の項目について実施した。
(1)燃焼解析用精密燃料ポンプの基本機能調査
(2)燃料ポンプ内圧力変動の要因解析
(3)燃料ポンプの設計
 上記因子解析に基づき、圧力変動を最小化した燃料ポンプを設計した。
(4)FIA装置を用い、小形燃焼解析装置の問題点を再確認した。
(5)試験装置の改造
(6)改良ポンプ利用のサンプル燃料の燃焼試験
 ポンプ内圧力変動特性の改善の燃焼試験を、九州大学所有の定容燃焼装置(CVCC)を用いて実施した。
(7)燃料ポンプ設計の妥当性の検証等
 最終的に燃料ポンプの設計が、妥当であるかを検証すると共に、平成11/12年に実施した燃焼異常の判定が有効であるか否かを追認した。
(8)試験装置の試設計
 この試験を基に、将来の燃焼試験装置の試設計を実施し、図面を作成した。
(9)とりまとめ及び報告書の作成
 上記の調査研究結果をとりまとめ、報告書を作成した。
 
2.2 実施の方法
 調査研究は株式会社 ディーゼルユナイテッドが受託し、専門事項については、九州大学大学総長 梶山千里、(株)栄和技研 代表取締役森中 博、DNVPS セールスマネージャー 田中 聰の協力を得て実施した。
 
2.3 実施期間
開始:平成14年4月1日
終了:平成15年1月27日
燃焼解析用精密燃料ポンプの基本機能調査 平成14年4月〜8月
ポンプ内圧変動要因解析:燃料性状の影響 平成14年4月〜8月
燃焼試験装置用燃料ポンプの試設計 平成14年4月〜6月
FIA装置による解析 平成14年4月〜9月
試験装置の改造 平成14年7月〜9月
改良ポンプを使用した内圧計測と燃焼試験 平成14年7月〜15年1月
燃料ポンプ妥当性検証 平成15年1月
将来の燃焼試験装置の試設計 平成14年9月〜10月
とりまとめ及び報告書の作成 平成15年1月末
 
3. 実施内容
3.1 燃料ポンプの基本機能
 重質燃料、将来燃料などの着火性・燃焼性判定、燃焼特性解明を目的として、高性能の電子制御燃料噴射システムの開発が急務である。そのシステムに必要とされるのは、高い燃料噴射圧力に加え、以下のような条件である。
・試験装置としての絶対の再現性
・噴射期間中一定噴射圧力(矩形噴射)・・・正確な火炎長さの観察のため
・噴射の切れのシャープさ・・・燃料固有の性質としての後燃えを解析するため
・電子制御による条件設定のフレキシビリティ
 ここで計画されている将来燃料油の燃焼特性計測装置とは、ディーゼル機関燃焼室と同等の高温・高圧の空気中に高圧で燃料を噴射し、噴霧の着火・燃焼特性を実際に計測するものである。燃焼特性計測は、噴霧火炎の高速度可視化を行って火炎長さと燃え切り状況を観察する方法が最も確実と考えられる。さらに簡単な方法としては、より小型化した燃焼室内の圧力上昇から熱発生率を算出して判断する方法もある。図1に前者のための装置の一例を示す。
 平成11〜12年度、日本舶用工業会・舶用燃料油調査小委員会(委員長:高須 績(ディーゼルユナイテッド(株)))では、日本舶用工業会・第2回技術開発調査研究として「舶用燃料油の燃焼特性と低速ディーゼル機関の信頼性に関する調査研究」を行った。そのときに開発された可視化定容燃焼装置が図1である。そのときの研究では、世界のバンカー油の中で機関にトラブルを発生させるような燃焼性の悪い燃料を検出するのに、数ある方法の中で本装置が最も有効な手段と判断された。
 この装置の中で完全ではなかったと思えたのが燃料噴射システムである。先に掲げた燃料噴射システムの必要条件のうち、高い噴射圧力、絶対の再現性、噴射の切れのシャープさはすでに満足されていたが、図1中の噴射圧力波形に不すように噴射期間中一定噴射圧力(矩形噴射)の条件が十分満足されていなかった。本調査研究では基本的に図1に示す構造を生かしながら、矩形噴射つまりフラットな噴射圧力波形の条件を満たすシステムの開発を実施した。
 実際の燃料ポンプの構造を、図2に示す。原理は、カムレス型−間接燃料憤射圧加圧方式−電子制御式燃料噴射ポンプである。ポンププランジャを電子制御の作動油圧で駆動するもので、増圧ピストン効果により30MPaの油圧で80MPaの噴射圧力を実現する。作動油は蓄圧式で、これを作動油圧ピストンの下に取り付けたスプール弁で電子制御する。
 図1に戻るが、設定温度に加熱された燃料が確実に噴射されるように、燃料は噴射直前までノズル先端部を経由して循環される必要がある(噴射直前に循環通路を閉)。そのため図1に示すような循環通路付きの噴射ノズルが使われる。
 
3.2 燃料噴射ポンプ内圧力変動の要因解析と燃料噴射ポンブの改造
 図3に、噴射圧力50MPaをねらった場合の噴射圧力波形を示す。噴射期間は実際の中・低速ディーゼル機関に合わせて25msに設定している。この図はシステム改良の経過を示したものである。以前の研究では(1)のような脈動波形しか実現できなかった。これは作動油の初期の供給圧力が低すぎたのが原因と思われる。一方(2)は今回の失敗例である。これは(1)とは逆に作動油の初期の供給圧力が高過ぎた場合で、明らかに高周波の脈動が発生している。(3)は今回最適化された結果で、ほぼ50MPaの矩形噴射が実現できている。
 ここではさらに、(3)の仕様のまま噴射圧力を60MPa以上に増加してみた。その経過を図4に示す。これによると、(3)の仕様のままでは60MPaを超えると2次噴射が発生した。これについては徹底的な原因分析を行った結果、増圧ピストンを駆動する作動油スプール弁の逃がしライン下流側からの反射波の影響が疑われた。そのため、この逃がしラインに逆止弁(インラインチェック弁)を入れることで2次噴射を防止した。最終的に得られた80MPaの矩形噴射圧力波形を、改善前の脈動の残る波形と比較して図5に示す。
 
3.3 改造ポンプを用いた可視化定容燃焼装置による燃焼試験結果
 図6、7は噴射圧力波形による噴霧火炎の燃焼状況の違いを、高速度撮影で確認したものである。燃料はバンカー油(通常のノントラブル油)で、図6は平均噴射圧力50Mpa、図7は平均噴射圧力80MPaの場合を示す。定容燃焼装置には上下の観察窓があるが、これらは下窓から観察した結果である。図6、7とも、上の列(Conventional)は脈動の残る噴射圧力波形での噴霧火炎(改造前、平成12年度研究の例)を、下の列(Improved)は今回の改造でフラットとなった波形での噴霧火炎を示す。改造前後の噴射圧力波形の比較を図中に示すが、これからも分かるように噴射期間中の平均噴射圧力が改造前後で同等となるように設定している。
 図6、7とも同様の傾向であるが、上の列では燃料噴射開始後15.3msまでは火炎長さが延びているが、16.4msから再び短くなっていることが分かる。図7で特に明らかであるが、Conventionalの噴射圧力波形ではその時期に噴射圧力が低下しており、火炎が短くなる現象はそれと相関があるものと考えられる。一方、フラットな噴射圧力パターンによる下の列ではそのような現象は見られず、噴射終わり((A)では25.2ms、(B)では29.6ms)まで一定に近い火炎長さが観測される。このことは、噴霧火炎の空間的長さを燃料の燃焼特性の一つと考える場合に重要なポイントとなる。
 
3.4 FIA装置による問題点の再確認
 定容燃焼装置(CVCC)は、燃料ポンプの改造のため、燃焼試験に多くの時間を割く事が出来ない。便宜的では有るが燃料サンプルを集めるために、FIAによる試験結果を参考にした。まず国内で一般分析サービスに供されるFIA装置(FIA100−4)を用い、サンプル6ケースの分析と解析を行った。次に、DNVPS の分析の中から、燃焼性に疑問が持たれる貴重なサンプルを選定した。
 図8は、同形主機関を搭載するヨーロッパ航路のコンテナ船から採取された燃料を、FIAl00−4型で分析した結果である。横軸に時間経過と、縦軸に圧力を示している。サンプル数6のデータが示されている。この燃料の燃焼性に起因すると思える損傷は、摺動部には認められなかった。
 FIA装置の燃焼性の良し悪しを判断できる限界は、図9に示す様に「燃焼期間」(Combustion duration)で16ms以上である。採取6サンプルの中で、最も燃焼性が悪いと想像される船舶m/vSo. であっても、燃焼期間が17ms弱である。FIAによる機関損傷を推定出来る限界値に近く、燃焼性についての適否の判断は困難であった。3.3項にも説明したが、機関の異常に結びつく燃焼の判別のためには、燃焼終わりの「後燃え時間」とか「火炎の長さ」などに関連した現象の解析が必要である。FIAによる燃焼圧のデータでは、何時燃焼が終わったかを特定する事が困難である。同じサンプルの試験回数を増してデータを平均しても、それぞれのデータのバラツキが大きく、問題は解決しない。燃焼火炎の確率変動的なバラツキを論じる前の、燃焼火炎が正しく形成されているかの問題である。図8の熱発生率のピークに、サンプル毎の変化が認められるが、これは装置の不適合によるデータの信憑性の低下と、燃料の燃焼性が重複して存在した結果である。燃焼性の試験を行いその比較を可能とするためには、サンプル毎に投入した熱量が、同じである事が要求される。さもないと、比較の基準を定める事が出来ない。このためには、各々のサンプルの時間積分が同じでなければならないが、図8から判断して等量の熱源から発熱が有ったと認識するのが困難である。
 この不適合を是正し、試験に投入される燃料サンプルの熱量を均一にコントロールするには、3.2〜3.3項に紹介した燃料噴射ポンプを含む噴射系の改善が、まず必要であろう。更に燃焼火炎が長くなり燃焼室壁に干渉しない様に、その形状を改善する工夫も必要である。
 図9に戻るが、ここに整理したデータは、平成11〜12年度、日本舶用工業会・舶用燃料油調査小委員会で採取したデータを、本年度の調査研究にあたり整理し直したものである。横軸に燃焼室の燃焼油の燃焼性に起因する損傷の度合を示す。左縦軸は、VCT(九大CVCC)で観察された、「燃焼火炎の長さ」と「後燃え時間」から定義される、「火炎の強さ」(VCT:Burning severity)を示す。両者は、非常に良い相関性をもち、この事からもVCTが、スカッフィングなどを引き起こす異常燃焼を推定する手法としては、優れた物であると、結論付けられた。右縦軸は、FIAに関する「燃焼期間」(Combustion duration)と「着火遅れ」(Ignition delay)を、グラフに表示する便宜上数値を1/4で表示している。FIAの指標は、異常を認識出来ない不感帯が存在する。「燃焼期間」であれば、図から読み取った数値に4倍し、16ms以上の期間が無ければ、異常と見なすには危険である。
 逆にFIAは、この不感帯の存在を分析者が事前に認識して使用すれば、有効に利用できる。DNVPSによるデータ採取は、「燃焼期間」(Combustion period:分析装置の型式によって、計測条件の定義に微小な差異が存在するので、Periodと区別する)が、不感帯を超えるものを対象として行われた。
 
3.5 将来の燃焼試験装置の試設計
 図10に試設計を行った、装置全体の計画図を示す。九大CVCCの長所を引き継ぎ、次の点の改善を狙っている。また、図2の燃料ポンプの改善点は、新しい装置に引き継がれる。
・分析速度を向上する。
・装置のコストを、低く抑える。
・機器配置を小さくし、分析作業は1名で可能なように計画する。
・燃焼試験結果の再現性を向上し、データの平均化処理などの無駄を省く。
 
 この中で、小形高速化を図る手段として試験プロセス改善の導入を検討している。このアイデアは、定容燃焼室に燃焼用空気をコンプレッサーで加圧し押込み、電熱器で過熱する方式に代わって、シーバス方式と呼ばれる予混合気を火花点火・加熱・加圧を一連の作業で行い、燃焼試験の環境条件を早期に作り出す事を狙って計画されたものである。更に連続的な分析を可能とする為、燃焼試終了後のガスを再加熱し残存燃料の焼却と新しい試験サンプルヘの切り替えを同時に行なうなどの工夫が織り込まれている。
 
4. 調査研究の成果
 本研究で設計・改造製作された燃料噴射システムは、噴射圧力波形、熱発生率、噴霧火炎の可視化観察から、冒頭に掲げた燃料噴射システムに必要な4条件を満たすことが確認された。
 改善された燃料噴射システムを組み込んだ、新しいコンセプトの燃焼試験装置も、基本計画的には有用である事が確認出来た。
 今後可能でであれば、公的機関の資金援助を受け、燃焼試験装置の実用化を実現し、燃料の燃焼性に起因するスカッフィング等の機関損傷を削減するために役立てて行きたい。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION