8. 舶用内燃機関に対する環境規制とクリーン燃料油の調査研究
三井造船(株)
1. 調査の目的
舶用ディーゼル機関は、その高い熱効率によりCO2の排出抑制には貢献する一方で、NOXやSOXの排出量は他の熱機関に比べるとかなり多い。このためIMOでは、船舶からの大気汚染防止に関する新議定書を採択し、NOXやSOXについては規制が適用されることとなった。
しかし、今後これらの規制は、特定海域や内航船舶などを対象に強化されることは必至と考えられ、従来の燃料を使用しつつ厳しい規制に対応できるかどうかは極めて疑問がある。
このため、本調査研究では、舶用内燃機関におけるクリーン燃料の使用をその対応策の有力候補としてとらえ、その経済性を調査するとともに、環境規制に対する適合性や技術課題を把握して将来エンジン開発の指針を得ることを目的とした。
2. 実施経過
2. 1実施項目
本調査研究では、以下の項目について調査研究を実施した。
(1)DME 燃料利用時の経済性調査
(2)DME 燃料噴射システムの調査
(3)DME 燃料噴射装置の設計・製作及び試験機関改造
(4)DME 燃料燃焼試験及び解析
2.2 実施期間
開始:平成14年4月1日
終了:平成15年2月15目
2.3 実施場所
三井造船株式会社 玉野事業所 機械工場 (なお、DME 燃料利用時の経済性調査については、日本エヌ・ユー・エス株式会杜の協力を得て実施した。)
3. 実施内容
本調査研究は、将来想定される環境規制下において、クリーン燃料対応技術の早期構築の必要性を明確にするために、クリーン燃料が船舶での利用時にどの程度の競争力をもつか、現時点での市場性を基に試算した。また、試験機関(シリンダ径230mm×ストローク380mm)を用いて燃焼試験を実施し、対環境効果とクリーン燃料使用上の技術的問題点や課題を調査した。なお、ここでは、クリーン燃料の代表にDME(ジメチルエーテル)を選定し、調査研究を行った。
3.1 DME燃料利用時の経済性調査
近い将来にDME 燃料を主機関の燃料として使用する可能性の高いDME タンカーを対象に、現在のディーゼル機関とランニングコストの比較を行った。また、入港料などの運航時のインセンティブや外部コストについても一定の仮定のもとに試算を行った。
3.1.1 DME燃料の特性
DMEは、硫黄分を含まないクリーン燃料で、しかも含酸素燃料のため、SOXやパティキュレート(PM)を排出せず、また、NOXは、特別な対策を施さなくとも石油系燃料より1〜2割削減できるほか、セタン価が高く着火性能に優れているなどディーゼル燃料としての長所は多い。しかし、沸点が低く常温常圧では気体であり、粘性が低いために潤滑性に乏しく、比重が軽いために噴霧到達距離が短い、引火点が低いために漏洩、火災、爆発に対する安全対策が必要であるといった短所も持ちあわせている。表1にDMEとその他燃料の物性値の比較を示す。
発熱量は、単位重量当たり28,889kJ/kg(6,900kcal/kg)で、軽油の約70%であり、液体(20℃)の単位体積当たりの発熱量は軽油の約55%である。
現時点では、生産量の大部分がフロン代替ガスとして、スプレー用噴射剤に利用されており、生産量は日本で10,000t/年、世界でも15万t/年程度とされている。我が国のメタノール脱水法によるDME推定最大生産能力は、17,000トン/年(2001年)であり、我が国におけるDME販売価格は、150−200円/kgである。しかし、現在、燃料への使用を前提とした大規模な製造プロジェクトが進行中であり、将来的にはコストの大幅な削減が期待できる。
表1 DMEと他の燃料の物性比較
項目 |
DME |
プロパン |
n−ブタン |
メタン |
メタノール |
軽油 |
沸点(℃) |
−25.0 |
−42.0 |
0 |
−161.5 |
64.6 |
180 |
液密度
(g/cm3@20℃) |
0.67 |
0.49 |
0.57 |
− |
0.79 |
0.84 |
ガス比重
[対空気比] |
1.59 |
1.52 |
2.00 |
0.55 |
− |
− |
爆発限界(%) |
3.4−18.0 |
2.2−9.5 |
1.9−8.5 |
5.0−15.0 |
5.5−36.0 |
0.6−6.5 |
セタン価 |
55−60 |
5 |
10 |
0 |
5 |
40−55 |
低位発熱量
(kcal/Nm3) |
14,200 |
21,800 |
28,300 |
8,600 |
− |
− |
低位発熱量
(kcal/kg) |
6,900 |
11,100 |
10,930 |
12,000 |
4,800 |
10,000 |
|
3.1.2 DME燃料のコスト試算
従来、DMEは天然ガスからメタノールを製造し、さらにメタノールの脱水反応でつくるという2段階のプロセスで製造されていた。しかし、原料ガスから直接合成できるプロセスがすでに開発されており、中小ガス田の天然ガスを利用して2500トン/日規模以上のプラントでDMEを製造した場合、天然ガスの価格に大きく影響されるが、CIF価格はUS$4/MMBTU(1mmTU≒250,000kcal=250Mcal)程度と、LNGの価格とほぼ同等になると試算されている。図1にその試算例を紹介する。1)2)
その後の実販売価格については、税法上の設定などもあり、大きな仮定を含むこととなるが、発熱量ベースのCIF予想価格がLNGとほぼ等価であることなどを考慮し、また、現在の大口需要家向け都市ガスの実勢価格なども参考にして、本報告では16,500円/kL(3.56円/Mca1、7.8$/MMBTU)に仮定した。但し、円価格は¥115/$で換算した。
図1 DME燃料コスト試算の比較
(輸送距離4,000km天然ガス価格1$/MMBTUとして比較)
3.1.3 クリーン燃料使用に対するインセンティブ制度
本調査においてクリーン燃料の使用を直接的にサポートする制度は見つからなかったが、海外、特にヨーロッパ諸国では、船舶排ガスに対する経済的な種々の抑制方策に積極的に取組んでいる。以下に、スウェーデン、及び他の国々における対応例を紹介する。
(1)スウェーデンにおける対応
スウェーデンにおいては、1998年1月1日から新たな航路使用料(fairway due)の体系を導入した。航路使用料は、従来は船舶の総トン(gross tonnage)に応じた料金と取り扱い貨物の載貨容積(volume)に応じた料金の2種類の料金が定められていた。新しい料金体系では、船舶の総トンに応じた料金がNOXの排出量及び燃料中の硫黄分の比率によって変化する体系になっている(取り扱い貨物の載貨容積に応じた料金は従来のまま)。設定当初は2002年でのNOX及びSOXの排出量を1997年の25%に削減する(75%を削減する)ことを目標にしていたが、1995〜1998年で既にNOX:5%、SOX:28%の削減が認められており(外航船のみ。入港隻数の伸びの影響を除き総トン当りの平均排出量で比較した場合にはそれぞれ8%、30%の削減に相当)、本システムが環境対策に有効であることが確認されている。当局はこのシステムに対する国際的理解を求めると同時に、SOXによる割引額を1.5 SEK/総トンまで拡大する可能性もあると述べている。
一方、各港湾によって若干異なるが、港湾使用料(port due)も同様な割引・割増制度が導入されている。
また、スウェーデン船主協会では、SOX排出量について陸上との排出源取引を行う方向で検討を始めたとされており、一般的な数値であるとしながらもSOXでは10$/t、NOXでは15$/t程度の数値になると考えられている。表2にスウェーデンにおけるインセンティブ制度のその概略を示す。
表2 スウェーデンにおけるインセンティブ制度
(2)ノルウェーにおける対応
ノルウェーでは2000年1月1目から船舶への課税(tonnagetax)を環境や安全への配慮事項によって割引くという制度を導入した。この制度は、船種や配慮事項によって重み係数を変えて配慮内容をポイントで評価し、最終的に課税の割引(最大25%の割引)を行うものである。ノルウェー政府は今後種々の環境税の導入を検討しており、その一環として内航船に対するCO2税や硫黄税も検討されている。
(3)ドイツハンブルグにおける対応
ドイツのハンブルグ港では2001年7月1日からグリーンシッピング(green shipping)と呼ばれる施策を導入した。この内容はISO14001の認証あるいは後述のGreen Awardの認証を取得した船舶に対して港湾の料金(prot fee)の6%を割引くといったもので、さらにNOX排出量の削減や低硫黄燃料の使用、TBT塗料の不使用等による特別割引が付加されている。
(4)フィンランドにおける対応
フィンランドのオーランド(Aland)島のマリエハム(Mariehamn)港では、NOX排出量(10g−NOX/kWh以下)に対して港湾の基本使用料を1%、NOX排出量(1g−NOX/kWh以下)に対し8%をそれぞれ減額し、かつ使用燃料の硫黄分(0.5%未満)に対して同じく4%減額、硫黄分(0.1%未満)に対して同じく8%減額するという環境差別化港湾料金制度が導入されている。
(5)その他の対応事例
Green Award財団は一定の基準を満足する20,000DWT以上の原油タンカー、プロダクトタンカー、バルクキャリアを認定(Green Award)し、認定船舶についてはロッテルダム港をはじめとした、オランダ、スペイン、ポルトガル、南アフリカ共和国、イギリス、ドイツの計6カ国、41港において港湾使用料を3〜7%割引く(港湾によって異なる)というインセンティブ手法を取り入れている。
3.1.4 DME燃料使用時におけるコスト試算
以上の調査に基づき、ここではモデル的な航海3)を設定し、その全航海での燃料コスト等の変化について検討した。なお、ここでは国内に運び込まれたDMEを499総トンの内航船が使用する場合を想定してコスト試算を行ってみた。
その結果、このシナリオ航海において、燃料をC重油からA重油とDMEに転換した場合のNOX、SOX排出量およびランニングコストの変化は図2に示すとおりとなった。C重油を使用するシナリオ航海に比較した場合、DMEの燃料コストは約1.7倍になる。これに対して、NOXは特別な対策を施さなくとも76%程度、SOXは0%にまで削減できる。
3.1.3 で紹介したように、インセンティブ制度により、NOX排出量とSOX排出量には社会が容認し得る外部コストが存在する。ここでは、ハンブルグの割引制度から、NOXの外部コストを1800円/t、SOXを1400円/tと仮定して計算を行ってみた。しかし、この程度のインセンティブ制度では、燃料コストに対する外部コストの影響はほとんど無視できる範囲であり、燃料のコストアップはほとんど吸収できないことが分かった。
ただし、燃料価格の設定次第では、A重油使用の場合とほぼ競合できる範囲にあり、また逆転することも考えられる。なお、この計算に用いた各燃料の容積当たりのコスト、熱量当たりのコスト、SOX、NOXの排出係数(C重油使用時を1とした場合)を表3に示す。
図2 NOX、SOX排出量およびランニングコストの変化
表3 各種燃料の販売コストとNOX、SOX排出係数比較
|
体積あたりのコスト
(円/kl) |
熱量あたりのコスト
(円/Mcal) |
SOX
排出係数 |
NOX
排出係数 |
A重油 |
30,600 |
3.48 |
0.19 |
0.9 |
C重油 |
19,400 |
2.05 |
1 |
1 |
DME |
16,500 |
3.56 |
0 |
0.76 |
|
|