8・2 移動体衛星通信
移動通信用としての衛星は、現在のところ、そのすべてが静止衛星である。これらの衛星は通信衛星、放送衛星と移動体通信衛星に大別される。TVの中継は衛星通信の大きな一つの分野である。これらの中には、我が国のように比較的小さな受信空中線を使用して、視聴者が直接受信をする放送衛星、最近我が国でも見られるようになったビルの屋上等に中形の空中線を置いた共同受信のTV放送と中継があり、これには通信衛星のチャンネルも使用されている。この他、TV局による放送のための国際と国内中継もある。
通信衛星には国際通信用のインテルサット衛星と各国の国内通信衛星がある。国際通信は公衆電話、FAX、データ通信の他、専用回線もあり、国内通信衛星は、企業等の専用回線が主体である。
移動体通信衛星は、現在のところ運用されているのは、国際組織であるインマルサットの海事衛星システムであるが、インマルサット条約の改正により、利用可能なときは航空衛星通信と陸上移動通信への利用の道が開けている。
移動体衛星通信だけでなく、移動体通信全般では、移動体側の通信機の小型、簡易化、特に空中線のそれが要求され、これらは現在の技術的な進歩が著しい一つの分野であることは、町で見掛ける小型の携帯用電話機からも明らかである。船舶用の移動体衛星通信が開始されたのは1978年の末で、新しくその目的に割当てられたLバンド(1.5GHz帯)を使用し、径1m前後のパラボラ空中線を使用する船上装置が導入された。1979年にはインマルサットが組織化され、60数か国の旧ソ連を含む世界の海運国が加盟をし、主要海運国には、径20m程度のパラボラ空中線をもつ海岸地球局と衛星ごとに通信網管理局が設けられている。
1990年から1992年にかけて、その第二世代の衛星が第7章の 図7・15に示した4衛星位置に打上げられ、1994年以降には第三世代の打上げも計画された。このマリサットシステムとその船上装置は、インマルサットでも、A型として原則的に引継がれている。更に、従来から検討されていた無指向性の空中線を使用し、印刷電信のみのC型(インマルサットC)をGMDSSの導入を機に、その一つの主力のシステムとして導入され、更にデジタル音声とデータ通信のB型と径40cm程度の空中線を使用して、音声の品質を若干犠牲にしたM型が導入されている。また、初めにも述べたようにインマルサット衛星を利用する自動浮揚型のEPIRBも制度化されているが、現在のところ、我が国では使用は認められてない。
実験衛星であるが、我が国の技術試験衛星V型(きく5号)では、国土交通省と総務省が中心となって各種の世界で最初の移動体通信の実験が実施された。
EPIRBによる遭難通信を中継する衛星は極軌道の低高度衛星である。このような衛星のための国際組織COSPAS/SARSATができた契機は船舶よりは、むしろ航空にあった。アメリカには十数万機の個人用の小型機がある。これらを含めて航空機には船舶のEPIRBに相当するものとして、ELT(Emergency Locator Transmitter)がある。このELTは送信周波数が121.5/243MHzで、旅客機が海上に不時着したときに、いかだに持込むような形式のものと、小型機の機体に空中線を取付けておいて、墜落のときの衝撃で送信機のスイッチが自動的に入る形式のものがある。
このELTの周波数では、山間の谷へ不時着したときなどには、その電波が地上局に届かないので、その捜索に多くの努力と時間を必要とした。そこで、衛星を利用して遭難信号を受信し、その位置を測定しようとするシステムを開発することであった。また、アメリカその他2、3の国では、この周波数を船舶のEPIRBにも使用するようになっており、これが1986年7月の海上人命安全条約の二次改正(救命設備関係の改正)の際にEPIRBとして採用された。GMDSSの完全実施までの間、一部の船舶に共存するが、このEPIRBの導入の時点では、衛星でのその信号の受信を意識していたわけではない。
第二として、当時アメリカでは、400MHz帯の電波を使用して、海上の浮標、風船、渡り鳥等の動物に小型の無線機を搭載して、その航跡とデータを測定する衛星システム、ランダム接続測定システム(RAMS)の開発が進められており、その後のシステムはフランスに技術移転され、アルゴス(ARGOS)として運用されている。幸い、ARGOSに近い406MHzで送信電力が5Wを限度とするこの種の機器への周波数の割当てがあるので、新しい開発が進められることになった。
こうして、この二つのシステムは、利用可能な衛星での予備実験の後、アメリカ、カナダとフランスの共同開発のSARSATが決定し、後に旧ソ連も参加して、COSPAS/SARSATとなった。このシステムで、地上の送信機の位置を衛星で測定するには、航行衛星のNNSSの側位原理の逆を使用する。すなわち、衛星は定められた軌道を通って高速で地上の送信機に接近し、その後離れていく。EPIRBの送信機は一定の送信周波数を送信しているが、衛星での受信周波数はいわゆるドップラー効果を受けて、その受信周波数が高くから低い方へと変化をする。この受信周波数の変化の割合は送信機と衛星との距離の変化によるので、その受信情報を衛星はそのまま地上に遭難情報とともに送信して、地上局ではそれらのデータを処理してEPIRBの地上の位置が決定される。
このCOSPAS/SARSATシステムは、前述のように二つのシステムからなるが、前者の121.5/243MHzのシステムでは、通信衛星のように単に地上からの信号を衛星中継するだけであるので次の欠点がある。(1)その有効範囲はEPIRBと地上局とが同じ衛星を見て、ある時間連続的に受信できる範囲に限定されること。(2)既存の安価な送信機を使用しているので周波数の安定度が十分でなく、そのため側位位置の精度が悪く、軌道の両側に位置が出るおそれがあること。(3)EPIRBの識別ができないことであった。ただし、これは、すでに海空で千数百人を救助しているという実績をもっている。
これに対して後者の406MHzのシステムは、衛星上で受信周波数の測定をして、EPIRBの識別符号等の送信内容を衛星上で記憶し、繰り返してそれを放送するのですべての地上局はそのカバレージに関係なく、衛星が回ってくれば全世界の遭難情報のすべてを受信でき、EPIRBも新しい規格で作られるので、測位精度も5kmと良く、識別符号等のデータの送信も可能である。
GMDSSには直接の関係はないが、間接的に関係のある衛星を利用して測位を行う航法システムに、GPSと呼ばれる全世界的な測位システムがあり、これはアメリカの国防省が開発を進めているが、高精度測位システム(PPS)と標準測位システム(SPS)の二つがあって、後者は全世界の民間に無料で解放されることになっている。このSPSは、50%の測位精度が40m、95%の測位精度が100mである。システムは、軌道傾斜角が55°、軌道半径が約26,500kmの六つの軌道に4衛星ずつ、全部で24の衛星から構成されるシステムで、24衛星の内の3衛星は予備衛星であるとされており、衛星の打上げには時間がかかるので、システムは21〜24で運用されることが保障されている。
システムの各衛星は電子時計を搭載しており、利用者は4衛星からの電波(各衛星からの電波はすべて1575.42MHzと共通であるが、それぞれの衛星からの電波はその距離測定用の符号で区別できる。)を受信し、受信機でのデータ処理で受信位置の三次元(緯度・経度・高さ)の位置と時間と速度の測定ができる。船舶で二次元の位置の測定でよいときには、3衛星からの電波を受信すれば船位が計算される。このシステムは位置の測定に時間を必要としないので、毎秒一回の位置の測定と計算も可能である。すでに各種の受信機が入手可能で、初めにも述べたようにポケットに入るような小型で安価の受信機も出現している。GPSはGMDSSでは、インマルサットEGCの受信指定海域の位置センサ用や静止衛星利用EPIRBの位置情報附加用等に使用される。
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